第27話

 一瞬、視界も何も全部白くなり、あまりのまぶしさにギュッと目を瞑る。

 おそるおそる目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。

「へ、や?」

 慌てて後ろを振り向くと、額縁に入れられた絵が一枚かざられている。その光景の中に、見慣れたピンク色の男が描かれていた。

「これ、さっきまで居た図書室の絵だ」

 驚いたことに絵は少しずつ動いて居て、まるでコマ送りのように動き出す。かなでがこちら側に手を伸ばし、指先が触れる。


 ボムッ


「むぐ!?」

「わぁ」

 間髪入れずに空中にかなでが現れて、僕の上に落ちてきた。

「あの絵からこんなとこにつながってたなんてなぁ」

「良いから、早くどいて……」

 立ち上がって改めて部屋の中を見回す。落ち着いたブラウンでまとめられていて、なんだかホッとするような空間だった。ところどころに置いてある家具もアンティーク調でなんだか品がある。

「だ、誰かの部屋?」

「さぁ? あんな入り口作るくらいだから、よっぽどの変わり者だね」

「きみがそれ言う?」

 しばらく辺りを見回していた僕は、部屋の真ん中にある猫足テーブルの上に手紙が置いてあるのに気がついた。

「『イタズラ好きで、好奇心あふれる、可愛い後輩たちへ』?」

 表に書かれていた文面を読み上げると、かなでが嬉しそうに笑った。

「まさにオレらじゃん」

「えぇ? キミと一緒にしないでよ。もしここが誰かの部屋で今に戻ってきたらどうするの」

「んー、でもこの部屋長い間だれも入ってないみたいだけど」

 確かに、部屋のあちこちにはうっすらとホコリが積もっているし、何年も空気を入れ替えていないかのようにムッとしている。

「まぁ、このまま立っててもしょうがないし、開けてみようか」

 僕はそう言って、同じくテーブルに置かれていた金のペーパーナイフを取り上げ、慎重に開けて行く。中に入っていた一枚の紙には、こんな事が書かれていた。



やぁ! まずはおめでとう!

君(もしくは君たち)は素敵な隠れ家を見つけ出したってことになる。

これを読むのが何年先になるかは知らないけれど、とっくに僕たちは卒業してるはずだから、好きに使っていいよ。

望む望まないは君の自由だ。もし君が平凡な学生生活を望むなら――それこそ先生にイタズラしたり、校内ゲリラライブを起こしたりするような人種でなければ――簡単だ。入ってきた絵を触ればいい、すぐに元いた図書館に戻れる。

そうでなかったら、この空間を最大限利用すると良い。

いいかい? ここは先生たちにも絶対に見つからない『学校地図に唯一登記されていない』秘密の部屋なんだ。

トイレもシャワーもあるから、ひどいイタズラをした時なんかは、ここに数日間身を隠すといいよ。使い方は無限大だ。

それじゃ、君の学園生活がよりよい刺激的な物になることを祈ってる。

さぁ、行かなきゃ、卒業式だ。


君たちの偉大な大先輩より



 手紙を読み終えた僕は、ふーっと息をついて呟いた。

「勝手に使っていいみたいだね、この部屋」

「ラッキー、お誂えむきじゃん」

 よろこび勇んだかなでは、助走をつけてワインレッドのソファに飛び込んだ。バフッという音と共に、盛大にホコリが舞い踊る。

「ケホッ、やめてよ煙たいじゃないか!」

「秘密の作戦会議するにはもってこいだね、んじゃ始めようか」

 その言葉に、咳き込んでいた口から手を外す。

「ねぇ、つづりちゃんと委員長だけには、ここのこと教えちゃダメかな」

「ふぅん? なんでそう思うの?」

「僕たちは四人でたんぽぽ組なんだもの。隠し事なんかしたくないし、それに……あのまま誤解させたままなんて嫌だよ」

「でも裏切るかもしれない」

 ふと厳しい声を出して、かなでは起き上がってこちらを見据える。

「いくら本人たちが口でああ言ってても、頭の中ではつむぎがポット村を焼き払った犯人だと感じている。そう言う風に記憶をいじられたんだから」

「でも!」

 顔をあげて、目が見えない顔をじっと見つめる。しばらくして、その口元が少しだけ弧を描いた。

「でもま、そうだね。二人も助けてあげなくちゃ」

「え? 助けるって、どういうこと?」

 ワケが分からなくて次の言葉を待っていると、かなでは人差し指を自分のこめかみにあて、続いて左手を自分の心臓にあてる。

「ぶっちゃけあの二人も結構ヤバい状況なんだよ、理性ではつむぎが犯人だと思いこんでるのに、本能がそれを必死になって否定している。この心と頭の感じ方の差は、かなりのストレスになる」

「それって、どうなっちゃうの?」

「うーん、正義感の強い委員長なんかは、そろそろ自己嫌悪に陥って爆発しちゃうんじゃない?」

「えぇっ!?」

 それって、とっても危険な状況じゃないか!

「早く呼びに行かないと~」

 あせって図書館の絵画の方に駆け出そうとした僕は、いきなり服の裾を掴まれて前のめりに倒れてしまう。

「ふぎゃ!」

「まぁ落ち着けって、そこでつむぎが捕まったら元も子もないでしょ」

「でも~」

 涙目で鼻をさすりながら振り返ると、かなでは自信満々に胸を叩いた。

「最強の幼なじみ、かなでさんに任せときなさいっての」



「たっだいまぁ~」

「おかえりー、ってうわぁ!?」

 出てった時と同じように唐突に現われたかなでは、両脇に二人を抱えていた。

「大量大量」

「ちょっとなにやってんの、もー!」

 まるで重たい小麦袋のように床にドサッと落とされたつづりちゃんと委員長は気絶していたのだ。

「いやぁ、オレの口から説明すんのもめんどいから、つい」

 てへっ、なんて声を出す極悪人を無視して、僕は床で倒れている二人にかけよる。

「頼むから起きて、死んじゃダメだよ二人とも」

 その時、部屋を見回していたかなでが、おっ? と声を出した。

「部屋掃除した?」

「え、あぁうん、やることもなかったから」

 答えていると、うぅん……と呻くような声が上がった。ハッとしてその手を掴む。

「あら? どこよ、ここ」

「つづりちゃぁぁん」


 しばらくして委員長も目覚めたので、これまでの経緯をすべて説明することにした。この部屋のこと、僕が見た本当の犯人のこと、そして記憶の改ざん術のこと。

「さっきはゴメンね。もうこれ以上迷惑かけられないと思ってたんだ」

 ほんとに八方ふさがりだと思ってた。誰も味方なんて居ないと思ってた。けど

「かなでが覚えていてくれた。一人じゃないって思ったら勇気が湧いてきてさ、二人に話すことに決めたんだ」

「つむぎ……」

 今度はまっすぐ二人の目を見ることができる。姿勢を正した僕はハッキリと言った。


「お願いがあります。僕と一緒に戦ってくれませんか」


 相手はおそらく強敵だ。国がどこまで関わっているかはわからないし、こんなちっぽけな魔導師の卵が抵抗したところで何もできないかもしれない。けど

「やれるだけやってみたいんだ、何もせずに居たら、きっと後悔する」

 そう言うと委員長はしばらく沈黙した後こんなことを言った。

「正直、私は戸惑っている。なぜ王子がそのようなことをする? 理由もわからぬ内は迂闊に動けないぞ――」

「アタシは信じるわ、そう考えればすんなりつじつまが合うもの」

 遮るように立ち上がったつづりちゃんが僕の方を向いて優しく笑う。

「村を焼くだなんてひどいこと、つむぎが絶対するわけないって」

「つづりちゃん……」

 僕はジーンときて、手を胸の前で握り締めた。

「さっき、あんなひどいこと言ったのに、信じてくれるの?」

「だってアンタ嘘つく時ぜったい目を合わせようとしないじゃない。分かってたわよ」

 心底ほっとしたような顔で苦笑する彼女の目元には、少しだけ涙がにじんでいた。

「これで三対一ね。ここのことを一切口外しないっていうんなら、今から出て行ってもいいのよ? 委員長」

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