第26話
呆れるほど泣いてしまえば、後に残ったのは澄んだ落ち着きだけだった。
「濡れ衣を被って一人でよくここまで踏ん張れました。えらいえらい」
あやすようにそう言われる。僕は急に恥ずかしくなって身をよじった。
「も、もういいよ」
真っ赤になりながらするりと逃げる。ん? 濡れ衣って――
「し、知ってるの? 僕がポット村を焼いてないって」
「うん。みんな何いってんのかなーって思ってた」
しれっとそんなことを言われ、へなへなと足の力が抜けてく。まさかこんな近くに理解者がいたなんて。
「なんできみだけが無事なんだよー」
記憶の改ざんは、少なくとも僕の周りの人全員に効いている。あれだけ強大なチカラを持った校長先生でさえ、かかっているっていうのに。
少しかすれる声でそう尋ねると、かなでは何でもないことのようにこう答えた。
「あぁその事? オレさァ普段から自分に忘却術かけてるじゃん?」
「はいストップ」
何かとんでもない発言が聞こえたような気がして、僕は手をスッと上げた。
「誰が、誰に、忘却術をかけてるって?」
「あははー、記憶をなくすって、結構楽しいんだぜ。毎日がすっげぇ新鮮に感じられるの」
スパーン! と、ひっぱたいて僕は枯れた声で叫んだ。
「だから授業の内容も、片っ端から忘れてるのかきみは――ッ!!」
あぁもう信じらんないっ! コイツの物覚えが悪いのが、まさか本人の仕業だったなんて。
「もう禁止! 二度とそんな危ないことしないの! まったく……、そのことは後で問いただすとして、それで?」
「うん、結構な回数かけてたからねー、なんかオレの脳ってば魔法に変な耐性ついちゃったみたい」
だから今回の改ざん術も、効かずに済んだのだと言う。
なんともアホらしい理由に、僕は呆れればいいのか笑い出せばいいのか分からなくなってしまった。
「アハハ、ホントにきみってヤツは」
「いひひ、でも結果オーライってやつっしょ?」
味方がいるっていうのは、なんて心強いんだろう。さっきまで死んでしまおうと思ってたのがバカみたいだ。涙で目じりがヒリヒリしたけど、微笑んで手を差し出した。
「みんなの記憶を治すの、手伝ってくれる?」
「貸し一つにしといてやろう」
掴んだ手を引っ張って立たせると、僕は屋上から降りようと歩き出した。よぉ~し、こっからだ!
「……オレだけは覚えてるよ」
「え?」
ボソッと聞こえたような気がして振り向くと、かなではニィッといつもの笑顔を見せていた。
「さてと、反撃と行こうじゃねーの」
***
「それはそうと、このまま部屋に戻るわけには行かないね」
廊下を並んで歩きながら、僕は呟いた。部屋に閉じ込められているはずなのに、さっき新聞部の人たちに姿を見せてしまった。もし大人しく戻れば今度は窓のカギも閉められてしまうに違いない。
「このまま隠れなくちゃ。どこかに良い隠れ場所は――」
かと言って、自宅に戻ればすぐに見つかっちゃうだろうし……どうしよう
「おいおい、オレの存在わすれてない? 来たるべき時にそなえて、常に万全の準備をしているのだよ!」
「テストの準備はしたことないくせに」
こっちの言葉を軽くスルーして、かなでは懐からなにやら大判の紙を取り出した。
「なにそれ?」
「あれ、忘れちゃった? ほら、前に学校探索したじゃん、その時からコツコツ作り溜めてた見取り図。じゃーん」
「って、大きいよ!」
パタパタと折り目を広げていくと、それはとんでもない大きさになっていった。廊下の端から端まで占領している。その乾いた表面を撫でながら僕はつぶやいた。
「どこが見取り図?」
白紙だ。何も書かれていない。
「まぁまぁ焦らない。これは超重要機密事項に当たるからね、ちょいと仕掛けを作った。合い言葉を言えば図面が浮かび上がるのさ」
「へぇー、セキュリティかかってるんだ。それで合い言葉って?」
ここで嫌な笑いをしたかなでは、こう言った。
「オレの素敵だと思うところを心をこめながら言うと、地図が浮き出てきます」
「なっ、無理!」
「即答か」
な、なんてレベルの高いセキュリティなんだ! 下手な暗号よりよっぽど難易度高いじゃないか。
「さぁ恥ずかしがらずに大きな声でどうぞ」
「うぅ、えっと」
ニヤニヤ笑いを前に僕はどもる。もう、こんなところで足止め食らってる場合じゃないのに。ん?
「ちょっと待てよ、そんなのカギとして成り立たなくない? 心をこめて褒めれば良いだなんて、恥ずかしいのを我慢すれば誰だってできることじゃ」
そう言うとかなでは一つ舌打ちをしてそっぽを向いた。
「チッ、バレたか」
「ふざけてる場合じゃないんだってば!」
襟もとを掴んで揺さぶる。こんな時にまでコイツはーっ
「オーケーオーケー、本当の合い言葉はこうだ『話し紡いで金の糸』」
「わぁっ」
かなでがそう言うと、白紙だった紙に金色の染みのような物がじわぁっと浮かび上がってきた。
「その合い言葉って、子供の時よく歌った『金の糸、銀の風』だよね?」
それはこの地方に古くからあるわらべうたで、僕たちがしょっちゅう歌っていた曲だ。歌の中に偶然「かなで」と「つむぎ」という歌詞が入ってくるのがお気に入りで、朝から晩まで暇さえあれば口ずさんでいたのを覚えている。
「そういうこと、当然対になってる方の呪文は分かるよな?」
「見取り図を消す方のだよね、大丈夫」
そういえば秘密基地に入る合い言葉もこれだったっけ。そんな懐かしい思い出に浸っている間に、地図は完成していた。その大きさに改めて感心してしまう。
「絶対空間ねじ曲がってるでしょ、この学校」
「しかもこれで完成じゃないからねー、まだほんの触りってんだからオドロキ」
かなでは地図の一部を持ち上げて、ある部分を指した。
「ここ、ちょっと見て」
「図書室じゃないか」
「図面を作ってて分かったんだけど、この十三番書架と十四番の隙間、妙に広いと思わない?」
「ホントだ。気づかなかったけど、何かあるの?」
「何があるかは知らんけど、行ってみる?」
図面を起こさなければ分からないような自然な空間、オマケに図書館だから、もし隠れられるようなところがあれば、人が居ない時を見計らって調べ物ができるかもしれない。そこまで考えた僕はコクッと頷いた。
「わかった。どの道ここに居たら見つかっちゃうしね」
***
問題の通路の前に立った僕たちは仁王立ちをしていた。
「さて、どうするか」
「魔法でブッ飛ばしてみる?」
「却下!」
あまりにも物騒な意見をシャットアウトして、僕は辺りを調べ始めた。十三番書架と十四番書架はこの国の歴史に関する本と錬金術関連の魔導書が置いてある棚で、二つは背中合わせに配置されている。図面では奥にいくにつれてスキマが広がっていくんだけど、入り口はピッタリと合わせられていて入りこめそうにない。
「ん?」
だけどよーく見ると、二つの棚の合わせ目に小さな模様が彫り込まれていた。
「なんだろう、これ」
何気なくそれを指で押した時だった
ゴゴゴゴ……
「わっ!?」
ゆっくりと棚が両側に動き、人ひとりがなんとか入って行けるような道ができていた。僕はあんぐりと口を開け立ち尽くす。
「どういう仕組み?」
「さぁー、進んでみる?」
「う、うん」
僕を先頭に進んで行く。本棚を裏側から見るのは不思議な感じだったけど、進むにつれて幅が広がっていく。そして十五歩ほどあるいたところでそれが見えてきた。
「絵がある」
道の突き当たり、壁にあたる部分に金縁で飾られた一枚の絵があった。ワインレッドとブラウンでまとめられたシックな部屋の絵だ。
「なんでこんなところに?」
「ワケありって感じ」
見ていると吸い込まれそうな気がする。僕は無意識の内に手を伸ばしていた。
「あっ!?」
すると驚いたことに、手がとぷんと絵の中に入ってしまった。水面のように波紋が広がる。同時に僕の中の魔力が引きずられるような感覚がして、絵全体が光り出す。
「っ――!」
絵がいつのまにか変わっていて、金色のマークが浮かび上がる。確か、このマークは
(移動の魔方陣!)
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