第25話
複数の生徒に追われているのは、まぎれもなく委員長とつづりちゃんだった。しつこく質問攻めにする生徒たちは、羽ペンとメモ帳を片手にどこまでも追いかけてくる。
「我が校内新聞部『週間ウィザーニュース』としては、今回の事件を追わないわけにはいかないんですよ! なんたって指名手配された重罪人が我が校の生徒から出たんですから!」
「無垢なる魔法を非道なことに使い、無抵抗の村をまるごと焼き殺した残虐な犯人がなんとウチの生徒だった! これはセンセーショナルな話題ですよ!」
やっぱり、生徒たちの間でもウワサは流れてるんだ。思わずうつむいた僕の耳に、憤慨するような声が聞こえてくる。
「まだそうと決まったわけじゃないでしょ! 憶測で記事でも書いてごらんなさいよ、アンタらの部室を燃やしてやるんだから!」
「おぉ、やはり放火魔の友人は火が好きなのか!? これは特ダネになりそうです部長!」
「貴様ら、いい加減に……!」
部長と呼ばれたメガネの先輩が、フフンと笑って委員長の前に立つ。
「そうは言っても、君だって疑ってるんだろう? 状況、動機、その他もろもろの証拠が、あのつむぎという生徒が犯人だと告げている」
「そ、れは」
怯む委員長の横で、うつむいて震えていたつづりちゃんが叫んだ。
「あ、アタシは信じるわよ! 友達だものっ」
その目に涙が浮かんでいるのを見て、僕の胸はきゅうっと締め付けられた。
「あのコは絶対にやってなんかいない! 何かの間違いよ!」
「ほほう、これは面白い展開になってきたな。百%有罪の友人をかばうため、嘘をつく友。実に美しいじゃないか、これは発行部数が稼げそうだぞ」
「うるさいわね! 委員長も何か言ってやんなさいよっ」
「おや、一年の学級委員長ひびきか。良いのか? 犯罪者をかばったとなれば、かの有名な君の実家にも傷が付くだろうなぁ~?」
「黙れ! 私の家は関係ないだろう! あぁ、戦ってやるとも、不出来なチームメイトのために、リーダーが尽力してやらないでどうする!」
二人が必死で抵抗するのを見て、僕の胸はどんどん苦しくなっていった。
なんで、どうして落ちこぼれの僕のためにそこまで頑張ってくれるの? そこまで怒ってくれるの? 僕なんていつもみんなに迷惑をかけてばっかりなのに。
「つむぎは本当に優しいコなのよ!」
「底抜けのお人よしに、村を焼くことなんて出来るわけがないだろう!」
「ハハッ、根拠のない感情論を持ち出し始めたぞ、おい映写魔導器に収めておけ、明日のトップ記事に使えるぞ」
もう、いい。これ以上、無理なんてしなくていいから
「アンタらがあのコの何を知ってるっていうのよ」
「興味を引けそうなことなら、いくらでも追うのが新聞部の性でね、さぁそろそろ折れたらどうなんだ」
「たとえ世界中の誰があのコを犯人だと決め付けても、アタシだけは最後まで隣に居てあげるんだから――!」
本当は知ってたんだ、僕なんかより、きみたちのほうがずっとずっと優しいってこと。
涙をグイッと拭った僕は、隠れていた場所から静かに進み出た。
「ぶ、部長! あれ!」
真っ先に気づいたらしい生徒が、僕を指して驚いた顔をする。みんなが振り向き、沈黙が訪れた。
「僕がやった」
口から出た声が、自分ものじゃないみたいだ。どこかでぼんやりそう思いながら、淡々と喋り続けた。
「僕が、ポット村に火をつけた」
「つむぎ――うそでしょ?」
青ざめたつづりちゃんの方を向いて、フッと笑う。
「本当だよ、無抵抗の村人に次々と火を放って、誰一人逃がさないように風魔法で足を切った」
あぁ、人って必要に迫られると何でもできるんだ。今僕は最高の演技をしている。
「いやよ……信じたくない」
「こんなヤツとチームを組んで、災難だったね。それじゃ」
つづりちゃんがヒザから崩れ落ちる。それだけで十分だった。新聞部の映写魔導器が一斉にフラッシュをたく。
僕はその横を通り過ぎながら、歩調を乱さずに、ゆっくりとその場を離れた。けれどもその足取りは角を曲がったところからどんどん速くなっていき、しまいには全速力で階段を駆け上る。
「――!」
開け放った扉の向こうに見えてきたのは、抜けるように青い空だった。屋上に飛び出た僕は、もう我慢できなかった。
「うわああああああああああ!!!」
膝をついて泣き叫ぶ。すぐに顔が涙やら鼻水でぐちゃぐちゃになってしまうけど、それでも構わずに感情を吐き出す。
これでいいんだ。僕の濡れ衣をみんなで一緒にかぶることはない。輝かしい彼らの未来を、僕のために潰す訳には行かないから。
それでもみんなと過ごした日々が蘇る。出会って、談話室で他愛もないおしゃべりをして、依頼実習での危険も一緒に乗り越えて、たまに本気のケンカをして、でも次の日には照れながら仲直りして――もうあんな幸せな日は二度と訪れないんだ。
しゃくりあげながらフラフラと外壁に近寄る。手をかけ身を乗り出してみると、クラクラするほど高かった。
もう、ダメなのかな。みんなにかけられた記憶の改ざんは解けそうにないし、何よりも大切な友達に嫌われてしまった。どうせ有罪で処刑されるなら、いっそのこと。
ふとどこか遠くで懐かしい音楽が聞こえたような気がした。お父さん、お母さん、あなた達の子供はひどく愚かな子でした。半端な正義感だけで相手も見ずに突っ込んでいくような身の程しらず。
勢いをつけて壁の上に飛び乗る。さぁ――
「オレさー、死ぬならこんな日がいいな」
突然横から聞こえきた声にビクッと振り向く。見ればいつのまに来たのか、壁のすぐ傍でしゃがむピンク色の頭があった。
「か、なで」
いつの間に、とかそんな言葉も出てこなかった。
「あー、すごい高い空。吸い込まれそう」
心地のいい風が、湖畔に咲く花びらをゆるく巻き込みながら流れて行く。
「お供しましょうか、お嬢さん」
さらりと、まるで今日の夕飯のメニューでも話すような口調でコイツは言った。
「一緒に死んであげよっか」
「なっ、誰が死ぬって……」
「あらら、さっきまで思いつめた顔して下を覗き込んでたのは誰でしたっけ」
「っ、だからってキミまで死ぬことないだろ! バカか!」
「あ、やっぱ死ぬつもりだったんだ」
「ぐっ」
ホントもう――コイツといるとペースを乱される。
返す言葉が見つからなくて黙り込んでいると、ふいに手首を掴まれた。塀の上にいる僕と下にいるかなで。引き戻されるでも押し出すでもなく均衡を保っていた。
「……離してよ」
「パッと? 反動でそっちに落ちたらオレが殺したことにならないかなぁ」
「ついにやったか、って思われるだけだから大丈夫」
「オレそんなキャラ違うし!」
「あはは」
お互いに少しだけ笑って沈黙が訪れる。違う、こんなことを話すんじゃなくて……
遠くの校舎から誰かの笑い声が聞こえる。何か言おうとした時、かなでが塀の上に乗ってきて向かい合う形になる。
「付き合うよ、つむぎが居ない世界なんてつまらないから」
震えながら僕はその手を振りほどこうとした。けれども逃れることができない。
「ダメだよ、なんでキミまで死ぬの。そんなの許さないよ」
「オレだって許さない。残されるなんてまっぴらごめんだ」
「……」
「つむぎが死ぬなら後を追う」
「な、んでそこまでっ」
「なにがあろうとオレは側にいるから――居たいから」
「っ……」
「さぁ、どっちに降りる?」
視界が歪んで何も見えなくなる。
「し、なないよ」
「そうなの?」
「もう飛び降りようだなんて考えないから、だからキミまで死ぬだなんてっ、言わないでよ……っ!」
ずるい、ずるいよ。僕が死んだら自分も後を追うだなんて
「うん、いい子」
頭を撫でられて僕は泣いた。声が枯れるまで泣いた。人にすがってこんな風に泣いたのは、いつ以来だったかな、なんて考えながら。
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