第24話
突然の乱入者に、辺りの騎士たちに緊張がサッと走る。それにも構わず、つむぎは気絶した少女を横たえてスッと立ち上がった。
「どうしてポット村を焼いたんだ!」
「……」
「きみたちはこの国を守るための騎士団なんでしょ? だったらどうして――」
悲痛な叫びが消えた後、進み出た王子は穏やかに話し始めた。
「君はニキ魔導学校の生徒だね」
「質問に答えてよ!」
激情したつむぎの周囲から熱風が立ち上がる。小柄な少女からは想像できないようなパワーに、若い騎士たちは慌てて防御魔法を張り始めた。それでも悲しげに微笑む王子は、まるで小さい子をあやすように続ける。
「よく聞いて、これはみんなの為なんだ。今のこの世界はひどく不自然で歪んだものの上に成り立っている、僕は真実を知るものとしてそれを正しているだけなんだよ」
「でっ、でも! たとえどんな理由でも人を殺していい理由にはならないはずだよっ」
つむぎの脳裏に、ポット村の人たちの笑顔がよみがえる。小さな幸せを一瞬にして奪いさった彼らがどうしても許せなかった。
ふーっと長い溜め息をついた王子は、困ったように眉を寄せた。
「やれやれ、まいったな。君みたいな正義感の強いコに見つかるとは予想外だったよ」
「……」
それまでの雰囲気を少しだけ崩し、彼は皮肉気な表情をとった。
「無知が罪とまでは言わないけれど、害であることは確かだね。君には少し罰が必要なようだ」
「罰?」
身構えるつむぎに向かって、王子は空間に手を滑らせる。
「/feather」
引き抜いた彼の手に握られていたのは、腕の長さほどもある羽根ペンだった。魔導師の卵であるがゆえにひどく見覚えのある魔具につむぎは目を見開いた。
「述式魔導――」
「ホーリーアロー!」
防御展開を張る間もなく、聖なる光は横で気を失っていた少女を一直線に貫いた。
「あっ……」
またも目の前であっさりと失われてしまった命。それに気をとられたつむぎは、グラリと視界が暗転するのに気がついた。ドサリと倒れた彼女の耳に、王子の淡々とした声だけが届く。
「タンガのように最初からなかった事にしようと思ってたけど、気が変わったよ。こうすれば君もおとなしくせざるを得ないだろう」
その意味を考えることができないまま、つむぎは暗い闇に落ちて行った。
「君が頑張るからいけないんだよ。大丈夫、大人しくしてたらすぐに僕が救ってあげるからね。もうちょっとの辛抱だ」
***
目が覚めた時、僕はどこかボンヤリとしていて、なぜ自分がこんな道端で寝ていたのか理解できなかった。頭の中に霞がかかったように考えがまとまらない。あぁ、もうすぐ日がくれる。帰らなくちゃ。
えっと、どうして外に出たんだっけ? そうだ、確かポット村に羽ペンを買いに行って、それで……えぇと……なんだかよく分からないけど買えなかったんだ。まいったなぁ、次に行けるのいつになるんだろう、もう先がボロボロで潰れた字しか書けないんだよね。
夕暮れのレークサイドに戻った僕は、足を踏み入れた瞬間辺りがザワッとどよめくのを感じた。なんだろう、みんなが僕を見てる……?
ヒソヒソと小声で会話するおばさんたちの方をみると、慌てて目をそらされてしまった。ふしぎに思いながら通りを進んだ時、向こうの通りに見知った人物を見つけた。リンゴをかじっていたその人物もこちらに気づいたようで、食べていたそれをボトッと落とし、足早に駆け寄ってくる。
「はのいちゃん、こんなところで会うなんて奇遇だね」
「アホッ、何のんきなこと言っとんねん! 早くこっちへ!」
「へ?」
彼女は着ていた薄緑色のケープを外すと僕に頭からバサッとかぶせた。そのまま引きずられるように学校への道をたどり始める。
「わわわっ、なになにどーしたの!?」
「つむぎ、あたしはアンタがあんな事したなんて信じたくないんや。でも、でも」
すっかり混乱した僕は、足元のレンガにつまづいてしまう。訳のわかないまま学校の敷地内に戻ると、そこでさらに困惑する事となった。
――あの子が――まさか――
でも証拠が――優等生っぽく見えるのにね――
学校のみんなも、街の人たちと同じような視線を向けていたのだ。その雰囲気に耐えられなくなって、はのいちゃんの腕にすがるように飛びついた。
「ねぇっ、何があったの? どうしてみんな僕を」
犯罪者みたいな顔で見るの? そう言葉を続けられなくて黙り込む。はのいちゃんは視線を合わさず戸惑ったように言った。
「とにかく、校長室に行こ。あたしからは何も言えん……」
***
前にも一度来た事がある校長室は、不穏な空気に満たされていた。
「つむぎよ、来たか」
「!」
校長先生が重々しく呟く横で、ヒノエ先生がハッと振り返る。
「はのいよ、ご苦労だったな、戻っておれ」
僕は裁判にかけられる囚人の気持ちで、デスクの前に進み出た。視界の端ではのいちゃんがペコッとお辞儀をして出て行ったのが見えたけど、それより自分がどうなるかが不安だった。
「校長先生、あの」
「なぜあのような事をしたのだ」
フーッと重いため息と共にそう言われる。ひどく失望したような顔に僕はどん底に突き落とされるような気がした。
「あのような……って?」
「あぁつむぎ! どうしてポット村を焼くだなんてことをしたの!」
「ポッ、ト、村? あぁっ!?」
僕は雷に打たれたかのように全てを思い出した。
赤黒く燃える村。
足をなくした牛乳屋さん。
光の矢に貫かれた女の子。
そして慈悲深く微笑む王子様。
「違いますっ、僕がやったんじゃない!」
必死でそう言うのだけど、ヒノエ先生は僕をギュッと抱きしめるだけで、まるで聞いちゃいなかった。
「どうして相談してくれなかったの。いくらご両親がポット村で消息を絶ったからって、逆恨みで火をつけるだなんて……」
「!?」
僕の両親はアニマ山で失踪したのであって、ポット村とはまるで関係がない。それなのにどうしてそんなデマが?
「ね、ねぇ先生! どうしたの? そんなのデタラメだよっ!」
「おぬしは自分の手で、自らと同じような境遇の子を作ってしまったのだ」
「だから火をつけたのは僕じゃなくて――」
「私、教師失格ね。あなたの心の闇に気づいてあげられなかった……」
「だからーっ!」
ここまできて何か変だと気づき始めた。二人とも全く話を聞かずに嘆いているだけんだ。まるでこちらの声が届いていないみたい。
「もうっ、二人とも目を覚まして下さい! おかしいとは思わないんですか!」
「つむぎ、自分のしたことから目を逸らしてはいかん。詳しい調査結果が出るまで自主休講を命じる」
「!」
こんな、ことって。
「部屋に戻りなさい。あなたの処遇をこれから話し合いますからね」
***
僕はロフトの上で毛布にくるまりながらジッとしていた。夕ごはんの鐘がなっていたけど、食堂に行く気になんかなれなかった。
あの後、部屋に帰って知ったのは、つづりちゃんが一時的に別の部屋に移されたということだった。それにドアは外側からカギがかけられて開かないようになっている。
「こんなの、囚人じゃないか」
ドサリと後ろに倒れて腕で目を覆う。なんで誰も話を聞いてくれないんだろう。
――君には少し罰が必要なようだ。
(あ)
パズルのピースがカチリとはまったように、僕はこのおかしな事態の原因に気がついたような気がした。ガバッと起き上がって脳みそをフル回転させる。
そうだ、さっき王子はなんていってた? 「こうすれば」僕がおとなしくせざるを得ないだろう、ってことは。
「嵌められた……!」
ギリィと歯をくいしばって己の追い込まれた状況を知る。どうやってかは知らないけど、王子がやったことの濡れ衣を着せられたんだ!
「冗談じゃないっ、このまま大人しく罪をかぶってやるもんか」
第二のポット村が出る前に、なんとかしなくちゃ!
***
翌朝、窓枠を伝ってこっそり部屋を抜け出た僕は、まっすぐ図書館に向かっていた。みんな授業中なので、誰ともすれ違わないのも計算済みだ。
「四階の窓から出たなんて知ったら、委員長なら卒倒しそうだなぁ」
何気なく呟いた自分の言葉に、胸がチクリと痛む。委員長、つづりちゃん、どうしてるかな。
そんな事を考えている内に図書館についていた。扉のすぐ横で調子っぱずれの声がする。
『コンニチワ! 知識の泉、歴史の宝庫へヨウコソ! 勉強熱心な君はどんな知識をお探しダ!?』
声の方を見ると、止まり木に止まったオウムが羽根をバタバタさせていた。これは生きているようにみえるけど、実はホムンクルスの一種で、図書の案内をしてくれるのだ。
「人の記憶に関する記述が知りたいんだ」
『おぉ、それはそれハ! いとしいあの人に振られた痛みを忘れたいのかナ? それとも何もかも忘れて新しい地で生きてみたいとかカナ?』
「……」
『三二七番書架の下段に、それっぽい本があるヨ!』
「あ、ありがと……」
オウムが渡してくれた魔導石入りのカンテラを掲げて棚へ行ってみる。ここの図書館はおどろくほどに広くて半分地下のようになっているところもありとても暗いのだ。星のようにチラチラ光るカンテラの光が、階段の壁を照らしている。
「……これだ」
僕が探している本はそんな場所にあった。魔法は使いたくなかったので、魔導石の出すわずかな明かりで本の背表紙を照らしてみる。めぼしい数冊をすばやく引き抜いた僕は、貸し出しの手続きも取らずに、逃げるように駆け出した。
***
「ハァ、ハァ、なんで僕がこんなドロボーみたいな真似しなくちゃいけないんだ」
階段の踊り場で息を整えてから、一番下の段に腰掛けて本を開いてみた。
「記憶改ざん術――ここだ」
優雅な字体で書かれていた文字を、指で押さえながら追っていく。
「人の脳に関与するこの術は、かなりの力量がなければ難しく、またその効果を打ち消すのも膨大な魔力が必要である」
習得するのに必要な経験の目安を見た僕はうめき声をあげた。それは一人前の魔導師と認められた人でも難しい部類の魔法だったのだ。
「うぅ……なになに、この術に関しては、あまりにトラブルを引き起こすので魔導暦五三〇年より法律で禁止され――」
その時、誰かが近づいてくる気配があって僕はハッと身構えた。慌てて置物の小さな隙間に隠れる。しばらくして階段を上がってきたのは、やけに騒がしい集団だった。その先頭を歩く二人の姿に、僕は息を飲む。
(委員長、つづりちゃん!)
「ねぇ! それで本当のところはどうなんですか!? 同じチームメイトとして、普段から彼女は残忍なコだったんですか!? ねぇねぇ」
「しつこいのよアンタたち!」
「話すことなど何もない」
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