本当のこと~モノガタリロン~
第23話
その日は日曜日だと言うのに、朝から学校全体が騒がしかった。ロフトから起きた僕は目をこすりながら何事かと首をかしげる。
「つむぎ、おはよう。早くしないと見逃すわよ」
「おはよ、見逃すって?」
下で髪の毛を整えていたつづりちゃんが、めずらしく興奮したように言った。
「王子が来るのよ!」
*episode.xxx
『本当のこと~モノガタリロン~』
部屋から顔を出すと、女の子たちがおしゃべりに花を咲かせていた。僕はまだ眠たくてふぁぁ……とアクビをしながら談話室のソファに腰掛ける。
「ちょっとつむぎ、まだ着替えてないの?」
「だって眠いよー、王子様だかなんだか知らないけど、それって行かなきゃいけないの?」
僕の肩をガッと掴んだつづりちゃんは熱弁を飛ばす。
「何いってんのよ、王子よ? あの! 滅多に人前に出ないとウワサの! 見なきゃ絶対損するわよ!」
「つづりちゃん、意外とミーハー……」
「否定しないわ、退屈は魔導師をも殺すのよ」
その熱意に推されて、僕は半分寝ぼけながらも着替えをすませる。えぇと、私服でいいか。
***
「あ、キーアーク忘れた」
「どれだけボンヤリしてるのよ。まぁアタシのもあるし大丈夫でしょ」
僕は自分のほおをピシャピシャと叩く。おきろー目覚めよー
王子がやってくるらしい正門を見ようと、多くの生徒たちは校庭に押しかけていた。後発組の僕らはその円の外側について何とか見ようとウロウロしていた。歓迎のつもりなのか、あちこちで魔法の花火があがり、空には花びらが舞っている。
「なんだ、貴様らも来ていたのか」
「委員長、おはよう」
声をかけられて振り向くと、彼は一目で機嫌が悪そうだとわかる表情をしていた。
「まったく、王子が視察にくると言うのにこのような秩序のない出迎えをして……コラそこの一年! 花火を打ち上げるんじゃないッ」
「おぉー、委員長が委員長っぽい」
「私をなんだと思っている」
ちょっぴり感心していた僕は、忙しそうに取り締まる彼に聞いてみた。
「ねぇねぇ、王子様はこの学校を見学しにくるんだよね? 何のためか委員長はしってる?」
「現王が床に伏せてもう長い、王子も次の継承者としての自覚を持ってあちこち見回って居るのだろう。この魔導学校は国の機関の一部だし、優秀な魔導師を排出する重要な施設だからな」
その時、少し離れたところにいたつづりちゃんが興奮したように僕を呼んだ。
「こっちなら人が少ないわ、来たわよ!」
委員長に別れを告げて、僕はそちらに向かった。開け放たれた正門のむこうに、人影が見えてくる。それは立派な馬に乗った一行だった。彼らは思ったより堅苦しくなくて、花びらが舞う中でにこやかに微笑みながら敷地内へと足を踏み入れた。
「わぁ、かっこいいね!」
「護衛は王立魔導騎士団よ、剣も魔法も扱える戦闘のエキスパートなの」
列が真ん中くらいまで来たとき、大柄な騎士さんが、僕たちに向かってにこやかに手を振った。そのとなりに居たほっそりとした人物を見て、つづりちゃんが跳びはねる。
「あっ、あれが王子よ。間違いないわ」
その人を見た僕の第一印象は、優しそうな人だなぁというものだった。
落ち着いた茶色の髪に、それによく似合うこげ茶色の瞳。どこまでも穏やかに微笑みながら僕たちの前を通過していく。派手さはないけど、とても誠実そうと言うか、好青年と言った感じだ。
「はぁ~ウワサ通りのイケメンだったわね。あの笑顔に癒されるっていう人おおいのよ」
「うん、でも」
彼女の意見に同意しながらも、僕は不思議な既視感を覚えていた。あの顔、どこかで見たような気がするのはなんでだろう?
「うぅん? まぁいっか。つづりちゃん、王子様も見たし、僕ちょっと出かけてくるね」
「え、帰り見送らないの?」
「うん、ちょっと羽ペン切らしちゃってさ。他に買いたいものもあるし、隣村まで出かけてくるよ」
「ポット村まで? なんでわざわざ」
「この間あそこの雑貨屋さんですっごい可愛いの見つけちゃってさ~、お昼すぎには戻るから」
「気をつけなさいよー」
僕は手を振って駆け出した。正門は人で埋まってるので西門の方へと歩く。錆び付いててスゴい音を出す鉄扉を思いっきり引き開け、僕は学校から出発した。
***
ポット村は、レークサイドから歩いていける距離にあるのどかな農村だ。よく学校にも依頼が来てて、僕も何度かお邪魔したことがある。牛や羊がたくさんいて、どこか時間が経つのが遅く感じるのが好きなんだよね。今日は天気も良かったからお散歩気分でなだらかな坂を歩いていく。
村を見渡せるはずの丘の上にたった僕は、汗をひとぬぐいしてから顔を上げて――固まった。
「……え?」
そこから見下ろす風景は、赤黒く染まっていた。燃え盛る炎が牧場を舐めるように拡がってゆき、倒れた牛や羊たちが赤い手に飲み込まれていく。
「なに、これ」
死んでいるのは家畜だけではなく、村の通りに点々と人が倒れている。身体から流れ出る血の量を見れば、すでに助からないことは明らかだった。
呆然と座り込んだ僕は、近くのしげみがガサッと揺れるのを感じてビクッと跳ねた。
「あ、あぁ、つむぎちゃん」
「牛乳屋さん……」
這うように出てきたのは、この村に住む牛乳配達のお兄さんだった。引きずるようにこちらへ来る彼の足は片方切断されていた。力尽きたのか、そのまま地面に全身を投げ出す。
「いったい何があったんですか!?」
駆け寄って助け起こすと、彼は身体を震わせながら笑った。
「あ、はは、こんな馬鹿なことがあるもんか」
「え?」
「俺たちが何をしたっていうんだ?」
「ねぇ、しっかりしてよ」
肩をつかんで揺さぶるのだけど、目はうつろにどこか空を見つめている。その空気にたまりかねて、僕はほとんど叫ぶように問いかけた。
「誰がこんなことを!?」
「つつましく生きて、ささやかな幸せを享受しながら、アンタらを仰いで生きてきたんじゃないか!」
僕じゃない誰かに向かって、彼は吠えた。
「俺たちが何をしたぁぁ!! 王立騎士団!!」
それだけ言うと、牛乳屋さんは急に糸が来れたかのようにバタッと倒れてしまった。力なく垂れた腕から農作業用の鎌が転げ落ちる。
「死……っ!?」
それに気がついた瞬間、僕は触れていた手を離し思わず後ずさってしまった。
もう動かない。誰かと笑いあうこともない。美味しいものを食べて幸せな気持ちになることもない、風を感じることもないただの肉塊に――
「うっ」
吐いてしまいそうな衝動をこらえ、ぐるぐるする頭を必死に整理だてようとする。この人は最後に何て言った? 村を焼いた犯人は
「王立、騎士団?」
――護衛は王立魔導騎士団よ、剣も魔法も扱える戦闘のエキスパートなの。
つづりちゃんの言葉を思い出してハッと立ち上がる。
「どっ、どうしよう、とにかく連絡を――あぁ! キーアーク!」
なんでこんな時に限って! アレには緊急の時に限り、校長先生に直通で連絡できる機能が備わってるのに!
「っ!」
迷ってる暇はない。意を決した僕は今来た道を走り出した。
***
校長との面会を終えた王子と護衛騎士団は、引き止める群衆をなんとか振り切ってレークサイドを後にしていた。
「いやぁ、しかし若いって良いねぇ王子、お気に入りの子とか見つけてシンデレラストーリーつくらねぇ?」
馬上で口笛を吹いて見せた男は、おどけたように隣の主へと問いかける。その主従関係を物ともしない口調にも怒ることはなく、王子は微笑んだ。
「そっちこそどうなんだい? 君のことを熱っぽい視線で見つめている子があちこちにいたようだけど」
「っかぁー! だめだめ、こんなおっさんが未来の若い芽を摘んじゃいかんのよ。わかってねぇーなぁ」
ゲラゲラと笑っていた粗野な騎士は、ふと表情を引き締めると声のトーンをぐっと落とした。
「で、どうなんだ。それらしいヤツは居たのか」
「うーん、どうだろうね。これだけたくさんの魔力が渦巻いてると、目的のものを見つけるのも一苦労だよ」
目的の物は見つけられなかったらしい。そう解釈した騎士はウンザリとした顔で空を仰いだ。
「しかしあれだな、こうも毎日大陸中を駆け巡ってっと、尻が六つくらいに割れそうだぜ。俺の美尻が失われたら嘆く女がどれだけいることか」
「そう言うな、これは民のためでもあるんだ」
「へいへーい」
その時、街道の脇にあった森から小さな何かが飛び出して来た。危うく馬に蹴られそうになったそれは幼い女の子だった。彼女は迫り来る巨大な蹄鉄に青ざめたが、王子はギリギリでところでその凶器を逸らすことに成功した。
「おっと、大丈夫かい?」
いななく馬をなだめながら王子が問いかける。安堵しかけた少女は、その姿を認めるとより一層青ざめた。
「あ、あぁぁ……」
ガチガチと噛み合わない歯を打ち鳴らす様子と、煤にまみれた服を見た騎士が眉をひそめた。
「ポット村の残党か」
「あぁ」
王子は納得したように冷めた表情をする。近寄って来た別の騎士に向かって、短い命令を下した。
「殺して」
「しっ、しかしそれではあまりにも」
躊躇した新米騎士の肩を叩いて、粗暴な騎士は開けっぴろげにこう言った。
「おいおい忘れたのか? これはコイツのためでもあるんだぜ」
「副団長、ですがやはり――!」
その様子を見ていた王子は、馬から飛び降りて腰に下げていた剣を抜いた。
「いいよ、僕がやる」
「ひっ!」
ガタガタと震えるしかない少女に向かって、王子は慈悲深いとさえ言える暖かな笑顔を向けた。
「大丈夫。『次』の世界では、きっと上手くいくよ」
振り上げた剣に、陽の光が反射してキラリと輝いた。
「さようなら」
ヒュッと振り下ろされた切っ先は、やわい肉を切り裂く――事はなかった。地面につきささった剣が小石を数個飛散させる。
「!」
「何を、してるんだ!」
ギリギリのところで少女を助け出したつむぎは、息も荒く彼らをにらみつけていた。
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