第22話
やや緊張気味にそう言うと、敵は赤くなった顔で偉そうにうなずいた。
「うむ、ごくろう。それでは中に来てもらおうか」
ビクッと身体をこわばらせてしまった僕とは違い、つづりちゃんはとても堂々と中へ進んでいく。その後を着いていきながら宿屋の中の構造を調査していった。
階段は入り口すぐそば、窓は廊下にそって三つあるけど小さすぎて人の通り抜けは難しそう。灯りは魔法ではなく、天然の炎を使ったもの。
ぽそぽそとそれらの情報を小声でかなでに伝える。するとどこか楽しんでいるような答えが返ってきた。
――なるほどなるほど、続けて調査を続けてくれたまえ。うむ
……コイツ、本当に今の状況わかってるのかな。普段が普段なだけに心配。
一階の食堂に入ると、そこはもう宴会状態だった。あちこちで酔った騎士団がエール酒をあおっては女の子たちをベタベタと触っている。ここまで僕らを連れてきた男の人は、パンパンと手を叩き注目を集めた。
「おぉい、新入りが入ったぞー、華が足りないテーブルはどこだぁ?」
ゲラゲラと笑い出す騎士団たちは、僕らを無遠慮に見つめる。すると一番大きなテーブルにいた一人が手を上げて大声でこう言った。
「そっちの背の高い方! こっちこいよ、可愛がってやるぜぇ」
指名を受けたつづりちゃんが、僕にだけ聞こえるようにボソッと(アンタごときがアタシを満足させられるわけないじゃない)と言ってステージを降りていく。
けれどもテーブルに着くころには、見たこともないような満面の笑みでお話を始めた。す、すごいよつづりちゃん、普段の君を知ってる僕からすれば、その笑顔すごく怖い。
「それじゃあこっちのおチビちゃんは――」
「グラッグ様行きで良いんじゃないか?」
「……確かに。それじゃあ嬢ちゃんはこっちだ」
チビと呼ばれたことにムッとするのだけど、素直についていく。宴会場を出て僕は別の部屋へ連れて行かれることになった。え?
「ど、どこに行くんですか? つづ――じゃなくて、お姉ちゃんと一緒じゃないと不安なんですけど」
「なぁに、おチビちゃんは特別コースだ、グラッグ様が好みそうなタイプだからな」
――グラッグ? そりゃいいや。
イヤリングの奥から、ニヤニヤ声が飛んでくる。独り言を言うわけにはいかないので無言の圧力をかけると、かなではこう教えてくれた。
――グラッグといや、ボスも大ボス。この騎士団の頭だよ。良かったなぁつむぎ、そのオッサン好みで。
「ぜんぜんよくないっ」
つい叫んでしまって、前を歩いていた男の人がビクッとこちらを見る。
「あ、なんでもないです、ごめんなさい」
「あ、あぁ、そう?」
うわぁ~どうしよう、ひとりで大ボスの調査? これは本格的に緊張してきたぞ。
階段を登った僕は、一番奥のスイートルームの前に立たされる。ここまで連れてきた男の人は、鼻歌まじりに下へと戻っていってしまった。
――つづっちゃんは順調に交流を深めてるみたい。上手いねぇあの子は、もうリーダー格に信頼されて次々情報を聞き出してるぜ。それでもちょっと決定打に欠けるものなんだよなぁ。
「うん、僕も頑張る」
覚悟を決めた僕は、軽くノックをしてからその扉を開ける。すると飛び込んできた光景にあぜんとしてしまった。
「うわぁぁぁん!」
「帰るぅ、おかあさぁーん!」
「ひっく、ぐすっ」
なんとそこに居たのは、まだ年端もいかないような幼女ばかりだったのだ。みんな隅っこに固まって震えている。
「な、まさか団長の好みって――!」
――なに? どうしたの
「ぼ、僕をいくつだと思ってるんだぁぁぁ!!」
その叫びで察してしまったのか、通信機の向こうから忍び笑いが聞こえてくる。
「なにっ、言いたいことがあるならハッキリ言いなよ!」
――なァるほど、天下の魔導騎士団の団長の意外な性癖発見だね、こりゃあ良い情報を掴んだぜ。ヨッ、お手柄!
「ふんだ、嬉しくない」
ふて腐れながらも辺りの様子を伺う。肝心のグラッグ団長はどうやら奥の部屋に居るのか、ここは待機場所と言った感じだ。
僕は女の子たちの側にヒザをついて安心させるように優しく話しかけた。
「さぁ、もう泣かないで、助けにきたからもう大丈夫だよ」
「アナタ、だぁれ? 村の人じゃないのね」
うるんだ瞳で見つめてきた女の子に色々聞いてだいたいの状況を察する。ここに押し込まれた彼女たちは、一人ずつ奥の部屋に呼ばれることになっているようだ。
「でもね、最初に入ってきた子が、もう三十分ぐらい出てきてないの」
――まずいな。
「わかってる!」
立ち上がった僕は、隣の部屋へと続く扉を勢いよく開けた。そこに居たのは、あぁなんということだろう、ひどく肥え太った男の人が、はちきれそうな騎士団の制服に包まれてベッドの上に座っていた。そのヒザの間にちょこんと、小さな女の子が顔面蒼白と言った感じで震えている。彼らは突然飛び込んできた僕を、驚いた瞳で見つめる。
「なんと愛らしい!」
「へっ?」
息を吸い込んで「その子を離せ!」と、言いかけた言葉が団長の声にかき消される。
「すべらかな丸い頬、大きな瞳、凹凸のない体型! 微塵もない色気! 完璧だ! お前のような娘がこの村に居たとは!」
――つむぎ、抑えて抑えて
早くも爆発しそうだった僕を、かなでがなだめる。
「だ、だったら、その子を離してもらえませんか?」
うぅ、言葉が引きつってる……今すぐ燃やしてしまいたいけど、人質に取られてる女の子を救出しなくちゃ。
「おぉ良いとも! この娘も良いが少々大人しすぎるのだ。舐めても何の反応もしめさぬ」
うぇぇ、この人本格的にヘンタイじゃないか。
全身におぞけが立つのを無視して、団長にゆっくりと近づいていく。解放された女の子が転げるように部屋の隅へ逃げて行った。
「さぁ、顔をよく見せておくれ」
「は、はぁ」
がまんがまん、何とかしてこの人の弱みをにぎらないと。
――今、つづっちゃんに連絡とった、すぐに二階に上がってくるってさ。
(よしっ)
つづりちゃんは映写魔導器をもっている。それで小さな女の子趣味のところをとればバッチリだ。ところが僕の手首を掴んだ団長が、ぴくりと動きを止める。
「あの?」
「貴様、魔導師だな」
「!」
バレた! とっさに手をひこうとするのだけど、ガッチリと掴まれていて逃げることができない!
「ふん、大方村の者に雇われて潜入したのだろうが、ワシが魔導騎士団の団長であることを忘れたか。そのような貧弱な魔力で笑わせる」
「はっ、なせ!」
「フハハ!! 殺すにはもったいないが、ワシの命を狙った罰じゃ、死ねェ!」
僕を掴んでる手とは反対の手に、急速に熱が集まっていく。
「っ!!」
ダメだ! 防御も間に合わない――
絶望したその瞬間、室内にすさまじいまでの轟音がとどろいた。
「ぎゃああああ!!!」
「ひっ」
目の前の騎士団長が白目をむいてバッタリと後ろに倒れる。ボーゼンとする僕の背中に、怒ったような声がかけられた。
「つむぎ、この馬鹿! 私の許可も取らずになぜこのような危険な真似をした!」
「いいんちょぉ~っ」
窓を開けて入ってきたのは、頭に葉っぱやら毛虫やらをつけた委員長だった。その手はまだバチバチと帯電している。
「うわぁぁーん、怖かったよぉ!」
「ぐっ!」
一気に緊張が緩んだ僕は、その胸に飛び込んだ。慌てて委員長が残った雷を空気中に放電させる。
「ひっく、ぐすっ」
「はぁ……まったく」
僕の耳から通信魔導器をとりあげた彼は、その向こうの相手に向かって怒鳴りつけた。
「かなで! 貴様、今後このような勝手な作戦を決行したら厳重に処罰するからな! つづり、お前もだ!」
返事を待たずに通信を切った委員長は、こちらを見下ろして厳しい声で言った。
「今回お前は危うく死ぬところだった。一時の感情に身を任せ私の意見も聞かずに飛び出した結果がそれだ。処罰を受ける覚悟はあるのだろうな?」
確かにそうだ。悪いのはかなででもつづりちゃんでもない。勝手に飛び出した僕だ。
「うん、二人を巻き込んだのは僕だ。どんな罰でも受けるよ」
そこでフッと表情を緩めた委員長は、少しだけ優しい声でこう言ってくれた。
「まぁ、その行動力があったからこそ、大した被害が出なかったのは事実だ。さて――」
その時、ようやく起き上がった騎士団長が憎々しげに叫んだ。
「このガキどもめぇぇぇ!! ニキ魔導学校の生徒だな! ワシにこのような仕打ちをしてタダで済むと思っているのか!」
その言葉にも動揺することなく、委員長は冷静に答えた。
「黙れ。魔導騎士団を語る偽者め」
「なんっ、誰が偽者だと!?」
激昂する騎士団長に、委員長は淡々と言い放った。
「まず第一に、本物の魔道騎士団ならこんな大人数ぞろぞろ連れてやってこない。できるだけ最小限に人数を留め、村人を脅かさないようにするはずだ」
「ぐっ……」
「第二に、得意げにつけているその紋章だが、ペガサスの向きが逆だ」
委員長は懐から紋章を写した紙を広げて見せた。騎士団長はバッと胸を押さえる。
「最後に、本物のグラッグ騎士団長と私の父は飲み友達で、彼は酒の席で酔うといつも豪語するらしい『女は年上に限る』とな」
これらを急いで調べるのに、実家を頼る羽目になった、と委員長は小さくため息をついた。目を背けるんじゃなくて、ちゃんと調べてくれてたんだ。
「さて、天下の王立魔導騎士団を騙ったとなれば、どのような処分が下るか覚悟はしているのだろうな? 知らせておいたからあと数刻もしないうちに着くだろう」
一気に青ざめた偽の騎士団長は、転げるように一階に下っていった。
「野郎どもズラかるぞ!! ここはヤバい!」
「ちょっ、かしら!? 何があったんですか」
「うるさい縛り首はゴメンだ!!!」
そして村を占領していた無法者たちは、風のごとく逃げていく。
「あれだけ脅せば十分だろう。おそらくヤツらはこの辺りを縄張りにする盗賊か何かだな」
村中で歓声があがるなか、委員長は腕を組んで呆れたようにそう言った。
「あーあ、結局イインチョにいいとこ全部もってかれちゃったなー」
「まったくねぇ」
気の抜けるような声でかなでが言う。その頭をこづいて怒りの声が飛んだ。
「貴様、あのようないかがわしい真似をチームメイトにさせるとはどういうつもりだ!」
「ダイジョーブ、オレはこういう展開になるって知ってたから!」
「ええい結果論で話すな!」
その後、村人に感謝されて色々ご馳走された後、僕らはようやく帰路についた。
帰り道の途中、僕は委員長の袖をそっとひっぱって、お礼を言った。
「委員長、助けてくれてありがとう」
「……ふん、仲間を助けるぐらい当然の行いだ」
少し赤くなってそっぽを向く彼に、僕の胸はなんだか暖かくなったのだった。
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