第21話

「本当にありがとうございました、これ今朝とれたばかりの牛乳なんです、良かったらどうぞ」

 そう言って差し出されたビンを受け取ると、中でちゃぷんと揺れる感覚があった。

「わぁ、美味しそう。ありがとうございますっ」

「すみません、依頼していただいた上にこんなおみやげまで頂いて」

「いえいえ、家のかわいい牛たちの牛小屋を直してくれたんですもの、これくらい」

 もう一度依頼主さんにお礼を言って、僕たちは街道を下り始めた。暗くなるにはちょっと早い草原の風を頬に感じながら、自然と足取りも軽くなる。

「今回の依頼も無事終わってよかったね」

「そうね、あの大きな穴をふさいでくれって言われた時はどうなることかと思ったけど」

 今回の依頼は、学校からさほど遠くないポット村での簡単な作業だった。ランクはDの修繕作業。

 坂を下りきったところで、むこうの道から男子二人組が歩いてくるのが見えて、僕はとびあがって手を振る。

「かなでー、委員長ー! こっちは終わったよ! そっちはどうだった?」

 村の東の方で、水車小屋の修繕をしていたはずの二人は、なぜか浮かない表情だった。


閑話2『ポット村、依頼実習~それはいつかの~』


「どうしたの?」

 修繕作業が上手くいかなかったのかな? かなではともかく、委員長がいるんだからなんとかなりそうなものだけど。ところが僕の考えはまったくの検討違いだった。

「いや、水車小屋はきっちり直したさ」

「なら何が問題なのよ」

 つづりちゃんが不思議そうに聞くと、二人は苛立たしそうに足元の砂を蹴ったり舌打ちをした。な、なんだろう。めずらしく荒れてるなぁ……

 その時、村の方から悲鳴があがり、ハッと視線を上げる。走り出した僕たちは村の真ん中を通る道でザッと足を止める。そこで待っていたのは、のんびりしたポット村には似合わない光景だった。

「オラァ! さっさと酒持って来いって言ってるんだよ!」

 全身を白の制服で固めた男の人たちが、村の通りを歩きながら暴れまくっていたのだ。男の人たちは小さな雑貨屋さんの店先にあったリンゴの箱を蹴り飛ばし、ゲラゲラと笑っている。お店のおねーさんが慌てて拾おうと飛び出すと、その手を掴んでグイッと持ち上げた。

「あっ」

「んだよ、この村にゃこのレベルの芋娘しかいねーみたいだな」

「仕方ねーからお前で勘弁してやるよ、酌しろ酌ゥ」

 それを見ていた村のお兄さんが、たまりかねた様子で飛び出した。

「やめろ! エレナを離せっ」

 ところが、そのこぶしが相手に届く寸前にお兄さんの身体はふっとんだ。

「ルッツ!」

 道をザザザと擦って投げ出されたお兄さんは、自分を吹き飛ばした相手をキッとにらみつける。それにも怯んだ様子はなく、白服の人たちはせせら笑うようにこう言った。

「おいおい、グラッグ様がこの村を今晩の宿に、とおっしゃったんだぞ? こんな名誉なことは無いんだからしっかりと『おもてなし』してくれよ」

「そうそう、こんなひなびた田舎でも、多少は女が居るみたいだしな」

「いいか! ババア以外の女は、一人残らずこの宿まで来い!来なければ片っ端から火ィつけるからな」

「この時期は乾燥してるからなー、さぞ燃えるだろうよ」

 それだけ言い残すと、彼らは笑いながら村で唯一の宿屋へと入っていった。その中でも何かを破壊するような音が聞こえてくる。

「な、なんなんだよアレ!」

 僕は怒りでこぶしを震わせながら飛び出そうとした、のだけど。

「うわぁ!?」

 背中を掴まれてバターンと顔から地面に飛び込んでしまう。

「何するのさっ」

 涙目で振り向くと、僕を止めたつづりちゃんと委員長が悔しそうに目を伏せていた。

「つむぎ、あれはダメだ」

「ダメって何が!」

 あんなに傍若無人なふるまいを、委員長は見逃せって言うの!? 信じられない思いで見つめていると、ハァッと溜め息をついたつづりちゃんが説明してくれた。

「アイツらに腹が立ってるのは私たちも一緒よ。でも彼らには逆らっちゃいけないわ。王立魔導騎士団にはね」

 しばらくポカンとしていた僕は、かなでに聞いてみた。

「王立魔導……ってなに?」

「そのまんまじゃない? 少なくとも腹出して踊る集団じゃないことは確かだね」

「王立魔導騎士団っていうのは、その名の通り我が国の王に仕える騎士団のことよ。奴等の制服についていたペガサスの紋章を見た?」

 つづりちゃんは自分の左胸をトンと指した。

「あれは直属の騎士団にしかつけることを許されていない印なの。逆らえば国に反逆することになるわ」

「しかし妙だな、何かひっかかる……」

 考え込む委員長をよそに、僕はいらだって声を上げた。

「でも、ホントに騎士団ならなおさら放っておくわけには行かないじゃないか!」

 憤慨して立ち上がるのだけど、つづりちゃんは悲しそうに僕の手を掴んで止めた。

「うちの学校の運営資金がどこから出てるか覚えてる?」

 突然の質問に、僕は首をひねる。

「えっ? えっと確か、僕たちが依頼で稼ぐのと、卒業した先輩からの寄付と、それから国の――あっ」

 そこでようやく気づいた僕は、真っ青になって立ち尽くす。

「気づいたか。私たちの学校は大半が国からの援助金で成り立っている。王立騎士団に刃向かえばその関係にヒビが入るかもしれん。いったん引き上げるぞ」

 ガシャン!と、宿屋から聞こえる悲鳴と窓ガラスが割れる音に、僕はいたたまれなくなって駆け出そうとした。

「やっぱり見過ごせないよ!」

 ところが、委員長に回り込まれて肩を掴まれる。突き飛ばされて僕は尻もちをついてしまった。

「っ!」

「くどい! よく確かめもせずに何をするつもりだ!!」

 イラだった様子の委員長にひるむことなく、僕はさらに喰ってかかった。

「アイツらは今この場で! 魔法を悪いことに使ってるんだよ! すぐに止めなきゃ意味ないんだ!」

「冷静になれ! これだから感情だけで行動する馬鹿は……付き合ってられんな」

 はぁっと大げさなためいきをついた彼をみて、僕の中の何かがブチ切れた。

「だったら一人で帰ればいいじゃないか!」

「なんだと!?」

「目の前の人を救わないような天才より、行動を起こすバカの方が何万倍もマシだぁぁーっ」

 叫んだ僕は、ちからいっぱい委員長の体に体当たりした。

「ぐあっ!」

 不意打ちのような形になってしまい、委員長の体が道のわきにふっとぶ。僕はその横をお構いなしにすり抜けた。


***


 宿屋の前まで行くと、さきほど突き飛ばされていた村のお兄さんとその仲間がくやしそうに建物を見上げていた。

「くそっ、どうしてこんなことに!」

「だがアイツらは魔法を使う。俺らじゃ太刀打ちできないぞ」

「だがこうしてる間にもエレナたちは!」

「僕が手伝いますっ」

 そう言うと、彼らはいっせいにこちらを振り返って目を見開いた。

「……君が? 気持ちはありがたいが」

 いきなり飛び込んできたこの小さな子はいったい誰だろう、村では見ない顔だけど。そんな彼らの無言の言葉を察して、僕は名乗った。

「僕は魔導学――じゃなくて、通りすがりの魔導師の卵です。あったま来たんで手伝わせて下さい」

 そう言って、タクトをヒュッと振る。たちまち辺りの土がせりあがって盾のような壁になった。

「おぉ、これはすごい」

「協力してくれるのかい? ありがとう、俺はルッツだ。さぁ、こっちに!」

 僕は一瞬だけ仲間たちの方に視線をやったのだけど、そこにはもう誰も居なかった。

(ごめんね、みんな)

 ルッツさんに引き連れられて、おばさんやおじさんなど四人の村人と一緒に宿屋の裏手に移動する。

 宿屋の裏手の窓からそっと中をのぞいた僕たちは、あまりの酷さに言葉を失った。中では、村中の女のコが集められて、ドンチャン騒ぎをする騎士団の相手をさせられていたのだ。隅の方では脱がされて裸同然になってしまっている子も居る。

「あいつらぁ!」

 立ち上がりかけるルッツさんを、慌ててみんなで引き止める。ここで見つかったら元も子もないよっ

「クソッ! 君の魔法で、俺たちを守ることはできないのかい?」

「できなくはないですけど、一人が限界だと思います」

 情けなかったけど、見栄をはって大変なことになってしまってはいけないので正直に打ち明ける。

「と、なると正面突破は厳しいな」

 みんなして考え込んでいた時だった。


「ようはさー、駆け引き材料を作れば良いんデショ?」


 突然聞こえてきたクセのある声に、僕たちはビクッと身体をこわばらせる。慌てて見上げれば、木の上にまるで猫のように乗っている僕の幼なじみの姿があった。

「にゃー」

「かなで!」

「味方かい?」

「ええと……たぶん」

「駆け引き材料って、どういうことだ?」

 ザッと飛び降りたかなでは、ふところから何かを取り出すと、僕にバサッとかぶせた。

「わぁ!?」

 急に暗くなった視界を慌ててかきわけると、それは茶色い髪のカツラだった。

「へんそー潜入、こっそり忍び込んで、アイツらの弱みを握るのさ」

「ぼ、僕が!?」

 ビックリして問い直すと、ニィと笑ったかなではうなずいた。

「今あの中に入っていけるのは女の子だけ、でも村のカワイイコちゃんはすでにいない。となると、つむぎがやるしかないよ」

 クラリときている僕に、みんなからの期待の眼差しが向けられる。うぅ、そんな重大な役目を僕に……

「一人で、っていうのがちょっと自信ないんだけど――」

「二人ならどう?」

 またも唐突に聞こえてきた声に、僕らは振り向く。そこには僕と同じように茶髪のカツラをつけたつづりちゃんが立っていた。

「つづりちゃん! 手伝ってくれるの?」

「それからその制服も脱いだ方がいいわね、学校の生徒ってことがバレバレじゃない」

「うぶっ」

 コソッと言われて布を頭からかぶせられる。それは村の女の子が着るようなワンピースとエプロンだった。

「おっけー、話はまとまったね。それでは二人にこれを授けよう。チャラリラ~」

 変な擬音と共に、かなではポケットから色ガラスのようなイヤリングを一組取り出した。受け取りながら怪訝な顔をする。

「なにこれ?」

「通信魔導器。つむぎたちの拾った音が、オレのキーアークに届くように改造済み」

「アンタいつのまにそんな小道具を……」

「学校からの支給品を勝手に改造しちゃダメだよ!」

 学校に帰ったらコイツの部屋を家宅捜索しようと心に決め、イヤリングを耳につける。着替えを終えた僕たちは、お酒などの小道具を持ちルッツさんに連れられて宿屋の前に立っていた。後ろから申し訳なさそうな声をかけられる。

「村の外部の人なのに、こんなことを頼んでしまってすまない」

「良いんですよ、だけど僕たちの事はナイショにしてくださいね」

「そう、後から誰が調査しにきても、学校の生徒に助けられたなんて死んでも言わないこと!」

「わかった、一言も漏らさない。安心してくれ」

 その時、耳元からザザザと雑音まじりの声が聞こえてくる。宿屋の裏手に残って張っているはずのかなでからだ。

――あーあーテステス、聞こえますかどーぞ

「ん、良い感じよ」

「あれ? ちょっと遠い気がする」

――え、聞こえない? それじゃあ良い機会なのでつむぎの恥ずかしい過去そのいちー

「かなでぇぇ!!」

――聞こえてんじゃん

 まったくもう、油断もスキもないんだからっ

――えー、それでは作戦を説明いたします。やっべ、オレ司令塔みたいじゃね? かっくいー!

「いいから早く……」

 ところがその時、宿屋の扉がガチャリと開いて中から騎士団の一人が顔を出してしまう。ルッツさんはサッとしげみに隠れた。

「なんだぁ? 誰か居るのか」

「っ!」

――あらら、もう見つかっちゃった? ならば仕方ないな、諸君の演技力に期待しよう、幸運を祈る!

「こ、こんばんわ、そろそろお酒が切れている頃かとおもって新しいものをお持ちしました」

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