閑話

第20話

 ちーろっ、チロ! どこだぁ?

 あ、こんなとこに居た。なんだよ探したじゃんか。何やってんだ? マモノ図鑑なんか広げて。

 おー、ファイアドラゴンか、かっこいいよなぁ。こう、定番だけど、王道ド真ん中って感じが。

 え? これになりたい? だははははっ、お前が? ドラゴンに!?

 くはは……悪い悪い、バカにしたワケじゃないって、すねんなよ~。

 よし一から説明してやろう。いいか? 確かにチロはサラマンダーの見た目はしてるけど、その命はオレが作ったかりそめの物なんだ。厳密に言うとお前はマモノじゃなくてホムンクルスってことになるな。残念だけどドラゴンとは根本的に違うんだよ。

 おいおい、しょげるなって。そうだなぁ~、その体の原材料はつむぎの炎だったから、アイツに炎を貰えばもしかしたらでっかくなれるかもな。

 なーんちゃって。あれ、チロ? おーい


閑話1『サラマンダー旅に出る~BBBBBBBBB~』


 わっ、ビックリした! もー、いきなり跳び付かないでよ。ビックリするじゃないか。

 って、あはははは!! ちょ、何する……やめーっ!

 もう、いきなり服の中に入り込むだなんて何考えてるんだよ! もしかして飼い主に似てきたとか……

 え、タクト? これをどうしろって言うの、火が欲しい?

 うぅん、何だかよく分からないけど、炎をぶつければ良いの? お腹が空いてるならいつもみたいに談話室の暖炉じゃダメなの? ふーん、ダメなんだ。

 まぁ、そのくらいなら別に良いけど。せーの、ファイヤー!

 これじゃ足りない? もっと出せって? もー、またデブデブになっちゃうよ。えいっ、やっ、どりゃああ!

 ……。

 ち、チロ……僕これ以上は出せないよ。もう満足したでしょ? ほら身体がおっきくなりはじめてるし。もうおしまい!

 うぅ、どうしてそんな悲しそうな目をしてるんだよ。ってあれ、いっちゃうの?



 うわっ、何だ貴様は! ……まさかチロか? どうしたのだその体は、子豚が校内に入り込んだのかと思ったぞ。

 おい、なぜ泣き出す。子豚と言ったことを気にしているのか? それはすまない、悪意は無かったんだ。

 何か悩み事がありそうな顔をしているな。私で良ければ相談に乗るが。

 ふむ、なるほど、むむ、なんだと!? ――さっぱりわからん。

 悪いな、私にはお前のジェスチャーを読み取れるほどの力がないようだ。よし、ちょっと待っていろ、通訳としてかなで辺りを連れてきてやるから。

 ええいそこでなぜタメ息をつく。いいか、そこを動くなよ! すぐに戻るからな



 あら、チロじゃない。めずらしいわね、魔材庫で会うなんて。

 アタシ? ちょっと魔法薬の先生に雑用押し付けられてね、めんどくさいけど整理中ってワケ。

 そこのビンに近づかないで! 爆発して木っ端微塵になっても知らないわよ。ただでさえアンタはボンボン燃えてるんだから。引火したらただじゃすまないわ。

 そうそう、大人しく待ってなさい、あとちょっとで終わるから、そしたら一緒に帰りましょ。

 えーと、これがマダラウサギの爪でしょ、こっちがアマヨモギの乾燥束っと。

 ……おかしいわね、くしゃみ草の種とドラゴンの血液が足りないわ。ねぇ、知らない?

 ちょっとチロ!? それ触っちゃダメ――


***


 ――ボンッ


 どこか遠いところで爆発音が起きて、僕はヒヤリと冷たいものを感じる。

 この学校に居る限り、爆発なんて慣れっこだけど今のは相当大きかった。まさかまたアイツが何かやらかしたんじゃ。

「すげー、魔材庫かなあそこ。ケムリ出まくってるぜ」

「え、あれ?」

 ソファの後ろからヒョイと出てきた幼なじみに、拍子抜けしてマヌケな声を出してしまう。かなでの仕業じゃなかったのか。

 ちょっとした罪悪感を感じながらも外を覗くと、確かに校舎の一角から赤いケムリが濛々と噴き出ている。

「なんだァ、アレ」

「おいかなで! かなでは居るか!」

 後ろから大きな声があがり、バターンと扉を開けて委員長が入ってきた。走ってきたのか若干息が荒い彼はツカツカと寄ってきた。

「ちょっと来てくれ、チロの通訳を頼みたい」

「や、そんなコトよりアレ」

 委員長と一緒に、指し示す方向をもう一度見た僕は、目を丸くし口をカクンと開けた。なんとそのケムリの中から深紅色の巨大なドラゴンが飛び出したのだ!

 キラキラと輝くウロコが美しいそのマモノは、校庭へと投げ出されるとのた打ち回るように暴れ始める。

「な、なにあれ!?」

「あの背中に乗ってるの、つづっちゃんじゃねーの!」

 確かにその背中にしがみつくように乗っているのは、特徴的なオレンジふわふわパーマの彼女だった。

「そういえば先刻つづりともすれ違ったが、魔材庫で雑用を押し付けられたとボヤいていたな」

 おぉ、なんて冷静に思い出している委員長をひっぱって、僕たちは校庭へと飛び出す。そこには必死になってドラゴンをなだめようと奮闘しているつづりちゃんが居た。


「チロ! 落ち着きなさい!」


「えぇっ!?」

 一瞬耳を疑ってしまう。だって、このリッパなファイアドラゴンがチロぉ!?

「どーうどうどう、怖くないぞー」

 かなでがそう言ってなだめると、チロ(仮)は段々と落ち着きを取り戻して静かに頭を垂れた。真っ赤な瞳から灼熱の雫がぽたりと滴り落ちる。

「魔材庫でドラゴンの血液をモロにかぶったらこうなったのよ」

「ドラゴンの血は強力な増強剤だ。チロの中でなんらかの反応が起きたというわけか」

 冷静にそういう委員長は、感心したようにその巨体を見上げた。その目は面白いものを見つけた時のように輝いている。

「驚いた、マジでドラゴンになってら。肉体も炎だけじゃなくて実体がある。――どわぁ!」

 チロは尻尾を振っていつものようにじゃれつこうと圧し掛かる。哀れ潰されたかなでをみんなで救出するはめになったのだった。


***


「それにしても、参りましたね」

 何事かと出てきた先生たちが、困ったように眉を寄せる。エクス先生の後に続けるように、ヒノエ先生もタメ息をついた。

「今までは小さかったから黙認してきたけど、こんなに大きくなってしまったら学校に置いておくわけにはいかないわ……」

 とたんに、生徒みんなの間から「えーっ」と大ブーイングが上がる。こんなカッコいいドラゴンが居るなら学校としても箔がつくのに。

 けれども先生たちは険しい顔を崩さず、腰に手をあてて説得を始める。

「考えてもご覧なさいな。たとえ元が大人しいサラマンダーだとしても、図体はこんなにでっかいドラゴンなのよ? 街の人たちを怯えさせるわけにはいかないわ」

「それに他のドラゴンが学内に襲ってくる可能性も無いとは言い切れませんからね」

 確かにドラゴンは高い知性を持ちながらも気性の荒いマモノとして有名だ。一旦怒らせれば並の魔導師では太刀打ちできないとすら言われている。

 今の話を大人しく聞いてきたチロは、キュオオンと小さく鳴くとはばたき始めた。ぶわァッと風が吹き荒れ、その大きな体がほんの少し浮かび上がる。

「チロ! 行くなよ! オレがなんとかするからっ」

 慌ててかなでが駆け寄るのだけど、チロはそちらに顔を近づけると別れを告げるようにアゴをこすりつけた。

「チロ……お前、自分から去ろうって言うのか。騒ぎを起こさないように」

 ――キュウウ

 しばらく戸惑ったように動かなかったかなでだけど、しばらくしてゆっくりとそのウロコを撫でる。

「……そうかぁ、お前ファイアドラゴンになりたがってたもんな。空を自由に翔けて、カッコよく生きたいんだよな」

 ――キュオオ

「せっかく夢が叶ったのに、元に戻すだなんて、そんなのオレにはできないや」

 フッと笑ったかなでは、数歩下がって送り出す。

「行けよ、元気でな」


 旅立つことになったチロの周りにみんなが集まり、一人ひとり別れを惜しむように声をかける。

「チロ、チロ、気をつけてね。キミが僕の炎から生まれたこと忘れないから」

「意思疎通ができなくて悪かったな。次会うときは古代語でも勉強しておこう」

 みんなが談話室のマスコットが居なくなってしまうことに涙する。そして最後につづりちゃんが進み出て、顔を撫でながら困ったように微笑んだ。

「まさかアタシのミスでアンタがドラゴンになっちゃうとはね。元気でやりなさいよ」

 チロがその頭にアゴをこすりつけようとした時、事件は起こった。彼女のフワフワの髪の毛が、チロの鼻の穴をくすぐったのだ。

「……チロ?」

 異変に気がついて怪訝そうな顔をするつづりちゃん。その顔面をギリギリをファイアドラゴンのくしゃみ――つまり火炎放射がかすめた。

「き、きゃあああ!!」

「つづりちゃん!」

 パニックになる彼女の目の前で、チロがボンッと赤いケムリに包まれる。そしてケムリの中からパッと飛び出してきたのは、いつもどおりに手のひらサイズの火トカゲだった。チロはすっかり元のサラマンダーに戻っていた。

「どういうことよ……」

 唖然とするつづりちゃんに、委員長が問いかける。

「ドラゴンに変化した時、近くに別の魔材が無かったか?」

「え? あ、そういえば『くしゃみ草の種』が近くにあったような」

 一同が黙り込む中、かなでが自分の羽根ペンを取り出し、チロの鼻先をくすぐる。と

 ――っくしゅ!

 小さなくしゃみと共に、またしても赤いケムリがもうもうと立ち込め、その中から赤いドラゴンが現われる。そしてもう一度試すと火トカゲに。もう一度ドラゴン……

「どうやら、くしゃみをきっかけにして切り替わるらしいな」

「と言うことは――」

 ガバッとドラゴンに飛びついたかなでは、満面の笑顔でギュッと抱きしめる。

「学校に居られるぞ! やったな」

 ――キュオオオオオン!!

「わっ」

 傍目から見ても大喜びのチロは、そのままかなでの襟元をくわえると自分の背中に投げ乗せ、そのまま高く飛び立った。

「わぁぁ……」

 校庭に出ていたみんなの歓声を一身に受けて、チロは空中でクルリと一回転する。

「まったく、あれじゃあ街の人に見られてしまうじゃないの」

「ま、よかろう。文句を言われたらトカゲに戻しておけ」

 いつの間に来たのか、校長先生がカッカッカと楽しそうに笑う。よかった、これまで通りチロはここに居られるんだ!

「その代わり! 変身させる時は必要最低限の時間で極力目立たないように、校内でドラゴンになるのはもっての他ですからね! もし破ったら~」

「は、はいっ、分かってます!」

 ヒノエ先生の脅しに、僕は思わず背筋をピシッと正す。って、あれ? なんで僕が責任者みたいになってるの?

「トホホ……また気苦労が増えちゃったよ……」

 肩を落として呟いた僕は、空を自由に翔けるドラゴンを見上げる。知らず知らずの内に口角は上がっていた。

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