第19話
いつもおしゃべりな口が一文字に引き締められている。その表情が、さっきの『知らない誰か』を連想させて体をこわばらせた。
「オレが、怖い?」
「そんな、こと……」
月明かりの逆光で、輪郭だけがボンヤリと浮かび上がる。
ダメだ。見ちゃいけない。
見たらきっと戻れなくなる。
思いだしてしまう ?
「いいよ、つむぎになら。オレの全てを見せてあげる」
耳元でささやかれてビクッと反応してしまう。なっ、なに? なんでこんなことになってるの!?
どれだけそうしていただろう、次にパッと笑ったのは確かにいつものかなでだった。
「なーんて。さっ、お子様はもう寝る時間だぜ」
「あ……。だ、だれがお子様、だっ!」
パカッ
「あだっ!」
「アハハ」
大げさに頭を押さえる姿からさりげなく離れる。
「それじゃ、おやすみ」
「おやすー」
……まだ胸がドキドキしてる。さっきのは一体なんだったんだろう。
***
ちらりと視線をやると、横たわる小さな体は微動だにせずひたすら縮こまっている。その耳が真っ赤なのは何も熱のせいだけではないだろう。
(少し調子に乗りすぎたか……)
ぼんやりと手のひらを見つめる。傍にいることで満足しなければ。間違っても愛情を返して欲しいなどと考えてはいけない。この手でまた彼女を×したくなければ、耐えないと。
(確かにオレは最低な男だな……ごめん)
そう頭の中で呟いてから目を閉じる。せめて、今だけは
***
「ふぁぁ~」
チュンチュンと鳥の鳴き声で目を覚ました僕は、体の調子を確認するために立ち上がって軽く腕を曲げたり伸ばしたりしてみる。うんっ、岩場で寝たからちょっと痛いけど、昨日みたいなダルさは無いね。
「かなでー、朝だよー、起きろー」
「ぐぅ」
「おーい」
「うへへへ、世界よ跪け~」
「……」
何の夢を見てるんだか知らないけど、むにゃむにゃと寝言を呟いた男をひきずって高さ数十メートルの洞窟の入り口から半分乗り出させる。
「三、二、一――」
「わー! 起きる起きる! 目覚ましにしてはちょっと刺激が強すぎるってぇ!」
まったく、寝起きの悪さは一級品なんだから。
そのまま入り口から身を乗り出した僕は、今自分がどの辺りに居るのかをもう一度確認した。五十メートルくらいの崖のちょうど真ん中辺りで、登るにしても降りるにしても同じくらい苦労しそうだ。
「もし降りていったら、どの辺りに出るんだろう」
そう言ながら貰った地図を取り出す。すると、何かに気づいたらしいかなでが「あ」とこちらを指した。
「裏に何か書いてある」
「え、裏?」
言われてひっくり返すと、確かにそこには几帳面な字で「困ったときは地図を平面に置き、なぞるべし」と書かれていた。その下には魔法陣のような図形が描かれている。
指示通りに置いて魔法陣どおりになぞってみると、かすかに僕の中の魔力が反応して地図全体が光りだす。
「うわっ」
「おー」
次の瞬間、パァッと光の柱が立ち上がり、薄暗い洞窟内が一気に明るくなった。おそるおそる目を開けてみると、その光の中から見覚えのある人物の映像が浮かび上がり、少し遠い声でこう話しかけてきた。
『つむぎ!』
「つづりちゃん! それに委員長?」
その二人を押しのけるようにして、ヒノエ先生とニキ校長が映像に映りこんでくる。
『無事なのね! あぁ良かった……』
『どれ、ゲートを開けるぞ。少々下がれ』
「は、はい」
三歩下がると、光の柱は扇状に広がり、その中から今まで映像でしかなかった人たちがドッと実体となって押し寄せてきた。彼らは一斉に僕を取り囲む。
「ケガは? どこか具合の悪いところはない? そういえば昨日から体調悪かったじゃない。あぁもう心配かけさせてっ」
「まったく貴様ときたら、無事ならそれで良いが」
「何があったかはキッチリ報告してもらいますからね」
「なんじゃー、この洞穴は」
頭が痛くなるほどの質問攻めに、僕は慌ててストップをかける。
「待った待ったー! ちゃんと説明するから、ちょっとみんな離れてよっ」
崖から落ちたことを説明すると、みんなはそろってなんとも言えない顔をした。
「どっか抜けてるとは思ってたけど、うっかり崖から落ちるとはね……」
「面目ない、です」
「ま、とにかく無事でよかったわ。こんなところにいつまでも居るわけには行かないから帰りましょう。朝ごはんが待ってるわよ」
ヒノエ先生がそう言うと、校長先生はうむ、と一つうなずいてまた光の道を開ける。僕たちは順番にその中に足を踏み入れ、ようやくスタート地点の合宿所へと戻ってきたのだった。
***
最後とばかりにみんながビーチではしゃぎまわる中、僕は風の通る木陰でのんびりと座りながらその様子を眺めていた。あと二時間ほどで合宿は終わりだけど、昨日の今日でまた海に入るのはちょっと気が引けたのだ。ぶり返したらイヤだもんね。
「とんだ災難だったわねー」
向こうから歩いてきたつづりちゃんが隣に座る。はい、と冷えたレモネードを渡されてありがと、と呟いた。
「でも良いんだ。みんな心配してくれたのがすごく嬉しかったし」
しばらくジッとこちらを見ていたつづりちゃんは、フッと笑うとやれやれと首を振って独り言のように何かを言う。
「ま、アンタとかなでじゃそう言うこともなさそうね。安心したわ」
「?」
そう言うこと? と、聞き返そうとすると、彼女はイタズラっこのように笑って指を振った。
「そうそう、知ってる? 規程時間内に帰ってこれたら、うちの班が優勝だったのよ」
「えぇっ、ホント?」
「惜しかったわねー、でもあの校長のことだから、願い事をストレートに叶えてくれるとは思えないけど」
「あはは、そうかも」
笑ってグラスを太陽にかざしてみると、カランと中の氷が涼しい音をたてる。
これからはムリしないで、ちゃんと仲間を頼ろう。あんなに優しい人たちを心配させるようなことしちゃダメだよね。
そう思った瞬間、何か赤いものが僕の方へ飛んできて、顔の真正面からドカッと当たった。
「もぎゃっ!」
「つむぎ!」
見ればそれはクルリとボール状に丸まったサラマンダーで、僕は髪からレモネードをポタポタと垂らしながら怒りに震える。こんな事をするのは――
「やー、ごめんごめん。消える魔球サーブ失敗した」
「かなで――ッ!!」
全力でチロを投げ返してやると、片手でパシッと受け止められる。その向こうにはビーチバレーのコートができていた。いつの間に……
「おい、勝負はまだついていないぞ!」
「委員長まで……」
やる気満々でコートに居る彼の姿を認めて肩の力が抜ける。何やってるんだよもう……
ニッと笑ったかなではこちらに手を差し出した。
「一緒にやろーぜ」
「しょうがないなぁ、もう」
フッと笑った僕は、立ち上がって駆け出したのだった。
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