夏休み強化合宿~覚えてる?~
第16話
そろそろ日差しも本格的に夏になってきた今日この頃。教室の窓からめいっぱい降り注ぐ太陽の光を浴びながら、僕は「ん~っ」と大きく伸びをする。
「終わったぁー! 期末試験!」
「さすがに、中間試験よりも範囲が広かったわねぇ……」
そう言ってつづりちゃんは教科書を取り出して確認し始める。ゲッと呟いたところを見ると間違えてしまったんだろうか。
「ま、まぁ、補習は大丈夫そうだから良いんだけど」
「そうだね、下には下、全科目赤点の生きる伝説が居るからね」
僕は後ろの席を振り返って、机につっぷして眠りこける伝説の男をつついた。
「いきなり全科目赤点脱出しろとは言わないからさ、せめて一つくらい得意教科作ろうよ。起きなよ、ねぇ」
*episode.5
『夏休み強化合宿~覚えてる?~』
「んなー」
ダメだこりゃ。きっと今回もこいつのテストはまっかっかだ。
タメ息をついて前を向いた僕は、思わずヒッと息を呑んだ。前に座っていた委員長がぐるんとこちらに振り返ったのだ。
「つむぎ! 問六の答えは『ゴースト』で合っているな!?」
「え、問六? 僕は『レイス』にしたけど……」
そう答えると、一瞬間を置いてから委員長の頭がガクリと落ちた。
「~~~そうかああ、そっちだったか!」
「どうやら今回も筆記はつむぎの一人勝ちみたいね」
「えへへ」
筆記用具をしまってノートをトントンとそろえる。よぉし、テストも終わったことだし楽しい夏休みだ!
***
――と、思ってたのだけど。
「みなの衆、喜べわめけ、強化合宿じゃ!」
全校生徒、三百人を校庭に集めて、校長先生が音声拡張魔導器に向かってはしゃぐ。ハウリングを起こしてキーンという音が耳に痛い……じゃなくって。
「合宿? どこで?」
「今度は何を始めるつもりかしら……」
ザワザワと生徒が騒ぐ中、校長先生はウキウキとした様子で浮き輪やビーチボールを手にして小躍りを始める。
「国から競売にかけられた南の孤島がポロッと手に入ってのう。ちょうど良い屋敷もあるからニキ魔導学校合宿所に改造した!」
み、南の孤島ってそんな簡単に手に入るものなの?
相変わらずの破天荒で突発的な行動にみんなが固まる中、校長の横から出てきたヒノエ先生が疲れたような表情で続けた。
「そういうワケだからみんな用意してくれるかしら。一泊二日だからそこまで荷物は要らないわ。キーアークだけは忘れないように。集合時間は――」
「三十分後! グズグズしてるヤツは置いてくぞ!」
「校長!」
「来ないヤツは単位やらんからの、カカカ」
さ、三十分!? しかも単位がかかってるの!?
一気にパニックに陥った生徒達は、解散の合図も待たずに自分の寮へと荷物作りに走ったのだった。
***
そんなワケで三十分後、みんなは疲れきった様子で荷物をまとめて校庭に集合していた。
「パンツ忘れてたらどーしよう、委員長貸してね」
「断る……」
「あ、もしかしてふんどし派?」
「……もうツッコミを入れる気力すら惜しい。放っておいてくれ」
準備で疲れたのか、さすがの委員長も放置の道を選んだようだ。そこに可愛らしいスーツケースを抱えた校長が足取り軽やかにみんなの前に立つ。
「おう、みなの衆。準備ができたようだの。では行くとするか」
そういえば詳しい場所を聞いていないけど、交通手段は何なんだろう?
校長先生はそこらへんに転がっていた木の棒を抱えこんでみんなをグルーッと取り囲むように走り出した。完全な丸を描き切ると、自らも円の中に入り詠唱を開始する。
『追憶のかなたに残るあの地へと、想いを寄せれば蘇える、残された記憶は糧となり、過ぎ去りし時すらかき集めるであろう。大地を駆け巡る風よ、翼を持たぬ我を誘(いざな)え!』
いっくぞー、と大きく振りかぶった校長は、円のド真ん中に枝を突き立てると同時に技名を叫んだ。
『テレポート!』
揺らぎ始めた景色が、見慣れた校舎からだんだんと青い海へとすりかわっていく。まぶしいほどの太陽が眼をチラチラと刺激しそして――
「え――?」
僕たちは海の真上に出現していた。
「うわああああ!?」
三百人分の悲鳴が響き渡り、続いて盛大な水しぶきが辺りにキラキラと飛び散る。意外にも海は浅くて、お尻を濡らす程度で済んだのだけど……
「チロ! 生きてるか!」
腰まで水に使ったかなでがポケットから何かを引っ張り出す。それはぐっしょりと濡れて息も絶え絶えのサラマンダーだった。
「ぎゃーっ、何で連れてきたんだよ!」
「つむぎ、火! 火!」
「あわわわわ」
慌てて対処している僕たちの向こうで、校長先生がヒノエ先生とエクス先生に怒られているようだった。
――まったくあなたと言う人は、確認してから空間転移を行ってくださいよ!
――めずらしく私も同意見ですね。後先考えずに行動するからこのような事態になるのです。
三百人もの生徒を一気に転送させるなんて、よっぽどすごい魔力が必要なんだろうけど……素直に関心できない。
ようやく海から上がったニキ魔導学校の生徒は、そこにあった光景に感動したかのようにざわめき立つ。白い砂浜、青い海、どこまでも広がっていくその景色は、まさに常夏のリゾート地。オマケに完全な貸し切り状態だ。
「さぁ皆の衆、遊ぶが良い! 頭を使うことも大事じゃが、こもってばかりでは清く正しい魔導師にはなれんからの!」
校長のその合図で、みんなは一斉にワッと駆け出す。夏だ! 夏が来たんだ!
「きゃあっ、冷たいわよつむぎっ」
「アハハッ」
靴を脱ぎ捨てて海に入り、つづりちゃんと水のかけあいっこをして楽しむ。海で遊ぶのなんて何年ぶりだろう。
ザザン……ザザ
「キレイな海だねー、あ、魚っ」
「夏の合宿でこんな素敵なところに連れてきてくれるなんて、この学校もやるじゃない」
キラキラとしぶきが跳ぶ光景を楽しんでいる僕たちは、この後に起こる試練をまだ知らなかった……。
***
ひとしきり遊んでみんながクタクタになった後、校長先生はみんなを少し離れた別荘へと連れていく。
「――目覚めよかりそめの命! リインカーネーション!」
掛け声と共に大量の麻布がムクムクと膨らみ始め、見るまに大量のホムンクルスができあがる。人工生命体は、校長の命令どおりに屋敷へと向かっていった。
「これで掃除はよしと。だがしかし、夕食はワシらで作るぞ! たまには手作りじゃ」
どこにあったのか、にんじん、じゃがいも、たまねぎ、豚肉と大量の食材がホムンクルスの手によって運ばれてくる。これらの材料でできるものっていったら、えーと
「合宿の定番、カレーじゃ!」
***
トントントントン
小気味いい音が連続してあちこちから聞こえてくる。手際よくにんじんを刻んでいた僕の隣に、髪を三つ編みに束ねたつづりちゃんが寄ってきた。
「なかなか上手いわね、普段から料理してたの?」
「うん、ここ数年は一人暮らしだったからね。やらないと餓死しちゃう状況だったんだ」
最初の頃はそりゃーひどかったもんだ。野菜をそのまま皮ごと煮込んだりしてたっけ。懐かしい思い出にひたっていると、委員長が小さくギャッと悲鳴をあげた。
「それにひきかえ、不器用ねぇ~」
「う、うるさいっ。じゃがいもごとき私の敵ではないわ! すぐに調理してくれる、ふは、ふはははは」
どこか悪役じみたセリフを吐く委員長だったけど、ガチガチに緊張しているらしくそれから幾度も指を負傷してしまう。その度にじゃがいもが赤く染まっていって……あーあー
「肩に力が入りすぎなんだよ、もっと気楽にやらないと返って危ないよ」
「そ、そうか」
そうアドバイスしてあげると、ぎこちなくもなんとか皮をむけるようになったみたいだ。さて、あとは――
「つむぎ、何だか顔が赤くない?」
「え?」
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