第17話
呼ばれて振り返ると、つづりちゃんが僕の額にペタッと手をやって熱を測る。
「んー、よく分からないわね」
「へいきへいき、なんともないよ」
「そう? ならいいんだけど」
「さぁってと、そろそろたまねぎを炒め始めないと」
張り切って振り返った僕の鼻先を、包丁がかすめた。
「ひぃっ!?」
「あはははは」
見ればそこには包丁と野菜を曲芸よろしくクルクルとお手玉のように回しているかなでが居た。意味もなく笑いながら周囲の視線を集めている。
「危ないだろっ、何やってるんだよ!」
「まぁまぁ、ちょっと見ててよ。そいやっ」
じゃがいもを一際高く放り投げたかと思うと、包丁でスペルを書き風の刃を空に向けて放つ。
「サイス!」
パッと空中で分解されたじゃがいもは、ちょうど一口サイズになってお皿の上にポロポロと落ちてきた。自然と周りから拍手が巻き起こる。
「はいどーぞ」
ニィッと笑って差し出したその頭に、むいたじゃがいもの皮がポトッと落ちてくる。僕はお皿を受け取りながら「頼むから普通に料理してよ……」と小さく呻いたのだった。
***
天まで届くばかりに燃え上がるキャンプファイヤーを囲んでカレーが配られる。辺りはもう暗くなり始めていて、空にひとつ、ふたつと星がまたたき始めていた。
「おいしー!」
「色々あったけど、上手くできたね」
至福の顔をして食べるつづりちゃんの隣で小さく笑う。トラブルはあったけど、やっぱりみんなで作ったカレーは美味しいなぁ。
「フッ、料理など簡単だな。刻んで煮込むだけではないか。……ん? これは何だ?」
すっかり指先をボロボロにした委員長が、カレーの中から何か得体の知れないブヨブヨとした赤いお肉をすくいだす。口に入れてモグモグと咀嚼してみても何のお肉か分からないみたいだけど。
「あ、それチロの尻尾かも」
ブ――ッ
かなでの発言で一気に吹き出す。ゲホッゲホッとむせた彼は、恨めしそうな顔をした。
「か~な~れ~!! ひさま、なんというほのを……げほっ」
「やー、さっき煮込んでる時、肩にいたチロがポロッと落としちゃってさー。やったね、大当たり!」
「はずれだー!!」
と、言うことは、このカレーにはチロのエキスが?
「美味しいから良いんじゃない?」
「そう、かな……」
汗をかきながら僕は服のえりもとをパタパタと開ける。うぅん、火に近寄りすぎたのかな、なんだか全身が熱いや。あ、もしかしてサラマンダー入りのカレーを食べたせい?
***
食べ終わってのんびりしていると校長先生がパンと手を打った。彼女はキラキラと瞳を輝かせながらこう話し出す。
「それでは今回の合宿のスペシャルイベントである課題を発表するぞ!」
サッと生徒たちの間に緊張が走る。そうだ、今回の目的はあくまでも強化合宿だった、遊ぶだけじゃなくてしっかりと課題をこなさないといけないんだ。
みんなが緊張する中、フッフッフと笑った校長先生は決めポーズをしてこう宣言したのだった。
「ドキドキスペシャルデスマッチバトルロワイヤルボンバーヘッド大会の開催じゃー!!」
その場に居た全員がずるっとズッコける。な、なんなんだろう、その長ったらしい名前は。そんな周囲のとまどいなんてお構いなしに、校長は指を振り降り説明を始める。
「簡単に説明するとワシが考えたオリジナルのスタンプラリーじゃ。一年には昼間の間に教師陣が設置したポイントをめぐってスタンプを集めてもらう。一番多くのスタンプを集められたチームの優勝じゃ」
「それじゃ二・三年は何をするんですかー?」
どこからから上がった疑問に、校長は「まぁ焦るでない」と手を振って説明を続行する。
「二・三年にはそれを妨害する『おどかし役』をやって貰おうと考えておる。ただしあくまでも肝試しの範疇を越えんようにな。危害を加えるのは持ってのほか! ま、せいぜい存分に怯えさせてやれ」
その発言で一年生はビクリと怯え、上級生たちは色めき立った。きっ、肝試しって……
「すごい汗だな……」
「そんなことナイヨ! ボクハ至って冷静ダヨ!」
「分かりやすい奴め」
委員長の察しの通り、その、正直言ってしまうと怖い。ただでさえこの島は無人島な上に、なんだか夜になるにつれて生ぬるい風が吹いてきて不気味なんだ。どうかどうか、レイスとかゴースト系のマモノが出ませんように!!
あ、でもチーム四人で行くならそこまで怖くは無いかも――
「おぉ、忘れておった。一年はチームを分割し二人一組で行くように」
「ひぎぃ!?」
いやな悲鳴を上げてしまった僕をニヤニヤと見つめ、校長はイジワルにもこう言った。
「四人でゾロゾロと固まっていったら肝試しにならんではないか。得点は後でチーム合算するから安心せい」
「そんなことを心配してるんじゃなくて~!!」
「時間制限は今夜九時から日付の変わる午前零時まで! スタートは一時間後じゃ」
カカカと笑い声をたてる校長は、張り切った様子でこぶしを天に突き上げたのだった。
「各学年で一番優秀だったチームには、褒美として願いを叶えてやるぞーい!」
***
上級生たちが島のあちこちに散らばっていってしまってから、待機状態の一年生たちはそわそわと落ち着かなかった。
僕たちたんぽぽ組は、渡された地図を見ながら島の東側と西側に分かれて探索しようと作戦を立てていた。チェックポイントは全部で三十箇所。つまり二人で約十五個スタンプを集めれば良いわけだ。
「それでチーム分けなんだけど……ひっ」
ガッとこちらの肩を掴んだ委員長が、真っ赤な顔をして僕に向かって話し始めた。
「つ、つむぎ、わわわ私と一緒に、ま、周らないか」
「へ?」
その委員長の肩を後ろからつづりちゃんがガッと掴んで、にやぁと笑う。
「あらダメよ、その組み合わせじゃ音魔導師と述魔導師のバランスが悪いわ。つむぎ、アタシと組まない?」
そのまたつづりちゃんの肩を掴んで、かなでがへらぁっと笑う。
「とりあえず流れに便乗して掴んでみました、あのさーオレ単独行動ってのはダメ?」
僕を先頭とした、まるで電車ごっこをしているかのような列ができてしまう。ちょ、ちょっとみんな……
「クジにしよう! ねっ」
草を四本ちぎって、短いのと長いのを二本ずつ用意する。これなら不公平はないよね。……僕としては一人にしないでくれるなら誰でも良いんだけど。
そしてみんながクジをつかみ、一斉に引き抜いたその結果は――
***
「つむぎむぎむぎ~、かなでなでなで~、2人合わせてむぎかな~」
ヘンな歌を調子っ外れに歌う男を前にして僕はがっくりとうなだれる。確かに誰でも良いとは言ったけど、よりによってかなでと当たるとは。
「頼りにならない……」
「んー? なんか言った?」
「別に」
まぁ、実力と能力を考えたらこれがベストな組み合わせかもしれない。と、ムリヤリ自分を納得させてしげみの中を進んでいく。けど
「っ――」
突然くらりとして思わず足を止める。イヤだな本当に調子が悪いみたいだ、さっさと済ませなきゃ。
汗ばむ体を感じながら顔を上げた僕は、目の前を浮遊する青い炎の大群を目撃した。
「ぎゃああああ! さっそくでたああああ!」
腰を抜かした僕は草むらに尻もちをついて動けなくなる。やだやだやだ、こっち来ないでよっ
「か、かなで」
助けを求めて辺りを見回してみるのだけど、あのピンクのクラゲ男は先に行ってしまったのか姿が見当たらない。青い火の玉はだんだんと僕を取り囲むように近づいてきて……
「ひ、いや――コールド!」
とっさに放った魔法が発動し辺り一帯に冷水がバシャアアと降り注ぐ。すると火の玉は消火されたかのように消え去り無くなってしまった。
「え、あれ? ウィスプじゃない?」
火の玉の形をしたマモノかと思ってたのだけど、そうだとしたらチリになって消えるはずだ。ということは今のは本当にただの火?
ボケッとしていると茂みの向こうで誰かがササッと逃げていく音が聞こえた。まさか、これが先輩たちの『脅かし』なのかな。
「――っくしゅ!」
真相を悟った僕は立ち上がって、びしょぬれになってしまった服のすそをしぼった。具合が悪いのに冷たい水を浴びてしまったことでますます調子が悪くなってきたような気がする……。ズキズキと痛み始めてきた頭を抱えていると、向こうからかけてくる人影があった。
「スタンプみつけたー、あれ? どうした?」
「なんでもない……」
「こっちこっち」
手を引かれて進むと、茂みの中に灰色の石柱があった。腰の高さのそれにキーアークをかざすと、石柱からシュンッと白い光が飛び出した。キーアークの中に十七という数字が浮かびあがる。
「地図によると、ここから北に行ったすぐのところに二箇所あるみたいだな」
意気揚々と駆け出していく後を、僕は重い足取りで追っていく。
嫌なことに、その後も似たような展開が続いた。ふらりと居なくなるかなでの代わりに、僕が先輩たちからの脅かしをすべて引き受けることになってしまったのだ。
(うぅ、フラフラする……)
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