中間試験~夢?~

第13話

 優しく肌をすべる手が心地いい。頬をなで、愛おしそうに唇をなぞり、まぶたの上にそっと口付けを落とされる。

 あぁ、僕はこの人がとても大切で、離れたくないんだ。好きで好きで堪らない。

 長い黒髪を掻き抱くように腕を伸ばす。もっと触れてほしくて、もっと近くに居たくて、もっともっと――


 そこでパッと目が覚めた僕は、一瞬何がなんだか分からなくてしばらくロフトの天井を見つめる。

 ゆ、め? でも今のは

(委員ちょ――)

「…………う、うわああああ!!!!」


*episode.4

『中間試験~夢?~』


 ガバッと飛び起きた僕は思わず夜中だと言う事を忘れ大声を出してしまう。ななななんだってあんな夢……!?

「ひっ、ちょっと何よつむぎ! ビックリするじゃないっ」

「うわぁ! うわー! ぎゃあああ!!」

 顔っ、顔が熱いっ

「…………つ、つづりちゃん?」

 しばらくしてチラッと見ると、向かいの彼女は何事も無かったかのように健やかな寝息を立てていた。

「……」

 ほてった顔を冷やすため、ベランダに出て湖を眺める。今日も星屑草の魔力胞子はふわふわと綺麗にただよっていた。

(どうしよう……ぜんぜん眠れない)

 結局、僕はそのまま朝まで湖を眺めていることになるのだった。


***


「どうした、ひどい隈ができてるぞ」

「ひっ」

 次の日の朝一番に、よりによって、いま一番顔を合わせたくない人に声を掛けられてしまった。びっくりしてヘンな声が出てしまう。

「う、あ」

「うあ?」

「な、なんでもない! 委員長にはぜんっぜん関係ないんだからー!」

 これ以上見つめられると昨日の夢を思い出してしまいそうで、僕はとっさに教室から逃げ出した。これからどういう顔して付き合っていけばいいんだよーっ!!


「な、何だ……私が何をしたというんだ?」

「ドンマーイ委員長! 明日があるさっ」

「本当に心辺りないわけ~?」



 委員長には悪かったけど、僕はその日あからさま過ぎるほどに彼を避けて授業を受け続けた。

 席は視界に入らないように一番前に陣取ったし、それでも後ろに座った彼の顔を見ないため、プリントをまわす時は腕だけにしたり、実習でペアを作るときは真っ先につづりちゃんと組んだり……うぅぅ、こんな事してたら嫌われちゃうよ。

(夢は深層心理を表すって言うけど、やっぱりそういう事なのかなぁ……)

 午後に入り、属性についての授業中、僕はぼんやりそんな考えに行き着いた。

 確かに委員長はカッコいいし、口が悪いように思えるけど本当は親切だから好きだ。でもその好きっていうのは、つづりちゃんとかに感じている好きと同じで、つまり友達としての好きなんだ。

 けれども、あの夢の中の僕は、確かに委員長のことを『愛して』いた。友達とも家族とも違う、恋人としての好き。

淫魔インキュバスでも居たのかなぁ、うーん、でも、いややっぱり)


 ――スコーンッ


「あうっ!」

 おでこに衝撃が走って意識を戻す。そこにはヒノエ先生のこわーい顔があった。

「一番前でボケーッとするなんて、良い度胸ねぇ~つむぎぃ?」

「あ、あはは」

 僕の額にぶつかって跳ねとんだチョークをパシッとキャッチして、先生はニッコリと笑う。あ、ダメだ逆らっちゃいけない。素直に謝ろう。

「……すみませんでした」

「やれやれ、めずらしいわね。あなたが上の空だなんて。そっちならわかるけ、どっ!」

「ぎゃばん!」

 見事な豪速で飛ばされたチョークが、二つ離れた位置で居眠りをしていたかなでの後頭部に突き刺さった。おお、白いチョークが見る間に赤く染まっていく……。

「せんせーヒドイ。これ以上バカになったらどーしてくれんのー」

「安心なさい。それ以上バカになれないほど底辺よ。アナタ」

 先生は小テストをぴらっと見せた。かなでのその点数は――えぇと、その、正解じゃないおっきなマルが一つとだけ言っておこうかな。

「いいこと! 半月後には初めての中間試験があるのよ!」

 バシッと机に手をつきながらの宣言に、クラスの大半からブーイングがあがる。

「試験は筆記と実技。基礎的な問題だから普段からまじめに授業を受けていれば決して難しくはないはずよ。普段からまじめに受けていれば! もしもウチのクラスの平均点が、となりのエクス組に負けるような事があったら承知しないわよ……」

 握り締めたこぶしをプルプルと震わせながら語る先生は、なにやら鬼気せまるものがあった。こ、怖い……

(ねぇ、つむぎ。ヒノエ先生って、何かとエクス先生に張り合ってると思わない?)

(ライバル視してるのかなぁ、年も実力も同じくらいだって聞いたことがあるよ)

「そこっ! おしゃべりしない!!」

「「ひっ……」」

 ヘンなスイッチが入ってしまったらしい先生は、立ち上がると熱血的にこう言い出した。

「さぁ講堂に行って実技の特訓をするわよ! アイツにだけは負けられないわーっ!! ホホホホホ!!」

 背後で誰かが火魔法でも使ってるんじゃないかってくらいに燃え上がる先生に、クラスのみんなは若干引いたように後ずさりしたのだった。


***


 講堂に赴いた僕たち三組はそこで今一番遭ってはいけない人たちを見ることになってしまった。

「おや、そちらも実技実習ですか? 妙ですね、この時間三組は教室で座学のはずでは?」

 ニッコリと笑うのは、エクス先生その人だった。その後ろでは彼の担当である二組のクラスが吸引玉相手に特訓を重ねている。

「ええ、急遽特訓を行うことにしましたの。二組はさぞかし優秀な生徒がお集まりでしょうから、少しぐらい場所を譲って下さいませんこと?」

「いえいえ、ウチのクラスは確かに粒ぞろいですが、まだまだ経験不足です。お引取り願えませんか」

「うふふふふ」

「ははははは」

 ヒノエ先生とエクス先生の背後に、なんというか……ドス黒いオーラが増していく。

 異常に気が付いた二組と、最初から遠巻きに事態を見守っている三組。とてもじゃないけど口を出すことなんて出来なかった。

「だーかーらっ、ちょっとくらい譲りなさいって言ってるのよ! このうすらメガネ!」

「こちらに何の利益もない交渉に応じるわけがないでしょう……万年色ボケ女が」

「ちょっと今なんて言ったのよ! いつまでもネチネチネチネチ根に持ってるんじゃないわよ、この腹黒男!」

「チッ、なんだってコイツが同じ教師枠なんだか」

「本性出したわねっ。みんなっ、この人はね―― あ」

「……おっと」

 ここで生徒の呆れたような視線に気が付いたらしい二人は、一瞬固まった後コホンと咳払いをした。先にいつもの穏やかな表情に戻ったエクス先生が、気を取り直すようにこう提案する。

「良いでしょう、三組のために場所を空けて差し上げましょう。ですが一つ条件があります」

「……なによ」

 警戒するように身構えるヒノエ先生に対し、彼はこんなことを言い出した。

「貴方と私で勝負をし、負けた方がこの場を引くと言うのはどうですか?」

「乗ったわ」

 挑戦的にニヤリと笑った二人に、講堂の中が一気に盛り上がる。

「わくわくするねっ、先生たちはどんな魔法を使うんだろう!」

「思わぬ収穫ねー」

「貴重な観戦だ。一級の魔導師のバトルはそうそう見れたものではないからな」

 あれ、かなでどこ行っちゃったんだろう? あたりを見回した僕は、少し離れたところで何やらチケットを振りかざす姿を発見した。

「さァ張った張った。ヒノエ先生、エクス先生どっちに賭けるかねー?」

「バクチにするな――っ!!」


***


 僕たちは中央で対峙する二人の先生を固唾をのんで見守った。

「いつかアンタとは決着をつけなきゃと思ってたのよねぇ」

「情けない姿を生徒の前でさらす前に降参した方がよろしいのでは?」

 エクス先生は小ぶりの羽根ペンを取り出した。そしてヒノエ先生が取り出したのは――糸?

「糸なんかどうやって使うのかしら」

 同じ疑問を持ったらしいつづりちゃんが隣で呟く。ながーい糸の先端にはオモリのようなものが付いてるみたいだけど……。

「行くわよ!」

 そう叫んだヒノエ先生が、糸を一直線に放つ。その軌跡上に水色に光る魔力の帯がサーっと引かれていく。もしかしてあれは

「色式ですねぇ~」

「いろはちゃん」

 ひょいと後ろから出てきた色式使いの彼女が、「んんん~」っと呟く。

「先端のオモリから魔力塗料を発していますぅ。めずらしいタイプの使い方ですねぇ、あれなら遠距離でも攻撃できると。ふむふむ。参考になります~」

 糸を自在に操り、遠い距離にいる相手の頭上にどんどん魔法陣が描かれていく。しかしそれを黙って見ている相手ではなかったようだ。

 エクス先生はサラサラと空中に呪文を書き出していき、ヒノエ先生の魔法陣が完成すると共に同時に発動させた。

「くらいなさいっ、アイスエッジ!」

「――強固な天蓋が覆う。ガイアシールドッ!」

 広い範囲で氷の槍が降り注ぎ、講堂の床にあたっては砕けていく。

 ところが槍が止んだところに立っていたエクス先生は、何事も無かったように防御魔法を解除した。そのまま相手に肉迫し、ペンを振りかざす。

「勝負あったな」

「そうかしら?」

 ニッと笑ったヒノエ先生は、後ろの左手で密かに展開させていた魔法陣を、飛び込んできた相手にカウンターを食らわせるように発動させた。

「アクアスライ!」

 高速でくりだされる水の刃が、エクス先生の白い髪を少しずつ切り裂いていく。このままだと負けると判断したのか、エクス先生は一瞬ためらった後、意を決したかのように魔具を押し出した。

「っ……エクスプロージョン!」

「んなっ――」

 驚いたのはヒノエ先生だけでなく、周りで見ていた僕たちもだった。至近距離で水と火という反属性魔法を発動させたことにより、すさまじい爆発が起こったのだ。

「先生!」

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