第12話
「ブラスト!」
「きゃっ」
とっさに放ったかなでの魔法が、空中爆発を起こしメイスの軌道をずらす。その反動で部屋の隅に吹っ飛んだつづりちゃんがグググと体を起こした。
「なんだってこんなバケモノがここに居るのよ……!」
「ミノタウロス!」
臨戦態勢をとる委員長が、信じられないと言った声でマモノの名を呼ぶ。
茶色い大きな体と二本の角、体の上半分は牛そのものでありながら下半身はニンゲンと言うこの奇妙な生き物は、魔獣ミノタウロスと言って本来ならば遭遇することも滅多にないマモノだ。
その性格は非常に残忍で、大柄な体躯に似合わずスピードも早く、熟練者でも手こずる相手だ――と、授業では習ったのだけど、もちろん遭遇するのはみんな初めてで、繰り出される攻撃を必死に回避することしかできない。
「あばばばばっ」
かなでがメイスにぺちゃんこにされそうになり慌てて回避する。ミノタウロスはそのままなぎ払うように振る。鉄の塊が委員長の鼻先をかすめた。その後ろから飛び出した僕は、タクトを振って叫んだ。
「ファイヤー!」
距離をとって展開を終えていた火の玉が、一直線にマモノへと飛んでいくのだけど――
パァンッ!
「うそぉ……」
なんと腕の一払いでかき消されてしまった。げげげ! しかも今のでこっちに向かって来ている!
「わぁっ」
大振りの攻撃を何とかよけ、相手の足元をくぐってガレキの裏のみんなの元へと飛び込む。こんなマモノ、僕たちには早すぎるよぉ~っ
「……?」
ところが攻撃がこないことをふしぎに思ってちょっとだけ覗くと、ミノタウロスは急に消えた僕たちを探して辺りをウロウロし始めた。視界に入った者しか攻撃してこないんだ……
「スピードもパワーも半端なく強いが、頭の方は宜しくないようだな」
荒い息を整えながらも委員長も言う。でもいくら攻撃パターンが単調とは言え、その分を差し引いても僕達には到底かなわないような相手だ。一体どうしたら――
その時、シュテルンさんを守っていたつづりちゃんが片手をあげて言った。
「アタシに一つ、作戦があるんだけど」
「なんだ?」
水平まで降ろされた彼女の指は、ぴたりと正面に居た男を指して止まった。
「オレ?」
自分に向けられた指を見つめていたかなでは、戸惑ったように首を傾ける。ところがつづりちゃんはアッサリとその言葉を否定した。
「ちがうわ、アタシが使いたいのはアンタの腰にあるその人形」
って、おみやげ屋さんで買った、あの目の光る気味の悪い人形?
横に居た委員長が、パッと人形を取るとつづりちゃんに放り投げた。彼女はそれを受け取ると事も無げに力を込めて引きちぎった。
ブチィッ!
「ぎゃああ! オレのスーパードドリゲス一号! せっかく談話室に置いて驚かせようと思ってたのにー!!」
(良かった、ここで使うことになって本当に良かった……)
「町でも言った通りこの中には小さな魔力電池が内蔵されているわ。これを使うの」
そう言って中の綿をさぐると、親指の爪ほどの六角形の水晶体が現われた。彼女はそれを僕たちの真ん中に置く。
「さぁみんな、ここにありったけの魔力をそそいで。爆発するギリギリまで入れちゃっていいわ」
「つづり、まさか貴様――」
何をするか分かったのか、委員長があっけに取られたような感心したような顔で彼女を見つめる。ニヤリと笑ったつづりちゃんはさらっと髪をかき上げた。
「そうよ、即席爆弾を作るの」
***
お互いに顔を見てうなずいた後、僕とかなでは一気にガレキの裏から飛び出しミノタウロスにかかっていった。
「たあああ!!」
「っりゃぁぁ!」
ゴッ
僕が頭、かなでが腹にそれぞれ蹴りを入れると、ミノタウロスはさすがにバランスを崩して後ろにひっくりかえる。重たい音が止まない内に今度は委員長とつづりちゃんが飛び出した。カンッと固い音をたてて投げ出された魔力電池を確認したあと、委員長がすばやく指を鳴らす。
「シールド!」
すると倒れたミノタウロスを覆うように、半円状のドームが出現する。
「ブコツな牛は寝てなさい!」
最後につづりちゃんが『スマホ』をピッと押すと、ドームの中で小さな爆発が起こった。そしてその衝撃は魔力電池を刺激し――
バボンッ
強烈な連鎖爆発が次々と引き起こされ、ドームの中はすぐにケムリで充満して見えなくなってしまった。
しばらくして委員長がシールドを解除すると、そこにはほんのちょっぴり美味しそうな匂いを出すミノタウロスが倒れていた。白目をむいてぴくぴくと時おりケイレンをおこすその様は、なんとも言えないものだった。
「やれやれ、何とかなったわね」
ヘタッと座り込んだつづりちゃんを始めとして、みんなその場に腰を落として作戦の成功を実感する。なんとか、なったんだね……。
「それにしてもいつ爆発するかとヒヤヒヤしたぞ」
「あんな小さな電池でも意外と貯めこめるのね、こっちの魔力が先に尽きるかと思ったわよ」
つづりちゃんの作戦である、魔力電池にギリギリまで魔力を貯めて爆発させると言った手段は、かろうじて成功と言った感じだ。と、言うのも小さな電池はなかなか限界まで貯まらなかったので、僕たちの魔力はすっからかんに近かったのだ。
特に元々魔力がそんなに多いほうじゃない僕なんかはグッタリという感じで精神を休めていた。魔導師が完全に魔力を無くすと虚脱状態になってしまうのだけど、今回は幸いにもそんな事態にはならなかったみたいだ。
「眠い……」
ぼそりと呟きながら立ち上がる。みんなは伸びているミノタウロスの前にたって話しているみたい。
「チリ化しないと言うことは、完全には倒せなかったか……」
「トドメを刺したいところだけど、もうそんな魔力もないわね」
「ほっといてもいいんじゃね~、半日は寝てるデショ」
なんだかみんなの声が遠く聞こえる。やっぱり、まりょくを、そそぎすぎたのかな
――ちょ、ちょっとつむぎ!?
フェードアウトしていくつづりちゃんの声を聞きながら、僕の意識はカクンと落ちたのだった。
***
引いては寄せる波の音。僕の心の奥底にある原始的な部分を刺激するかのようなそんなやさしい音が聞こえる。
――ザザア、ザザ……
耳に心地よい調べは、音魔導師でも作り出せない自然が奏でる最高の音楽だ。
「あれ……?」
うっすらと目を開けると、そこは岩肌がゴツゴツとしたほら穴だった。左側の茶色い壁とは反対に、大きく開けた右手側にはとびきりの青い海が広がっている。ここは?
「気が付いた?」
後ろから声をかけられ振り返ると、ホッとした顔のつづりちゃんが近寄ってくるところだった。手を借りて起き上がり、まだボーっとしている頭を二、三度軽く振る。
「驚いたわよ、突然寝ちゃうんだから。そんなになるまで魔力を注入しなくても良かったのに」
「まったくだな、己の限界を越えてまでやるなど、愚か者のすることだ、これだから貴様は……」
寄ってきた委員長も、口ではそんなことを言いながらも心配そうに覗き込んでくる。僕は素直に謝ることにして何があったのか聞くことにした。
「ごめん、迷惑かけちゃったね。それよりここは――」
そこまで言いかけて僕はハッと口をつぐんだ。青色のキャンバスを前に座り込んでいたシュテルンさんが、海を一心に見つめながらハラハラと涙をこぼしていたのだ。
「そうか、これがお前の届けたかった最後の贈り物、最後の音楽なのか……リザ」
今はそっとしておいてあげましょ、と視線だけで言われて、僕たちは静かに壁の方に移動する。
「ここはさっきのミノタウロスが居た次の部屋なの。つまり日記にあった『秘密の部屋の奥の奥』ね。扉を開けたら海が見えたからビックリしたわ」
「どうやら遺跡はイゴールの町の地下を通り、この海の洞窟まで通じていたようだな」
ずいぶんと長いとは思ったけど、町の下を通って海まで出てたのか。いったいダレがどのようにして作ったんだろう。まぁそれが分からないのが遺跡なんだけど。
「……みんな、本当にありがとう。これでふんぎりがついたよ」
「シュテルンさん。ふんぎりって?」
まだ少し赤い目元のシュテルンさんは、穏やかに微笑むと話し出した。
「この町を離れ、息子夫婦の世話になることさ。今まではリザの残した痕跡だけにすがって生きてきたがそんなものはもう必要ない」
胸にしわくちゃの手を当てて愛おしそうになでるその姿は、とても満ち足りているようだった。
「彼女の残した音楽はこの中に刻まれた。どこに行ったとしてもこの潮騒の調べを思い出せば彼女は傍に来てくれるのだから」
「…………」
遠い遠い音楽は、僕の中にもある。お父さんとお母さんが、僕だけのために作ってくれた優しい音楽が。
気が付けば僕の口からは、言葉があふれ出していた。
「忘れないでいてください。音の魔法は、きっとずっと解けないから」
解けない魔法はあるんだ。だからきっと、シュテルンさんも大丈夫。
そんな想いをこめて言うと、心からの感謝がそこにはあった。
「……ありがとう」
***
その日の帰り道、僕たちは何となくボケーッとしながら列車に揺られていた。
ピンク色に染まり始めた海を見つめながら遠ざかっていくイゴールの遺跡を思う。
誰かが間違って入り込んだりしないように、もう一度しっかりカギを閉めなおしたからあの中に誰かが入り込むことは無いだろう。
誰も居ない洞窟で永遠に響き続ける海の音。一組の夫婦が確かにそこにあった証は、百年後も二百年後もずっと変わらぬ音楽――
「あああああああああ!!」
「うわっ」
「何だいきなり!」
ちょっぴりセンチメンタルな気分に浸っていた僕たちは、突然のかなでの叫び声によってムリヤリ引き戻された。
「もう一回おみやげ屋に寄るの忘れた、スーパードドリゲス二号買おうと思ってたのに……」
「……」
「……」
「お望みならこっから突き落としてあげるから、走ってイゴールまで戻ったらどうかしら?」
嘆き続けるアホを前にして、僕たちは盛大なため息をついたのだった。
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