第11話

 その遺跡と言うのは、確かにとてもこじんまりとしたものだった。大きさで言うと、さっきのシュテルンさんの家と変わらないんじゃないかってくらいの石造りで、パッと見は何かの小屋のようだ。

「こりゃーずいぶんと可愛い遺跡ねぇ」

 同じことを思っていたのか、つづりちゃんが辺りにそびえたつ石柱の一つに寄りかかりながらそんなことを言う。辺りを調べていた委員長が、石をひとつひっくり返してそれに答えた。

「だがしっかりカギが掛けられている、古いが魔力を感じるな」

「そうなのですか? やはり専門の人には分かるものなんですね」

 一般人のシュテルンさんには分からないみたいだったけど、確かにそこには魔力の痕跡が残っていた。問題はどうやって開けるかなんだけど――

「ぐぎぎ~やっぱ力じゃムリぃぃぃ?」

「あのねぇ……」

「ぎゃんっ」

 扉を押し開けようとしてすべって頭をうちつけるかなで。僕はその後ろ姿に呆れたように声をかけた。

「力任せで開くわけないじゃないか、魔法でかけられたんなら魔法でしか開かないのが常識でしょ?」

「そっか、なら爆発させれば――」

「やめー!!」

 スチャッと羽根ペンなんか取り出すアホにとび蹴りをかます。そんなことして思い出の場所を壊しちゃったらどうするんだよ!

「まったくキミときたら、少しは頭を使って考えなよね!」

「頭突きで開けろって?」

「そのすっからかんの頭を打ち付けてやろうかっ!」

 いい加減キレそうだった僕を諭すように、委員長が肩をつついた。

「わかった。ちょっと来い」

「え?」

 その場にドサッとかなでを落とし、導かれるままに入り口の正面に立つ。そこは周りにある五本の石柱のちょうど真ん中で、そこに入った瞬間辺りの音が聞こえなくなった。

「やはりこの遺跡の鍵は音らしいな。定められたメロディをその場で演奏すれば開くようだ」

「定められた?」

 そういったって、どんな曲を演奏すれば?

「つむぎ、お前がやるんだ。リザさんの想いを読みとり、彼女がここで何を想い、何を考えていたか…」

「そっ、そんなのムリだよ!僕ができるわけない!」

 悲鳴をあげると、委員長はまっすぐに僕を見ていた。

「自分を信じろ。人の機微な想いを読み取るのは私よりお前の方が得意なはずだ」

「……」

 あまりにも真剣に言われるものだから、僕はそれ以上反論できなくなってしまう。ふぅっと一息ついて魔具を呼び出した。

「失敗しても笑わないでね」

 集中するために目を閉じる。


 彼女は何を考えて逝ったんだろう?

 残して行く者への不安、今まで自分が居た世界


 朝おきて広がる草原、頬をなでる風、かすかな潮の匂い

 暮れなずむ夕暮れ、扉を開けて帰ってきた大切な人、降り注ぐ星空……


「――」


 そっとタクトを振ると、静かな曲が流れ出す。


 寂しいけど、全てのものに感謝を。

 いままで私という人物を構成してきた全てに感謝を。

 あぁ、この想いはどこに行くのだろう、どこに流れていくのだろう

 願わくば……


「お、おお……」

「寂しい、だけど美しい曲ね……」


 ――流れる風に想いを乗せて、いつか届けばいい


 最後の一小節を静かに締める。

 すると、ゆっくりと振動しながら遺跡の扉は開かれた。


 見守っていたシュテルンさんは、感動したように手を震わせてこちらの手を取った。

「あ、ありがとう。ありがとう。どんなにやっても開かなかったあの扉が……」

「えへへ、いやいや」

 思った以上に上手くいったことに照れていると、事の成り行きを見ていたかなでが近寄ってきてシュテルンさんの肩をバンバンと叩きだす。

「おっさん良かったなー、これで贈り物が手に入るぜ」

「そうだな。これでやっと……」

 そう言って彼が遺跡の入り口に近寄った時だった。ふいにその暗がりの中から、突然黒い何かが飛び出してきた。

「シュテルンさん!」

「チィッ」

 ザッと構えた委員長が、手をまっすぐに伸ばし狙いをつけるように指を鳴らす。

「サンダーアロー!」

 その指先から矢のように放たれた稲妻は、呆然と立ち尽くすシュテルンさんの耳元ギリギリを通過し、襲い掛かってきたマモノを射抜いた。

 犬のようなマモノ『ウォルフ』は、空中に縫いとめられたように一瞬とまり、細かい霧となって霧散してゆく。

「なーいす委員長っ」

「大丈夫ですかっ」

「あ、あぁ……しかしこれは」

 かけよった僕とつづりちゃんの助けを借りて老人は立ち上がる。ケガはしてないようだったけど、ショックを隠しきれないように目を見開いた。

 その見つめる先に居たのは、階段の下に待ち構える大量のマモノだ。外の光を恐れているのか、最初の一匹以外はこちらへはこないようだったけど、その威圧感はものすごく思わずしり込みしてしまいそうな迫力があった。

「マモノの巣窟になっていたか」

「うげげ、すっげぇ瘴気」

 階段を伝い上ってきた白い霧は瘴気と呼ばれるもので、これが大量にたまるとマモノが大量発生すると言われている。長い間放置されていたこの遺跡は、マモノたちにとっては絶好の住処になっていたようだ。

「そんな、ここまで来て……」

 がっくりと崩れ落ちるシュテルンさんだったけど、僕たちは顔を見合わせ力強くうなずいた。

「シュテルンさん、依頼の内容変更をお願いします」

「そーそー、ちょいと変えてくれれば良いのさ。『一番奥まで護衛してくれ』ってね。お値段据え置きそのままで! なんでもやりますたんぽぽ組~」

 信じられないようにこちらを見つめていたのだけど、その口からぽつりと言葉がこぼれおちた。

「本当に、良いのかい?」

「任せてよ!」



 羽根ペンを構えたかなでが、空中にサラサラと文面を書き出していく。

「ライティング!」

 書き上げた文章を読み上げると同時に、まぶしい光球が出現する。それをむんずっと掴んだかなでは、こともなげに遺跡の中へとそれを放り込んだ。

「ほーれ、ポーイ」


 ――キャインキャインッ


 とたんに逃げ出していく無数のマモノたち。小型の太陽を放り込まれたかのような明るさに、光がニガテな彼らは耐えられなかったらしい。

「エグい事するわねぇ……下手すりゃ目がつぶれるわよ、あれ」

「いやぁ、お恥ずかしい」

 とにかく、下で待ち構えていた一団を追っ払うことには成功したので、僕たちは慎重に遺跡の中へと降りていく。

 先頭が明かりを掲げたかなで、真ん中がシュテルンさんを守るように僕とつづりちゃん、そしてしんがりは委員長だ。

 遺跡の中は一本道のようで、暗く長い道が下の方へ向かって永遠と続いているように見えた。

「アタシ地上に出ているところだけが遺跡かと思ってたわ」

「僕も。こんなに広かったんだね」

 中は静かなもので、僕たちが交わす会話が反響しては吸い込まれるように暗闇に消えていく。明かりがあるから怖くはないけれど、こんなところに奥さんは何を隠したんだろう?

「扉だ」

 先頭を歩いていたかなでがそう言って歩みを止める。後ろから体をずらして覗き込むと確かにそこには扉があった。入り口と同じように頑丈そうな石造りで出来ていて、その両脇を固めるガーゴイルの置物が、入る者を選ぶかのように目を光らせている。これは生きていないガードマンで、彼らが見つめているなか入ろうとすると、たちまち目から熱線を発して招かれざる侵入者を焼き殺してしまうという恐ろしい仕掛けだ。

「シュテルンさん、奥さんは一体こんなところで何を――」

「わ、私にもサッパリ……」

 あせったようにそう言う彼と一緒に僕たちも頭をひねる。こんなに頑丈な警備を施すだなんて、奥さんはどれだけ慎重な人だったんだろうか。

「とにかく入りましょうよ」

 そう言ってつづりちゃんがガーゴイル像をずらして見つめられないようにし扉を押し開ける。ここは入り口と違ってカギが掛けられていないのか、あっさりと開いた。暗くてホコリっぽい臭いと共に、ひんやりとした大量の瘴気が流れ出る。

「暗いわね」

「気をつけてね」

「わかってる」

 彼女は自分の明かりを掲げながら慎重に中へと足を踏み入れる。数歩行ったところで、息をのむような悲鳴が聞こえてきた。

「つづりちゃん!」

 僕たちは一斉に中へと突入し、そこにあった光景に唖然とした。

 天井まで届かんばかりの大きなマモノが、鉄のメイスを今まさにふり降ろそうというところだったのだ。

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