第10話
「それにしても唐突ね、そんなに急ぎの依頼だったのかしら?」
「いや、学校側の信用問題だろう。約束の日に行かなければ学校全体のイメージダウンにも繋がりかねんからな」
「な~るほど、それでオレたちに白羽の矢が立ったってワケ」
慌しい出発から一時間後、僕らは中部列車の九時十五分発オピーニア行きに乗っていた。コンパートメントの一室に入った後、委員長が先生から受け取った羊皮紙を広げる。
「行き先はレークサイドから二つ目の駅、イゴール。依頼主はシュテルン氏。依頼内容は『カギを開けてほしい』との事だ。ランクはD。特筆:音魔導師を希望」
「カギを開けてほしい?」
なんだかずいぶん曖昧な依頼だなと思って聞き返す。
「ただのカギではないな。どうも魔力が絡んでいるようで物理的な力では開かないのだそうだ。しかしなぜ音魔導師が必要なのか書かれていないな」
「行ってみたら分かるわよ」
「なぁ、それよりランクって何? どういう風に区分けされてんの?」
窓の外に顔を出して(絶対真似しちゃダメだよ!)風を受けていたかなでがボサボサ頭のまま振り向いた。つづりちゃんはスラリと長い足を組むと説明し出す。
「ランクはアタシたちが受ける依頼の難易度によってつけられているのよ。上からABCDE。まぁウワサじゃAの上にSランクがあるって話だけど、アタシたちには当分関係ないわね。どういう風に区分けされているかって言うと、その依頼の内容や学校からの距離、かかる日数などを見て学校側がランク付けをするの。Eはこの前やったような雑用、魔法を使わなくてもなんとかできるような仕事よ」
「じゃー今回のDは?」
「レベル的にはEと変わらないけど、距離とわざわざ音魔導師を指定してきたところを考慮してDにしたんじゃないかしら。そんなに難しい依頼じゃないはずだから安心だわ」
「へぇ~、そうなんだー。つづっちゃんよく知ってるねぇー、そんけー」
「……って言う授業を、つい先週やったはずなんだけど?」
僕はそう付け足して白い目で見やる。寝てたな、コイツ。
「でへへー、聞いたような~聞かないような~」
その時、うっそうとした森ばかりだった窓の景色が一気に開け、輝くばかりの広い海が僕たちの目に飛び込んできた。おもわず立ち上がって窓枠に手をかける。
「うわーっ、綺麗だね!」
「ほんと、素敵ねぇ」
開け放たれた窓から吹き込んでくる塩の匂いを含んだ風を存分に楽しんでいると、委員長が荷物を持ち立ち上がった。
「じき目的地だ。降りるぞ」
***
イゴールは大きくえぐられた海岸に隣接する港町。その主な産業は運送業で、僕たちがいる南の大陸のあちこちから運ばれてきた木材や資源などを各地に運ぶことで町は潤っている。
けれども近年新たに観光事業を立ち上げようと町の人たちはがんばっているらしい――と、言うのを、どうして僕が知っているかと言うと……
「だからね、ぜひぜひこのお土産を買っていってレークサイドで宣伝してほしいのよ。あなたたち魔導学校の生徒さんでしょ? 街の花形である魔導師さん達に宣伝してもらったら一気に流行ると思うわー!」
お土産屋さんのおばさんが、ひっきりなしに語ってくれたからなのだ。おかげで僕たちはイゴールについての知識を(いささか不必要なことまで)存分に知ることとなったのだけど
「あのっ、僕たちシュテルンさんっていう人を探しているんですけど、どこに居るか知りませんか?」
おばさんが一息ついた瞬間を狙ってそうたずねると、彼女は一瞬びっくりしたような顔をしてようやくしゃべるのを止めてくれた。よかった、このままずっと喋り続けられるかと思ったよ。
「シュテルンさん? それならこの街を出て少し歩いたところにある青い屋根の家のご主人よ。ちょっと待ってて、地図かいてあげる」
そう言って彼女がペンと紙を取りに行った後、驚くべきことが起こった。
「うわっ!」
「な、なんだ!」
店先に並べられていたお土産の人形たちの目が一斉に光りだしたんだ! びっくりして腰を抜かしそうになった僕と委員長とは別に、つづりちゃんは冷静に人形を調べ始める。
「簡単な明かり魔法ね、中に小さな魔力電池が入ってるみたい」
「うわー、かわいいな!」
「ぶきみだよっ!」
「の、呪いの人形の類ではないのか、これは……」
それぞれが感想を言っていると、奥から戻ってきたおばさんがニッコリと笑う。
「気に入ったのなら、お一つどう? 値引いてあげる」
「買った!」
(えええ!)
ぶきみな人形を手にしてゴキゲンなかなでは放っておいて、僕たちは地図を受け取る。
「それにしてもシュテルンさんがねぇ、あれ以来、魔とつくものは極力避けてきたのに、いったいどういう風の吹き回しかしら」
「え?」
そこまで言ったおばさんは「しまった」と言う顔をしてそそくさと奥に引っ込んでしまう。
「どういうことだろ?」
***
イゴールからいったん出た僕たちは、駅の線路をまたいで目的の家へと向かう。どうやら目指す場所は草原の中にあるようで、緑の海原の中にぽつんと光る青い屋根が特徴的だった。
「あれみたいね」
海風になびく髪をかきあげたつづりちゃんが、そういって地図を確かめる。時間は十時、五分前。ちょうどいい感じだ。
家の周りにはこぢんまりとした畑があり、その中でクワを振り上げる一人の老人がいた。
「あの、こんにちは!」
そう呼びかけると、おじいさんはかぶっていた麦藁帽子をクイッとあげ、ふしぎそうに僕たちを一人ずつ順番に眺める。そして校章のキーアークを見て小さく笑った。
「おぉ、学校の生徒さんか。よくこんなとこまで来てくださった」
「初めまして、ニキ魔導学校より派遣されて参りました。今回依頼を担当させて頂くたんぽぽ組です」
さすがのリーダー委員長は、キリッした態度と敬語でそう挨拶をする。ところがシュテルンさんは顔の前で手をひらひらと振るとこう言ったのだった。
「そんなにかしこまらなくて良いですよ。今回の件はちょっとした年寄りの酔狂なのですから」
「すい、きょう?」
首にかけていたタオルで汗をグイとぬぐった彼は、クワを肩にかつぐと家へと向かって歩き出した。
「こんなところで話もなんですから、中へどうぞ」
***
家の中へと案内された僕たちは、出されたお茶を飲みながら話を聞くことになった。フレーバーティーなのか、呑みこんだ後に花の香りがふんわりと鼻に抜けていく。
「開けて欲しいのは、家の裏手にある遺跡の入り口なのですよ」
「遺跡?」
「えぇ、とても小さなものですが、なんでも中々に歴史のある建造物だとか。私は入ったことが無いのですけどね」
シュテルンさんは立ち上がり、暖炉の上に立てかけてあった一枚の写真を取り上げ、ホコリをぬぐう。その中には今よりちょっぴり若い彼と、その隣によりそう一人の女性の姿があった。
「半年前に亡くなった私の妻リザは、魔導学校の卒業生で音魔導師でした。ですから貴方たちの先輩に当たりますね。とは言え、もう何十年も前の話になりますか……」
遠い眼差しで語るその様子は、まるでその時の幻を見ているかのようで、何となく僕たちは声を出せずに聞き入っていた。
「リザは魔導師としてはそこまで優れていたわけではありませんでした。私と結婚した後も、ごく簡単な魔法を日常生活で使うばかりだったのです。ですが彼女は時おり自分で作った曲を私にプレゼントしてくれて――あぁ失礼、つまらない話をしてしまいましたな」
「いえ、そんな……」
意識をこちらに戻したシュテルンさんは、懐から一冊のノートを取り出しパラパラとめくる。最後のページまで行くとこちらに手渡してくれた。
「先日ようやく踏ん切りがつき、遺品整理をしていましたらこのような一文が出てきたのです」
ノートを受け取った委員長の周りを取り囲むように、みんなが覗き込む。そこには綺麗な字でこんなことが書かれていた――
わたしの最後の贈り物。
あなたに送る贈り物。
ひみつの部屋の奥の奥。
思い出用意し待っています。
「ひみつの部屋と言うのが、つまり裏の遺跡のことでして、入り口には音魔導師しか開けられないようなカギが掛けてあるのですよ」
「なるほど。ですから今回依頼してくださったのですね」
少しだけ困ったように笑う彼は、照れたように頬をかいた。
「妻は少々イタズラ好きというか、ユーモアにあふれた人物でして、いつも私を驚かせようと画策しているような人物でした。あれが人生の最後に残した私への贈り物というのがどうしても気になってしまったのです」
しんみりとした空気を打ち破るかのように、お茶を置いたかなでが立ち上がる。
「良いね~、オレそういうはなし好き。隠された贈り物ってのも気になるし、早くいこーぜ!」
そのまま外へと飛び出していってしまう姿を見送って、シュテルンさんは笑う。
「魔導師っていうのはお堅いイメージがあったけど、あんなに元気な子も居るんですね」
「す、すみませんアイツ礼儀のレの字も知らないようなヤツでして……」
慌てて頭を下げるのだけど、彼は笑い続けたままこんなことを言ってくれる。
「にぎやかで嬉しいよ。妻が死んでからこの家は静まり返っていたから」
そう言って出て行くシュテルンさんのことを思って、ちょっぴり鼻の奥がツンとする。大切な人を亡くして、ずっとこの家で一人ぼっちだったおじいさん。
置いていかれた悲しみは、僕もよく知っている。だから
「つむぎ?」
「どうした、行くぞ」
声を掛けてくれた二人の顔をしっかり見て、僕は決意するように言った。
「委員長、つづりちゃん。絶対この依頼成功させようね!」
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