遺跡調査~潮騒の調べ~
第9話
その日は特に宿題もなくて、就寝までの時間僕たちたんぽぽ組のメンバーは談話室でまったりしていた。暖炉の中に陣取ったチロの、ゆらゆらと揺らめく炎を見つめながら委員長が煎れてくれた紅茶をすする。
「わぁ、おいしいねぇ~」
「実家から送ってきたものだがな、私一人で飲むのは味気ない気がしたのだ」
「クッキーは!? ケーキは!?」
「自分で用意しろっ」
スコーン! と、チョップをかまされるかなでを横目で見て、つづりちゃんがとろんとした目つきで言う。
「食堂にでも行ったら何かあるんじゃない? よろしくね~」
「えええオレが行くの? こんな夜中に誰かに襲われたらどうするの? 怖くていけなぁ~い」
シナをつくり、体をくねらせる気持ち悪い男を僕たちはスルーする。もう一月半も経てばみんなも慣れてくると言うものだ。
反応がないことに気づいたのか、かなではボリボリと頭を掻くと今度はごく普通の調子で言った。
「それでは行ってきます。チロ、おいで」
*episode.3
『遺跡調査~潮騒の調べ~』
呼ばれた火トカゲが、のそのそと暖炉から這い出てくる。例のノザさんとこでの事件から一週間たち、だいぶ小さくなったとは言えまだまだトカゲとしては大きい。そのチロを定位置の頭の上に乗せ、かなでは鼻歌なんか歌いながら下への階段へ消えていった。
姿が見えなくなったことを確認してから、委員長が僕にこんなことを聞いてくる。
「以前から思っていたのだが、ヤツの一家はみんな『あぁ』なのか? だとしたらものすごい一家だろうな」
「あ、それはアタシも気になってたわ。アイツおしゃべりなクセに意外と自分のことは語らないのよねぇ」
「ん?」
カチャリとカップをソーサーにもどした僕は、小さく首を傾げて否定する。
「かなでの家は三人家族だけど、お父さんもお母さんもすごく静かな人たちだよ。言っちゃ悪いけど影が薄いっていうか、印象に残らないご両親だったような気がする」
気がするっていうのは、そもそも家にお邪魔すること自体が無かったのだ。いつも遊ぶ場所は街中だったし、ご両親はあんまり社交的とは言えず近所との付き合いも無かったみたい。
遠い昔に一度だけ見た記憶があるのだけど、顔に霧がかかっているように思い出せない。まぁ小さい頃の記憶だからしょうがないと思うけど。
「意外ねー、てっきり家族そろってバカ騒ぎしてるのかと思ってたわ」
「遺伝子のイタズラとは奇妙なものだな」
あれ?
もう一度飲もうとティーカップに伸ばしかけた手が止まる。僕はそのまま顎に手をやって考え込んでしまった。それに気づいたつづりちゃんがふしぎそうに問いかけて来る。
「どうしたの? つむぎ」
「いや、何だか前にもこんな話を誰かとしたような気が…」
「デジャヴというヤツか?」
「どこだったかな…」
ふしぎな既視感に首を傾げたその時だった。
――ボンッ
「なに?」
下の方で爆発が起こったかのような音が聞こえ、僕たちは一斉に顔をあげる。そのくぐもった音は断続的に聞こえ、しばらくしてからようやく止んだ。異変を感じたのか、部屋にいた他の子たちも顔を出して何事かと様子を伺う。
そんな中、つづりちゃんがみんな考えていたことを代表して言った。
「ねぇ、今の食堂の方からじゃなかった?」
「方向的にはそうだが……まさか」
「行ってみようよ」
悪い予感がした僕たちは駆け足で一階の食堂へと駆け下りる。大広間へとたどり着くと、扉の前ではすでにたくさんの上級生たちが集まって何事かとざわめいていた。
「通してくださいっ!」
人ごみを押し分け扉を開けた僕たちは、部屋の隅――隣の給仕室へと続く扉の前で呆然と立ち尽くすピンクの頭を見つけた。いや、扉というのはちょっと間違いだ。なぜならそこにあったはずの扉は、跡形も無く吹き飛ばされていたから。
「かなでっ!」
魔具の羽根ペンを手にたたずんでいるかなでに飛びつくと、一瞬ビクッとした後ようやくこちらに焦点を合わせてくる。
「あ……つむぎ」
「何があったの! これキミがやったの!?」
つづりちゃんと委員長、それにヒノエ先生が追いついてきて、辺りの惨状にびっくりする。そんな様子をしばらくボーっと見つめていたかなでは、ぼそりと小さくつぶやいた。
「あー」
「どうしたの!? 誰かに襲われた!?」
「いや……」
何かを言いかけたかなでは、何も言わずに口を結びなおす。ところが急にパッと笑ったかと思うとおどけたように両手を広げて見せた。
「すっげーでかいゴキブリがこっち飛んできてさぁ、わけも分からず魔法乱射しちった」
「はあああ!?」
一斉にあきれるみんなを見回して、かなではテヘッと舌を出して頭をコツンと叩く。
「ごっめーん」
「アホか―――!!」
その場にいた全員のツッコミが(物理的なイミも含め)炸裂したのは言うまでもなかった。
***
結局、先生に大目玉をくらったかなでは、トイレ掃除一週間と言う罰をもらって事を収めることができた。ぐちゃぐちゃになってしまった給仕室の片付けも当然やらされる事になり、たんぽぽ組も連帯責任という形で手伝うことになった。
「…………」
でも僕は、なんでだか妙な違和感を覚えていて、ダラダラとガレキを集める背中をジッと見つめていた。
(やっぱりなんかヘン)
かなでがおかしいのはいつものことだけど、それでも今日は何か違ったんだ。そもそもゴキブリ程度でコイツがあんなに取り乱したりするはずがないし、それに――
「なに?」
「へ? あっ、いや」
視線を感じたのか、突然こちらを向かれて焦ってしまう。なんかいつもと違うから調子狂うよ……
タタタと小走りに近づいた僕は、その頭をグイっと掴んで引き寄せ、聞いてみた。
「ねぇ、なんか悩みごとでもあるの? 相談のるよ。それとも僕にも話せないようなこと?」
「あだだ、抜けるってば、ハゲるってば」
頭をさすっていたかなでは、ふいにニッコリ笑うとこんな事を言った。
「心配してくれるんだー、やーさしいなァ。つむぎは」
「ふざけない!」
とう! と脳天カラタケ割りをお見舞いして、抱きついてこようとするのを阻止する。まったくコイツは……。
呆れて離れようとした時、後ろから小さく声が聞こえたような気がした。
――相談できたら良かったんだけどな。
「……」
その言葉のイミを何となく察して、僕は振り返らずに委員長たちの元へと行った。
僕にも相談できないようなこと、かぁ。そりゃもう子供じゃないんだし、お互いに隠し事が出てきたっておかしくない年齢だけど……でも
何となくモヤモヤする思いを抱えたまま、僕はホウキを無言で動かし続けた。
***
――おまえはなにをした? なにをしている? なにをするつもりだ?
あぁ、これは夢だ。と直感的に悟った。だってそうだろ? 前も後ろも上も下も過去も未来も分からないような真っ暗な空間が、魔導学校の寮部屋のはずがない。
――おまえはなにをした? なにをしている? なにをするつもりだ?
低く響く声は幾重にも反響を繰り返し、オレの頭の中を占領していく。頭が痛い、割れてしまいそうだ
――オオオマエ ナニニニナニ ツモリダ?
「っ――!!」
無理やりまぶたを開け、覚醒することに成功する。背中は汗でぐっしょりと濡れ、ぴたりと貼りついたシャツが不快だった。時刻は午前二時。時計の秒針がやけに大きく聞こえ、同室のかなたの深く穏やかな寝息が聞こえていた。
「……あー、くそ」
何度目だよ。と小さく呟き、もう一度枕に頭を投げ出す。
浅い眠りを繰り返しては起きる。すでに五、六回はそうしているだろうか。我ながら神経の細さが嫌になる。
(仕方がない、今すぐにでも消されてもおかしくないのだから)
自分で出した答えに背筋がゾクリとする。駄目だ。早く寝なければ。そうしないといつもの「かなで」になれない。
(オレは後どのくらい存在していられるのだろう、どれだけみんなの側に居られるのだろう、あとどのくらい……)
「―――」
そうしてゆっくりとまた浅い眠りに落ちていく。絶望と苦しみと――ほんの少しの安堵に身を委ねて。
***
次の日、僕たちは教室で授業の開始を待っていた。昨日様子が変だったかなでも、今日はいつも通りにふざけてる。やっぱり気のせいだったのかな……?
「大人しくしてなよ、今日からトイレ掃除の罰でしょ?」
「ちょっと思ったんだけどさー、オレが女子トイレの掃除しても良いのかな~」
「……わかったよ、僕も手伝うから」
結局こういう展開になるのか、とガクリとしていると、慌しく入ってきたヒノエ先生が僕たちの方に向かってくる。どうしたんだろう?
「たんぽぽ組、悪いけどすぐ制服に着替えてきてくれない?」
「どうかしたんですか?」
驚くつづりちゃんとは別に、ピンと来たらしい委員長がこう続けた。
「依頼実習ですか?」
「そうなの。実は派遣する予定だった二年のチームが体調を崩して行けなくなってしまったのよ。代わりにアナタたちに行って貰おうと思って」
「えー、なんでオレたちにー? 他にも上級生が居るんじゃないのー」
そうだよ、いくら病気で行けなくなったとしても、この学校には他にもたくさんのチームがあるんだ。それをなんでわざわざ経験の少ない僕たち一年生に?
ヒノエ先生はそこで僕と委員長を指すとワケを説明してくれる。
「ひびき、それからつむぎ。音魔導師志望よね?」
「え? はい」
「一応はそうですね」
「依頼主からの指名が音魔導師なのよ~、あいにく二、三年の音師は全員出払っていて……おねがい! 簡単なランクDの依頼だから!」
パンッと手を合わせてお願いされてしまっては僕たちには断れない。ひとつうなずいて部屋へと着替えに戻ろうとする。ところが最後まで残っていたかなでは、先生に向かってこんな事を聞いていた。
「せんせいせんせい、その代わり今日のトイレ掃除免除で良い?」
「いいから早くせんかっ!」
「ぐえーっ」
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