第8話

「――と、思ってたのに。なんなのよこの仕事は!」

 つづりちゃんの叫び声が通りにこだまし、辺りにいた人たちが驚いて何人か振り返る。僕はため息をついて溝のドブを掻き出した。

「しょうがないよ。初めてなんだからこんなものだよ。たぶん」

 僕たち『たんぽぽ組』の初めての依頼実習。それは、学校のすぐそばにある『ノザの武器屋』の大掃除だった。ネクタイを頭に巻いて、どぶさらいをしていたかなでが、クワを使って泥を掻き出しながらしゃべりだす。

「オレさー、なんかこう、暴れるマモノ退治とか、ダンジョンにもぐって宝石をとってくるとかそんなだと思ってたんだけどなぁー。うりゃっ」

「どわっ、静かに掃除せんか!」

 跳ね跳んだ泥に顔をしかめた委員長は、ワケ知り顔で説明してくれた。

「なんでも一年生の初実習は、毎年この街の雑用らしいな。日ごろ世話になっている学校なりのお礼で、頂く報酬も気持ち程度なのだと」

 確かに周りを見回せば、どこのお店にも見知った一年生たちが働いている。ボランティアみたいな労働だけど、たまには良いかもね。

 しばらくしてようやく掃除は一段落ついた。店の前はピカピカだ! うーん気持ちがいいね。

「後はゴミを処理するだけね」

「最後ぐらい魔導師らしくいこーぜ」

 めずらしくかなでの意見にみんな賛成だったのか、それぞれの魔具を取り出し構え、一斉に発動させる。

「「「「ファイヤー!」」」」

 四方向から撃たれた火球は、狙いたがわずゴミの山へと命中しメラメラと燃え始めた。見ているだけで気持ちが晴れていきそうなほどによく燃える火を見て、かなでがふところからサラマンダーを取り出し放り込む。

「チロ、ごちそうだぞー」

 火から産まれたチロは、やはり火を食べるらしく燃え盛る炎の中を嬉しそうに飛び回っては自らも火を吹き出していた。

「お、なんだなんだ。ずいぶん景気よくやってんなァ」

 そういって店の中から出てきたのは、このお店の主ノザさんだった。大きな体に茶色い髪とアゴひげを持つ彼は、街の子供からひそかに「クマ」と呼ばれている……事を本人は知らない。

 僕は見上げるような大男である彼の下で、元気よく手をあげ自分の存在を主張した。

「ノザさん、終わったよ」

「おーう、つむぎ。ご苦労さんだったな、他のヤツらもちょいと茶ァでも飲んでけや」

 ガッハッハと豪快に笑う彼につれられて、僕たちは店の中に入る。

 店内は二階建てになっていて、一階が売り場、二階が工房となっている。そして店の裏手には実際に武器を触って試せる練習場がある。と、知っているのは、昔かなでとここに忍び込んでこっぴどく怒られた経験があるからだったりする。

 反省した僕たちはそれからしょっちゅうここに出入りをして、ノザさんに基本的な武器の扱いなんかを教えて貰ってたりしたんだ。

 中を初めてみたつづりちゃんと委員長は、もの珍しそうに辺りの商品を眺め回す。そんな態度にノザさんは嬉しそうにうんうんと頷いた。

「どーだどーだァ、オレ様特製の武器は美しいだろう」

「ほーんと、その外見には似合わないくらい、繊細な武器つくるよなー」

「かなで、テメェ」

「いだだだだ」

 ヘッドロックをかけられ、ぐりぐりされる様子を見ていた二人は軽く笑う。どうやら店の雰囲気が気に入ったようだった。とりわけつづりちゃんは近くにあった槍を手にとってビュッと振ってみせる。その立ち振る舞いはどこか慣れているように軽やかなものだった。

「故郷では見たことない武器ばかりでとても興味深いわ」

「ほう、嬢ちゃんどこから来たんだ?」

「西の砂漠、クローゼです」

 その答えにノザさんはほう、と小さく呟いて目を輝かせる。あ、やばい火がついちゃった……。

「閉ざされた砂漠の民族か。そりゃずいぶんと珍しい形の武器があるんだろうなァ。なぁ、少し詳しく話を聞かせてくれねーか。何、ちょっとばかし形状と使い方を聞くだけだ」

「え、えぇ……良いですけど」

 喜び勇んだ武器マニア、もといノザさんは、小躍りしながら紙とペンを持ってきて聞き取りを始める。あーあ、僕知らないっと。

「いーんちょっ、委員長! 模擬試合しよーぜ。武器なんか使える?」

「それはいいがあれは放っておいていいのか?」

「あぁなったら一時間は離してくれないよ。つづりちゃんには悪いけど待つしかないと思うなぁ」

 幸い一生懸命掃除したおかげで、時間に余裕はあるみたいだし。久しぶりに手合わせしても良いかもね。そう考えながら僕は胸の高さくらいの長剣をタルから引っ張り出す。あったあった、まだ売れてなかったんだ。そこで視線を感じて振り向くと、委員長が怪訝そうな顔つきでこちらを見ていた。

「どうしたの? 委員長」

「……お前がそれを使うのか?」

「そうだよ。僕って体ちっちゃいからさー、このくらいじゃないと相手に届かないんだよね」

「いや私が言いたいのはそういうことでは無くてだな……」

 困惑顔で赤い珠のついた魔導杖をひっぱりだす委員長と、腕の長さくらいのショートソードを持ったかなでを引き連れ、裏の練習場へと出る。

 陽がさんさんと降り注ぐフィールドは、真ん中に白いタイルが敷いてあって試合の場になっている。試し切り用の藁やら丸太をすり抜けて、僕たちはタイルの上にあがった。

「それじゃあ、まずは肩ならしに僕たちでやって良い?」

「構わないが、なぜ貴様ら剣など――」

 フィールドの両端にたってぺこりと頭をさげた僕とかなでは、同時に地面を蹴った。

「いくよ!」

「いっくぜぇー!」


 キィン!


 真正面から振り下ろした僕の長剣を、両手で支えたショートソードで受け止めるかなで。上からの体勢もあり、そのままチカラ押ししようと思ったのだけど、ふいと重心をずらされて横に抜けられる。

「っこの!」

 すり抜けざまにパッとしゃがんで足払いをしようとするのだけど、ひょいと飛び越えられ背後に回られてしまう。肩口を狙って素早く突きが繰り出される。それをなんとかひねって回避した僕は、長剣の重さを遠心力に利用して背後に振り上げた。


 ブンッ


「どっわ!」

 それは惜しくもヤツの前髪を少しだけ切るにとどまり、ピンクの髪が数本空中に舞った。

「きゃー、やめてー、髪は女の命よー!」

「そのうっとおしい前髪を切ってあげるって言うんだから感謝しなよっ」

 切り込んでくるのを受け止めながらそんな会話をする。

 しばらくその状態が続き、このままではラチが開かないと思ったのは向こうも同じだったのか、同時に踏み込んだ僕たちは力の限り相手に向かって飛びかかっていった。

「「っらあああ!!」」

 互いの得物がぶつかり、澄んだ金属音を響かせる。衝撃に耐え切れずに手元から吹き飛んだ二本の剣は、少し離れたところに落下し突き刺さった。

 しばらく荒い息を整えていた僕らは、ふっと気を抜くとドサッとその場に腰を下ろす。

「あー、まァた引き分けかよー」

「ゼロ勝ゼロ敗、八十四引き分け、だね」

「オレ百戦までには、ぜってー決着をつけたい!」

「ハイハイ、頼むから朝駆けの奇襲はそれに含めないでよね」

「善処する」

「改善しろ!」

 そう言いながら立ち上がって制服のホコリを払う。見た目と違って頑丈に作られているのか、あんなに激しい戦闘をしたのにも関わらずキズは一つも付いていなかった。さすが実習用だなぁ。さてと、体もあったまったことだし、次は委員長と――

「あれ? どうしたの?」

 ところが委員長は、フィールドの外で口をポカンをあけたまま放心していた。何度か呼びかけると、ようやくハッと意識を戻してこんな事を言ったのだった。

「貴様ら魔導師を目指しているのでは無かったのか! 何なんだ今の肉弾戦は……冒険者顔負けでは無いか!」

「でへへ~、そんなに褒められると照れるなァ」

「褒めとらんわ!」

「えぇ? そんなことないよ。そりゃ、ちっちゃな頃から遊び半分にやってきたから、少しは型が身についてるかもしれないけど……」

 何よりノザさんはもっとすごいのだ。僕たち二人がかりでかかっても三十秒でノされちゃうから。

「いいんちょもエリートなんだから、地元でこのくらいやってたんじゃねーの?」

「私は魔導師を目指しているのだ! 武器なぞ杖しか扱ったことはないっ。いいか、私は魔導を使わせて貰うからな!」

 そう言いながらフィールドに上がってきた委員長は、杖を水平にぴたりと構え自己強化の魔法をかける。

「レインフォースッ」

 白い光がらせん状に委員長の体を包む。その様子を確認した僕たちは、ニッと笑って吹き飛んでしまった武器の元へと駆け出した。


***


「……ずいぶんとまぁ、派手にやったわね」

「あ、つづりちゃん。終わった?」

 そろそろお日様も傾いて影が伸びてきた頃、店の中から出てきたつづりちゃんは顔を引きつらせながら練習場を見回した。

 なんせタイルはひび割れ、試し切りの丸太はめちゃくちゃ。辺りの地面はえぐれたような跡まで残っている。僕は剣を支えに座り込んでいたのだけど、男子二人は完全に床に伸びていたのだから、その反応も当然だったかもしれない。

「アタシたちは爆発音が聞こえた辺りから気にするのをやめたわ」

「アハハ、最終的に三つ巴戦になっちゃってさー」

 よいしょっと立ち上がって剣の手入れをするためにボロきれを取ってくる。

「なんでか委員長はかなでばっかりに攻撃するし、かなではかなでで僕を盾にしようとするし。結果的には二人が相打ちしたんだけどね」

 刀身に顔が映りこむようになったのを確認した後、うんと一つ頷いてノザさんに渡す。

「練習場こんなにしちゃってゴメンナサイ。休みになったら修理しに来るから……」

「良いさ、どうせ改装しようと思ってたんだ。ちょうどいい」

「そうなの?」

「あぁ、返って手間が省けた」

 ニィッと笑ったノザさんは、そのおっきな手で僕の頭をぼふぼふと撫でる。

「また来いよ。お前さんとかなでが入学してから街は火が消えたみてーに静かなモンだ」

「うんっ、ありがと。ん? 火が消えたみたい……? ――あぁっ!!」

 僕はその時、とんでもない事に気づいて思わず大声を上げてしまう。びっくりしたつづりちゃんが眉を寄せながら聞いてきた。

「ちょっとどうしたのよ」

「火! 消してない!」

「――やばっ」

 掃除の時にゴミを燃やしたっきり、そのまま表に放置しちゃってた!

 慌てて表の通りに駆け出た僕らは、そこでとんでもないものを見ることになった。

「……チロ?」

 通常の何倍もの大きさになった火トカゲが、スウスウと小さな寝息を立てていたのだ。まるで中型犬のようなサラマンダーは、通りかかった子供たちに大人しくなでられていた。のんびり店から出てきたかなでが、頭を掻きながらあっさりと言う。

「あちゃー、火を喰いすぎたかな。火事にならなくて助かったけど」

「これ、戻るわけ?」

 つづりちゃんがチロを抱えると、その柔らかいお腹がぷよぷよとゆれる。よく見ると食べた炎がまだ中で燃えているようだった。

 受け取ったかなでは、その大きなトカゲを頭に乗せるとのほほんと笑う。

「しばらくはダイエットだなぁ、チロ」

 あはは、と和やかな雰囲気で笑っていた僕たちだったけど、ふいに聞こえた学校の鐘の音にビクリと体をこわばらせた。

「おう、もうそんな時間かァ、おまえら戻らなくて良いのか?」

 まだ気絶してる委員長をぶらさげ出てきたノザさんが、軽い調子でそう呟く。そういえば、周りの店で働いていたはずの一年生がとっくに居ない!

「戻ろうみんなっ!」

「あいさぁ」

「委員長、起きなさいよっ」

 そんなわけで僕たちは、挨拶もそこそこにダッシュで学校へと戻ることになったのだった。

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