第7話

「そう? ならそういう事にしておいてあげる」

「つーづーりーちゃぁ~ん!」

 含み笑いをしながら言う彼女に、僕は怖い顔をしてみせる。

 もやもやした気持ちを振り払うように、支給ペンを大きく振りかざす。体中をめぐる魔力を、ペン先一点に流し込むようにして集中! 火系統のシンボルカラーである赤い光がともり、教えられたとおりのスペルを空中に描きそして――

「ファイヤー!」

 ペンを持つ右手を、左手で包むようにして前方に思いっきり押し出す、すると魔導を発動するとき特有の反動と共に、ペンの先から火の玉がポンッと飛び出した。やっぱり得意である音式よりは劣るけど、それでもリッパなファイヤーだ!

「やった、あぁ!?」

 ところがへろへろと酔っ払いのように吸引玉に向かっていた炎は、突然軌道を変えてヘンな方向へといってしまう。向かったその先にいたかなでは、僕の火球を引き寄せると器用にお手玉するようにもてあそび始めた。

「あははー」

「かっ、返してよ!」

「えー、やだ」

「なんでっ!?」

「だってコレつむぎが初めて述式で成功したファイヤーっしょ? 記念にとっとこーぜ。へなちょこ具合も含めて」

「こらぁ!」

 そう言うとかなでは、持っていた支給ペンで何やら炎展開の魔導を書き出し、右手に持っていた僕の未熟な火の玉にかぶせる様にして発動させた。何をするつもりかと目を凝らしていると、床にそっと置いた火の中から突然一匹のトカゲが飛び出した。しかもただのトカゲじゃなくて、メラメラと小さく燃えている!

「サラマンダー(火トカゲ)!?」

「ホムンクルスの真似事で作った擬似的なモノだけどねー。吸引玉に吸わせて学校の明かりになるよりこっちのが面白いっしょー」

 そばに寄ってきた委員長が、信じられないといった顔でかなでを指す。その指先は少しだけ震えていた。

「な、な、な……なぜ貴様がそのような高度な魔導を使える!」

「んー? 見本ならそこらにいっぱいあるじゃん。見よう見まねでやってみたら案外上手くいったねー」

 そう言ってチロチロと炎の舌を出すサラマンダーを手の甲に乗せ、頭を指の腹で撫でている。確かに校長の作ったホムンクルスならいっぱいあるけどさぁ。

「んなアホな……」

 顔面ソーハクと言った感じでわなわなと震えだす委員長の肩を、僕はなぐさめるようにポンと叩く。

「ごめんね、コイツむかしからこうなんだよ……理論も理屈も分かってないクセに、高度な魔導を時たまやらかすんだ。気にしない方がラクだと思う」

 魔導師としての天才はいる、悔しいけど。そう言う点で言うとかなでは間違いなくそのタイプだった。

 人並み外れた魔力に、独自性あふれる魔導展開。僕が自分の少ない魔力にコンプレックスを持つようになったのも、こいつが原因だったりするんだよなー。今はもうこういう特殊な人物だと割り切ってるけど。

 そんなことを思っていると、様子を見に来たつづりちゃんが、さっき生まれたばかりの小さな火トカゲを興味深そうに覗き込む。

「触って熱くないわけ? 火からできてるんでしょう?」

「元々がつむぎが出した威力の低い炎だからね。ちょっと加工して触ってもヤケドしないようにした」

「威力が低いは余計だ」

 ところがかなでは、そのサラマンダーをこちらの手にポンと置きとんでもないことを言った。

「はい、お母さん」

「んなっ!?」

「つむぎの魔力から生まれたんだから、当然でしょ」

 う、確かに……そうだけど。

 受け取ったサラマンダーを目の高さまで掲げて見つめる。燃え盛る炎は本当に熱くなくて、ほっこりと暖かい熱の塊を手のひらに乗せているような感じだ。つぶらな黒い瞳で一心に僕を見つめ、時おり首をかしげるしぐさが可愛らしい、けど。

「だめだめだめ! 寮でペットなんか飼っちゃいけないんだよ!」

「あらあら、育児放棄ですか」

「人聞きの悪いこと言うなっ!」

「じゃー、オレが飼おうっと」

 そう言ってかなでが肩に置くと、サラマンダーはそこが定位置だと言わんばかりにその上で丸くなり寝始めた。なんだか納得いかないけど……まぁ、良いか。

「名前はそうだな~、チロチロ燃えてるからチロ!」

「……魔導の腕はともかく、ネーミングセンスは無いみたいね」

 ぼそっとつぶやくつづりちゃんの意見には、おおむね賛成だった。


***


 柔らかいクリーム色のブレザーの襟をビシッと正す。深い緋色のチェック柄のスカートホックを横で留めた僕は、黒いハイソックスの上から茶色の革靴をはいてトントンと床に打ち付けた。

 最後にクローゼットの裏に取り付けられた鏡の前に立ち、赤いリボンが曲がってないかどうか確認する。うん、これでよし!

「タグがついたまんまよ~」

「えっ、うそ!?」

 乾燥魔導器で髪をぶおーっと乾かしていたつづりちゃんが、笑いをこらえたように言う。僕は慌てて取ろうと手を首の後ろにやるのだけど、手探りではどうにも上手く見つけられなくて空を掴んでしまう。

「つむぎってば、しっかりしてるようでどっか抜けてるのよねぇ」

「うっ、ありがと……」

 タグをパチンと取ってくれたつづりちゃんはそのまま隣に立ち、自分も鏡に姿を映す。なのにせっかく付けていたリボンをほどいてしまった。

「やっぱりアタシはネクタイの方が合ってる気がするわ。変えてくる」

「なんだか新鮮だね、制服だなんて」

「そもそも今までが変だったのよ、学生なのに私服だなんて」

 手早くネクタイに取り替えた彼女は、魔具を無造作にポケットへつっ込むと、かちゃりとドアを開けた。廊下に出ると、同学年の女の子たちがみんな同じ服を着て、きゃあきゃあと感想を言い合っているところだった。やっぱりみんなも嬉しいんだね。

 ところでどうして一ヶ月経った今になって、ようやく制服を着たのかと言うと――

「おはようさん、つづり、つむぎ」

「はのい、おはよう」

「おはよーっ、いよいよ実習だね!」

 そう、今日が初めての実習だからなんだ。普段の授業や生活はラフな私服で良いのだけど、実際に外に出て実習を行う際は、ニキ魔導学校の生徒としてキチンと立場を表すイミで制服を着なければいけないと言う校則がある。

 『着なければいけない』とは言ったけど、憧れだった可愛い制服に袖を通したことで、僕たち女の子のテンションは俄然あがると言うものだ。スカートなんて普段はかないけど、似合ってるかな? えへへ

 制服にご機嫌な僕たちとはウラハラに、はのいちゃんはイラついているようだった。横に流した黒いショートカットと理知的な緑の瞳が印象的な彼女は、腕を組むと足を床に打ちつけ始めた。

「ねぇ、いろは知らへん? あの子ったら何やってるんかなぁ~。遅れたら私が怒られるわー」

「いろはちゃん?」

「まだ部屋に居るんじゃない?」

 あやめ組のチームリーダーでもあるはのいちゃんは、しびれを切らしたかのように歩き出した。そして問題の部屋の前まで行くと猛然と扉を叩き出したのだった。

「いろは! いーろーはぁーっ! また寝てるん!?」


 ――はのいさ~ん……


 しばらく応答がなかったのだけど、わずかに開いた扉の向こうから情けない声が漏れ出てきた。あきれたような顔をしたつづりちゃんが、後ろから進み出る。

「一体どうしたっての……いっ!?」

 続けて入った僕たちも、部屋の中の光景にあぜんとする。衣服が錯乱する中で、下着姿のいろはちゃんが、途方にくれたかのように床に座り込んでいたのだ。

「小さくて、制服が入らないんです~!」

「あ、そういうこと……」

 がくっと脱力した僕たちは、ことの次第を理解した。つまり、用意されていた制服ではカバーできないほどに、いろはちゃんの体のラインがメリハリ体型だったとか。そういう……うらやましい。

 じぶんのぺったんこ胸を極力みないようにして、僕はそこらへんに散らばっていたカーディガンを取り上げた。

「とりあえず今日はこれを羽織って行こうよ。制服は後で先生に言って変えてもらおう。ね?」


***


「ったく、自分どこのお嬢様やねん。良いモン喰いおってからにこの胸が! うらっ」

「ひやああ、やめっ、やめてください~~」

 ようやく教室へと移動する途中の廊下で、はのいちゃんはいろはちゃんの胸を後ろから猛烈にもみ始めた。手の中のおっぱいは何かの生き物のように動き回る。

「あっ、あぁんっ」

「ここか? ここなのかァ?」

「ちょっとアンタらいーかげんにしなさいよ」

 僕の横を歩いていたつづりちゃんが、ハァっと盛大なため息をついてヒートアップしていく二人を止める。クイと指をさす先に居たのは――

「おはよーっす、いやぁ朝から女の子はカゲキだねー良いモン見た」

「な、なに、なにをして……」

 僕らと同じように真新しい制服に身を包んだ、かなでと委員長だった。かなではいつもどおりにヘラヘラと笑っていたのだけど、問題は委員長の方だった。その鼻からは赤い物がタラーッと……

 鼻血を吹き出しながらブッ倒れた彼を覗き込み、かなでとつづりちゃんがのんびりと言う。

「あらー、委員長には刺激が強すぎたか」

「ウブねぇ……」

 こんな調子で大丈夫なのかなぁ。


***


「ムッツリいいんちょー、血ぃ足りてる? レバー食べる?」

「うるさい黙れ!」

 数十分後、僕たち一年は全員講堂に集められて整列をしていた。僕を挟んで男子二人がそんなやり取りをしていると、どうしても気になってしまうことがある。

「委員長もやっぱり、おっぱい大きいほうが好き?」

「んなっ……違うぞ! 私は断じてそのようなことは――」

「あーら男ですもの、当然大きい方が好きなんじゃない?」

 と、委員長の向こう側からつづりちゃんも口を挟んでくる。その表情はニヤニヤしていてどこか楽しそうだった。僕は視線をそらして淡々と言う。

「そっかー、やっぱりそうだよねぇ」

「オレはちっちゃくても好きー」

「かなでは女の子ならダレでも良いんじゃないの……」

 そんなやりとりをしていると、壇上に一年主任のエクス先生が現われてこれからの注意事項について話し出す。実習は学校の外に出て行うって聞いているけど、具体的にどんなことをするんだろう。

『みなさん、おはようございます。いよいよ実習の日がやって来ましたが、焦ることなく、普段の実力を存分に発揮できるよう頑張ってください』

 はーい。と返事をしたのを確認してから、エクス先生は穏やかに続ける。

『現在このニキ魔導学校は、学費と言うものを皆さんから徴収していません。それは一重にどの子にも平等に学ぶ機会を与えられるようにとの考えからです』

 そうなんだよね、この学校は入学試験さえパスしちゃえば、あとは授業費も寮での食事代も何から何まで全部タダなのだ。だから両親が居ない僕のような者でも安心して学べるのだけど……確かによく考えてみると、どこからお金が出てるんだろう?

『この学校の運営経費は主に三つ。一つ目は国からの援助金。二つ目は卒業生からの寄付。そしてもう最後の一つが在校生が自ら依頼をこなすことで報酬を得ることなのです』

 そっか、いくらタマゴとは言え僕たちはリッパな魔導師だ。そのチカラを有効活用して、自分たちが学ぶために必要なお金を稼いでくるのが、実習なんだ。

『あなた達はいずれこの学校を卒業し、魔導師としてそれぞれの道を行くことでしょう。その練習と言う意味合いも含め、今日一日頑張ってきてください』

 よーっし、どんな依頼なのかはまだ分からないけど、がんばるぞ!

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