第6話
ニキ魔導学校の学生寮は、本校舎の裏手にあり、上から見るとグルリと湖を半周取り囲むような形をしている。
一学年だいたい百人、全校で三百人ちょっとが暮らしているのだから、その規模はとんでもなく大きい。当然それを世話するだけの人員が必要となるのだけど……この場合は『人』と言うのには少し間違いがあるかもしれない。
「あ、ありがとー」
大広間で夕食をとっていた僕は、後ろからにゅっと差し出されたお皿をちょっとだけ引きつった笑顔で受け取る。中に大量の魔力を詰め込んだ麻袋は、ぺこりと会釈をするとまた別の生徒の給仕へと行ってしまった。見ての通り、ここでは生身の人間ではなく、無機質な物体に生命を吹き込まれた人工生命体。ホムンクルスが働いている。これはとても高度な魔導で、どうやら校長先生が作り出したみたいなのだけど……うぅ、やっぱりまだ慣れないなぁ。
ホムンクルスたちの形状は実に様々で、たいていは布の袋だったりホウキに手が生えてたりするのだけど、時たま等身大の人形などがあって本物の人間と見間違えてしまう時がある。まぁ、確かにちょっとだけブキミではあるけど、僕たちのために文句も言わず黙々と働いてくれるその姿はなんだか感慨深いものがある。
「だから心情を表すにはやっぱり一人称が一番的確よ。読者はその視点になって話の中に入り込めるんだから」
「いやいや、時代は二人称視点だね。使いこなすのは難しいけど、それだけで凡夫な内容も――」
何やら熱い議論を交わしながら大広間に入ってきたのは、つづりちゃんとかなでだった。二人とも述式魔導師なだけあって魔導に関しては話が合うらしい。
(良いなぁ)
僕は音式だから彼らの議論は畑違いだ。むかし一度だけ述式のまねをして魔導を紡いだら、あまりの下手くそさに暴発し、家の壁を吹っ飛ばしてしまった事を思い出す。……僕はただ花を咲かせるだけのつもりだったのに。
(あーあ、僕って才能ないのかなぁ)
考えたくもないそんな思いが浮かんでは僕の頭にこびりつく。唯一使える音式だって、優秀な音魔導師であるお父さんとお母さんが丁寧に教えてくれたのに、使えるものは簡単な下級のものばかりだ。
いったんネガティブな考えになってしまうと、ズルズルと思考が引きずられて行ってしまう。
(うー、自己嫌悪)
自分の思考にノックダウンされて机に突っ伏していると、後ろから声をかけられる。
「どうした、はいずりまわるナメクジのようだぞ」
「いいんちょ……」
ここでトドメを刺すかと言うタイミングで、今一番会いたくない人がそこにいた。
「キミってば無意識なの」
「?」
げんなりしながらも隣を空ける。彼は夕飯のトレーを置くと僕に向かって妙に姿勢を正した。
「つっ、つつつつ……」
「? どっか痛いの?」
「違うっ、つ、つむぎ。さっきの話だが――」
あぁ、と呟いて僕はつっぷしたままそちらに顔を向ける。
「ごめんごめん、冗談だよ。本気で委員長が嫌いなわけじゃないから」
「そっ、そうか」
そう、むしろ腹立たしいのは才能のない自分。
「…………」
「おい?」
僕はぼんやりと委員長のお皿に取り分けられたケーキを見ながら、問いかけてみる。
「委員長はさー、どうして音式なの」
「はぁ?」
「色んな方式をあつかえるのに、なんで音楽という表現方法を選んだの」
文章も、絵も、色んな選択肢を選べるのに、どうしてその中から曲を選んだんだろう。そう聞くと彼は、しばらく考えたあとフォークを取って食べ始めた。
「忘れた」
「わすれた!?」
「そうだ、気づいたら音式だったのだ。理由など要らん」
「そ、そんなのって……」
言うべき言葉を探し出す前に、彼は淡々と続ける。
「ただ曲を作り出すという作業が好きだっただけかもしれない。たとえ音式しか使えなかったとしても、私は満足だったろうな」
こちらをチラッとみた委員長は、すぐに視線をそらすとそっけなく聞いてくる。
「貴様はどうだ、今の自分の形式に不満でもあるのか?」
言われて頭の中がスッと整理されていくのを感じる。
「ううん、僕は音式が好きだよ。色んな音を聞くのが楽しい。自分だけの曲を奏でられるのがうれしい」
「ならばそれで良いではないか。何を悩む必要がある」
そっか、他の方式が使えなくたって、魔力が弱くたって、僕はただまっすぐに音式を極めていけばいいだけなんだ。そりゃ他のを使えないのは、ちょっぴり寂しいけど。その分僕は自分のスタイルを貫けばいいんだ!
「お悩み相談室はこれで良いか?」
「うん、ありがと委員長。……僕、頑張るよ、たとえヘタクソでも、がんばって勉強するから」
フッと優しく笑った委員長は、持っていたフォークでリズムを刻み始める。
「確かにお前の魔導は未熟だが、私は好きだ」
「え?」
「素直で明るくてバカみたいにまっすぐで――とても耳に優しい魔導だ」
委員長が奏でる曲が流れ始め、広間に居た何人かの音式魔導師が顔を上げ始める。
少しだけ顔が熱くなるのを感じながら、僕は口を開いた。
「ぼ、僕も、キミの音が好きだよ。力強くて激しくて、でも綺麗な魔導」
***
「あら、何かしら。綺麗な音楽ね」
白熱した議論を続けていた少女は、ふとかすかな音を聴いたような気がして顔を上げる。かすかに魔力を帯びた調べは、聴くものの心をなごませ、癒していく。
うっとりと聞き入る彼女とは対照的に、向かいの少年は何も言わずに俯く。覆い隠した前髪の下で、微かに目を細めながらただその音を聞いていた。
***
「それではみんな、予習はしてきたかしら?」
ヒノエ先生がそういうと、みんなはそろってはーい、と返事を返す。その様子に先生は満足そうにうんうんと頷いた。
「よしよし、最初のうちはそうじゃなくちゃね。まぁこれが一月後にはサボり始めるヤツが出てくるわけだけど」
心なしか、かなでの方を見て言っているような気がする。分かる人にはわかるもんなんだね……
ところが視線を感じ取ったのか、疑惑の人物は頭の後ろで手を組みながらこう言ってのけたのだった。
「オレちょーまじめよ? 昨日の夕飯なんか、お魚の骨まで残さず頂いちゃったし。うぐっ」
「かなで、少し黙ろうか」
べしっと左手でおしゃべりな口をふさぎ、先生に先に進めてくれるように視線を送る。
「じゃあアンケートをとるわね。直感でいいわ、自分がこれに向いてるんじゃないかっていう方式に手を上げてくれるかしら」
先生は順番に方式をあげていく。述式、音式、絵式、歌式、その他……。
「やっぱり述式が多いわねぇ」
結果だけ言うとクラスの四分の三は述式に手を上げた。残りの四人のうち、音式が僕と委員長で、残りの二人が歌式。絵式は一人もいなかった。
「これから学んでいくうちに、変化していくかもしれない物だから柔軟に考えてね。それでは今日の授業の内容ですが――」
***
『絵で見る魔導』をパタンと閉じて、僕は机につっぷして寝ているかなでの頭をはたいた。
「終わったよ!」
「んー?」
くぁぁ~と、あくびをしたかなでは、まだぼんやりしていたのかヘンなことを聞いてきた。
「あーもう終わり? つむぎ専科の願書もう出しちゃった? オレおんなじのがいーなー」
「専科ぁ?」
僕はびっくりして思わず教科書をしまう手を止める。専科っていうのは二年生になってからのコース選択の話で、今の僕たちには全然関係のない話だ。
わけが分からなくて、まだぽやんとしているらしい幼なじみを見つめる。へにゃりと笑ったかなではまたずるずると寝の体勢に入ろうとした。
「っていう夢みてさ~、夢の中までおべんきょしてるとか、オレまっじめー」
「あのねぇ……」
なーんだ、夢か。そうだよね、かなでが急にそんなまじめなこと言い出すはずないか。きっとどこかで小耳に挟んだ話の夢でも見たんだろう。
「ほら、さっさと移動するよ。次は講堂で実技なんだから。ぼんやりしてたらケガするからね」
「やったー、座学より体動かすほうが好き好きー」
そう言いつつも一向に立とうとしないかなでの手首を掴んでひっぱる。まったく、また遅刻しちゃうよ!
「はーやーくーっ」
「ぐぅ」
だーもう! いっそ捨てていこうか! こちらにもたれかかって寝始めるかなでを背負い、ずるずると移動を始める。どうして僕はコイツに甘いんだろう。もーっ
「えへへーつむぎー、好きー」
自分より頭一つ半も大きい男を背負っていると、後ろからそう言われてギュッと抱きしめられる。その瞬間、僕は掴んでいた手をパッと離し一人で行くことを決意した。ゴッと鈍い音をたてて床に落ちるピンクに、僕は冷ややかな視線を送る。
「あと二分で授業始まるからね。サボったら二度と勉強見てあげない」
ガラガラピシャッと扉を閉めて、僕は廊下を歩き出す。
はぁぁ~、どうしてかなでは「あぁ」なんだろう。ちっちゃい頃はむしろ僕がアイツに面倒見てもらってたのに、今じゃすっかりアベコベだ。確かに生来のナマケモノではあったけど、それでも今よりはしっかりしていたはずだ。
……。
「人間って世話を焼かれすぎると退化するのかな……」
「どうしたのよ、いきなり」
講堂で基本的な述式の手順を教えてもらい、各自で練習を始める段階になって僕はぼそりと呟いた。隣で羽根ペンの点検をしていたつづりちゃんが合点したように返してくる。
「あぁ、かなでのこと? 確かにアンタにべったりよねー」
「どうにかならないかな、アレ」
そのアレ呼ばわりされた張本人はと言うと、委員長とペアになって向こうで練習していた。炎を出す訓練のはずなのに、風を呼び起こしては委員長の長髪を乱して遊んでいるようだ。
「放っておいたら自立するんじゃないの? もうそんな年齢でもないでしょ」
「アイツは別に僕なんか居なくたって、ホントは一人で何でもできるんだよ! なのにやる気ないフリしてるだけなんだ」
腹立ちまぎれに魔導展開を始めた僕の述式は、あらぬ方向から飛び出し小さな火花を散らす。っとと、あぶないあぶない。
「それじゃあどうしてつむぎは自分から離れないのよ」
「……わかんない」
チラッとかなでの方に視線を向けると目があったらしく、嬉しそうにブンブンと手を振ってくる。僕は慌てて顔をそらした。
「アタシには互いに依存しあってるように見えるけど」
「えぇっ!?」
「フレイム!」
つづりちゃんは支給された羽根ペンを使い、上手にファイヤーの上位魔導を発動させてみせる。一直線に放たれた火柱は正面に設置された吸引玉に引き寄せられ吸い込まれていった。僕は今の言葉のイミを考えて、ぷるぷるっと頭を振る。
「ないないないっ、僕がかなでに依存? ありえないからっ」
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