新しい生活~みんなそれぞれ個性があるワケで~

第5話

 僕は真剣な眼差しで前方を見つめる。

(勝負は一瞬……!)

 すでに魔導を構成する術式は展開を終え、後は僕の言葉だけで解放されるのを待っている。魔具であるタクトの先端には、赤い光が点滅を繰り返していた。

 先ほどから睨みつけている先にはいつもどおりヒョロリと立って構えもしないかなでが居る。そのニヤケ顔に向かって僕は鋭く叫んだ。

「ファイヤー!」


 ボゥンッ!


 言い切るか切らないか、ホントに微妙なそのタイミングで炎の玉が飛び出した。まっすぐに相手に向かって飛んでいく火球は、周囲の空気を巻き込みながら巨大化していく。

 このままだと黒こげになる予定のかなでは、僕が魔導を放ったと同時に素早く左手を前に突き出しようやく呼び出しの呪文をかけた。

「/fether」

 光の粒子が急速に集まり、後ろに引き抜いたその手には腕の長さほどもある巨大な羽根ペンが握られてた。間髪入れず空中に呪文(スペル)を書き出す。

「シールド!」


 フォンッ


 白い半透明の盾が出現する。僕の火球はそこにモロに当たり、細かく霧散し消えていった。


*episode.2

『新しい生活~みんなそれぞれ個性があるワケで~』


 クラスのみんながシーンと見守るなか、先に口を開いたのはかなでだった。

「あいかわらずバカ正直というか、まっすぐというか、直線にしか打てないんだなー、つむぎは」

「う、うるさいっ。いつかそのナメくさった根性ごと燃やしてやるっ」

「はいはいはい、私は魔導の模擬合戦を見せろと言っただけで、口での攻撃まで見せろとは言ってないわよ」

 ヒートアップしそうだった僕たちの間に苦笑いのヒノエ先生が割りこんで、固唾をのんで見守っていたみんなから笑い声があがる。そうでもしてくれなかったら仁義なき肉弾戦が始まってたかもしれない。

 ヒノエ先生はパンッと一つ手を叩くと、かなでの羽根ペンを指して説明を始める。

「このように、今かなでが見せてくれた展開が『記述式魔導』略して述式と呼ばれるスタイルで一番メジャーな方法よ。空中にスペルを書き出して魔導を発動させるシンプルな方法ね。みんなも大半はこれを使ってるんじゃないかしら」

 いまさらだけど説明しておくと、ただいま記念すべき授業の一回目『総合魔導』の真っ最中。魔導を使うにあたっての心構えや基礎知識を学ぶ、総合的な時間だ。

 そこまでは良かったんだけど……昨日の大捕り物の騒動が学校側にまで伝わってしまったらしく、ヒノエ先生からじきじきにお手本を見せてくれと頼まれてしまったのだ。これが僕たちが教室で勝負なんかしてる理由。

「述式魔導はお手軽だけどその分奥が深いわ。付け足すスペルによって威力が変わってきたりするから、多少の文才が必要とされるわね。それでも基本さえ抑えておけば確実に発動できるのが述式のメリットよ」

 次に――とこちらを向いた先生は、少し困ったように眉を寄せる。

「つむぎが使って見せたのが『音楽式魔導』と呼ばれる方法なんだけど……ちょっと私には説明が難しいわね。もう一度やってみてくれる?」

「あ、はい。えっと、まず周りの音をよく聞くんです」

 世の中に存在しているモノには全部、音とリズムがある。たとえば傍に立っているヒノエ先生からは、血液や体の細胞とか色々な音が混ざり合い一つのメロディを奏でている。こういった人間なんかは複雑なので、僕の未熟な音式魔導では爆発させたり凍らせたりといったことはできない。……したくもないけど。

 代わりに空気中の水分や、地面の土などのリズムはとても単純なので、これらをあやつり魔導を使うのだ。

「たいていは流れる音の中に決まったリズムがあるんです。僕はそのリズムに向けてこのタクトで指揮をしてあげる、するとその物質の方向性(ベクトル)が変わって、性質を変えたり、形を変えたりと言ったことが可能になります」

 そういって空気のリズムを指揮すると、緩やかな風が教室内に流れ始めた。

「これはちょっと特殊な方式ね。つむぎが言っていた『モノの音を聞く』ことが出来るようになるには訓練された耳が必要とされているわ」

 戻っていいわよ、と指示を出された僕らは、一番前に座っていた委員長とつづりちゃんの隣に戻る。先生は黒板に向かって板書を始めた。

「述式、音式、歌式、絵式などスタイルは魔導師の数だけあるわ。自分がどれを使うかは、これから色んな方法を試してみて自分に合った物を見つけていくことが大切よ。わかった?」

 はーい、と返事をしたみんなを見回し、ヒノエ先生は一つ宿題を出した。

「それでは明日の授業までに、初心者の子は同じチームのメンバーに協力してもらって様々な方法を予習をしてくること。これからの授業内でそれぞれについて指導していくから、今すぐに決めることは無いけど、何事もチャレンジしてみることが大事だからね。」

 タイミングよくチャイムが鳴って授業が終わる。ニキ魔導学校は、朝の九時からお昼を挟んで午後の三時までが基本だ。その後は練習場にこもって自主練しても良いし、図書館で勉強しても良い。クラブ活動にいそしむも、街に繰り出すも良し。門限の夜八時までに寮に戻れば何をするのも自由なんだそうだ。

 けれども宿題を出されたとあってはさすがに街へフラフラと遊びに行く子は居ない。クラスのみんなは授業後そのまま教室に残り、チームで固まってそれぞれのレベルを確認し出す。僕たちも例外ではなく、話し合う事となった。が――

「とは言え私たちは既にそれぞれスタイルを確立している。今さら何式かを模索する必要など無いと思うが」

 委員長の言葉にうなずいて指をおりおり数えていく。

「僕が音式でしょ、かなでが述式で、つづりちゃんは?」

「アタシの魔具はコレ」

 つづりちゃんはポケットから赤い魔具を取り出す。手のひらサイズの薄い板のようで、半分透けている。

「ほう、ずいぶんとめずらしい物を使うのだな」

「委員長、知ってるの?」

 興味を引かれたらしい委員長が、つづりちゃんの魔具をまじまじと見つめる。

「これは『スマホ』と呼ばれるものでな。古代の遺産を模して開発された魔具らしい。私も実物を見るのは初めてだ」

「ちょーっとコレを扱うにはコツが居るから、あんまり流行らなかったらしいわよ。良い?」

 トトンッと魔具の表面を二回叩いたつづりちゃんは、何やら画面を猛烈な勢いでなぞり始めた。ゆ、指が見えない……。

「――と、彼は文字通り冷水を浴びせられたのであった」

 彼女が操作するたびに画面に文字が羅列されていく。またそれと同時に魔導展開する時の光が『スマホ』を取り囲み回り始めた。

「コールド!」

 そして最後に一つ叩くと、かなでの頭上に氷水が出現しバシャアアとそのまま降り注いだ。

「ぎゃあー、ひでぇよつづちん。風ー邪ーひーくー」

「大丈夫よ、アンタ馬鹿でしょ」

「なるほど。そうだった」

 ぷるぷるっと犬のように頭を振るかなでに向けて、つづりちゃんは乾燥の魔導をブオーッとかける。今まで述式って言うとペンで記述する方法しか知らなかったけど、こんな方法もあるんだ。

「形式はどうであれ、文章を表現できるならそれは述式魔導の括りになるからな」

 あれ、それじゃあ――と振り向いた僕は、興味深げにスマホを見つめていた彼に問う。

「委員長は何式?」

 確か昨日は指を鳴らして魔導を発動させてたけど、いったい何式なんだろう。その問いかけに委員長はハァ? と、言った感じで顔をゆがめた。

「気づかなかったのか」

「む、何がさ」

「貴様と同じだ。音式魔導」

 その答えに一瞬ポカンとした僕は、ハッと我に返り叫んだ。

「えぇ!? 嘘だ!」

「嘘をついて何になる」

「だって何の音楽関係の魔具も使ってないし、ましてやリズムに働きかけてなかったじゃないか!!」

 僕が苦労してリズムを操っていると言うのに、それを補助である魔具を使わない指パッチン一つで!?

「ずるい!」

「仕方ないだろう、色々試してこれが一番性に合ったのだから。リズムなど指の動き一つでどうとでもなる。魔具などいらん」

「うぅぅ~~っ」

 色々試したってことは、どんな方式でも扱えるってことだ。僕なんて音式しか使えないのにっ

「おい、何を俯いている」

「委員長なんか嫌いだー!」

「なぁ!?」

 うわーんと泣き出す僕に、彼はあたふたと慌て始める。よ、世の中には、どんなに苦労したって、全然発動しない人だっているのに、神様なんて不公平だっ

「き、嫌い……キライだと……」

「まぁまぁ、つむぎには音式が一番合ってるって。述式やって暴発したり、絵式試して物体X作り出したりするからね~」

「僕を慰めたいのかけなしたいのかどっちなんだよ!」


 ドゴォ!


 調子にのって抱きついてこようとするかなでに蹴りを一発いれて、僕はつづりちゃんに泣き付く。どーせ僕には才能なんてないよっ

「にぎやかねぇ、退屈しないわホント」

 どこか楽しんでいるような声で、彼女は僕を撫でてくれた。

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