第4話
そんなこんなで、四人で散策することになった僕たちは歩きながら街の説明をする(かなでは非常に役に立たない情報を提供するばかりだったけど)
「あそこがメリィおばさんがやってる宿屋、そこの武器屋のおじさんはノザって言うクマみたいな人。あ、それからあっちの魔材屋さんは学校にも納品しているんだ。経営してるのはドロシーさんって言ってすごい綺麗な人なんだよ。ウワサじゃ何百年も生きてる魔女なんだって」
「そこの路地を入ったところに店かまえてるのはこの街の子供ならだれもが御用達のイタズラショップ、ねずみ花火がおススメ。それからそこの覗き穴は――」
「何だ? 何が見えるんだ?」
「あっ、ひびきくんそこは――」
レンガの壁に丸くあいた穴を、ひびきくんは覗き込む。あぁぁ……
「ぷっ、ちょっとアンタ自分の顔見てみなさいよ!」
「? なぁっ!?」
笑いをこらえるつづりちゃんが差し出した鏡を見て、彼は口をパクパクさせながら絶句する。その目のまわりはパンダのようにくっきりと黒インクがついていた。
この仕掛けはかなでがつくったもので、フシギと覗き込みたくなってしまう心理を利用した悪質なイタズラだった。一時期、街には片目だけパンダのような住人が大量発生したものだ。
「いい加減にしないかーっ!」
「いやいや、オレは別に覗けとも何も言ってないぜ~」
「それにしても詳しいのね、アンタたち」
裏通りからメインストリートに戻ると、つづりちゃんが感心したように後ろから言う。僕たちはニッと笑って自慢げに振り返った。
「そりゃそうだよ、生まれた時からこの街に住んでるんだもん」
「オレなんかこの街の地下にめぐらされた秘密経路の地図まで頭に入ってるし」
「えっ、何それ、そんなのあったの?」
「ウソだけど」
「こらぁ!」
ニヤニヤと笑うかなでは、陽の下に出るとネコのように伸びをした。
「あー、目的もなくぶらぶらするのって楽しいねー。こんなことなら『かなた』も連れてくりゃ良かった」
「かなた?」
聞きなれない名前に首をかしげると、そのまま倒れるんじゃないかってぐらい反りながら説明してくれる。
「うん、オレのルームメイト。隣のクラスなんだけど、これがノリが良くてすげぇ気が合うんだよね。今日は忙しいとかでこれなかったけど、今度紹介するよ」
かなでの紹介か……若干不安があるけど、良い人なんだろうな。コイツが懐くのはたいてい悪人じゃないから。
ところが今の話を聞いていたひびきくんは、顔をしかめて忠告するようにジロリとかなでを見やる。
「おい、あまり部屋で騒がしくするなよ」
「お堅いなぁ~、男子が集まって騒ぐなとかムリがあるって、ひびっちゃんも今度一緒にどう?」
「ひびっちゃん!?」
「あー、あー、ひびきくんの相部屋は誰?」
また周囲の注目を集めてしまいそうな展開になってしまうと感じた僕は、話を穏便な方向に持っていこうとする。すると彼はどこか誇らしげに胸を張ってこう答えた。
「私は一人部屋だ。学級委員長だからな」
「学級?」
「委員長」
「ヨッ、ムッツリ委員長!」
「誰がだ!」
脊髄反射的にツッコミを入れるひびきくんは、ムスッとした顔をしながら腕を組んだ。
「入学前にヒノエ女史から話があってな。是非にと言われ引き受けたのだ」
「だからって一人部屋~? えこひいきじゃない?」
「私が決めたことではない」
涼しい顔でつづりちゃんの視線を受け流す彼に、僕は一つの提案をしてみた。
「あ、じゃあ今度から委員長って呼んでいい?」
「え」
なぜか戸惑うようなそぶりを見せた彼の肩を、つづりちゃんがニヤリと笑って一つたたく。
「あー、良いわね。ひびきなんてよばれるより、その方がよっぽどしっくりくるわよー」
「いやっ、私は」
その反対側の肩をたたき、かなでも後押しするように言う。
「委員長! ムッツリスケベ委員長!」
「だから私はムッツリでもスケベでもない! 増やすなっ」
がっちりと彼の両脇を固める二人は僕に視線を向け、コクリとうなずく。なんだろう、そのトドメをさしてやれと言わんばかりの目は……まぁいいか。
下から覗き込むように見上げると委員長の顔は赤くなる。その顔を見ながら、僕は再度聞いてみた。
「委員長って呼ばれるの、いや?」
「…………好きなように呼べ」
ガクリと力なくうなだれる彼の後ろで、かなでとつづりちゃんがハイタッチをする。僕はやっぱり首を傾げたまま、周囲からの視線を感じていた。
***
「はぁ~、歩いたねぇ」
「もう足がクタクタよ。でも必要な物が買えてよかったわ」
真上にあった太陽がちょっとだけ傾いてきた頃。僕たちは少し遅めのランチタイムをとっていた。
メインストリートから一本外れた道にあるおしゃれなカフェテリア。若い夫婦がやっているこの「リュミエール」は、最近できたイチオシのお店だ。今日は晴れているので、お店の外に設置してあるテラスでお食事中。新鮮なレタスと熱々のしたたるベーコンを挟んだサンドイッチが絶品なんだよ、うーん美味しいなぁ。
「まったく女というものは……どれだけ歩かせれば気が済むのだ」
ご機嫌な僕らとはウラハラに、向かいの席でアイスカフェオレをすすっていた委員長は不機嫌そうにそう言う。つづりちゃんはその言葉にムッとしたようで、サラダのフォークを突きつけるように振った。
「いいじゃない、別に荷物持たせてるわけじゃあるまいし。忍耐力のない男はモテないわよ」
「女のショッピングなぞ付き合えと言われても退屈でたまらん。私はこれを食べたら帰るからな」
文句を言いながらも食後のデザートを追加したところを見ると、このお店が気に入ったようだ。おいしいもんねぇ。
しばらくみんな他愛もない話をしていたけれど、僕はふと思い出して話題を振る。
「そういえばさ、今度の授業までに四人組のチームを組んでおけって先生言ってたね」
「あぁ、言ってたわね。何をさせるつもりなのかは知らないけど」
「おそらくは課外実習でのチームだろう。他にも授業内での活動に使うかもしれんがな」
「ここに居る四人で組まない?」
僕がそう言うと、みんなは一斉に食べる手を止めてお互いを見やった。あれ? 良い提案だと思ったんだけど……
「つむぎとかなではともかく、委員長が一緒ねぇ」
「私とてお断りだ。特にそこのクラゲ男が気に食わん!」
「オレはつむぎが居ればなんだっていーよー」
と、みんな乗り気ではない様子。うーん、困ったなぁ
「僕は相性いいと思うんだけどなー」
何とかみんなを説得しようとしたその時、事件は起こった。
バッ
「え? あ!」
「あーっ、置き引きっ!!」
通りを歩いていた帽子の男が、とつぜん床に置いてあったつづりちゃんのバックをひったくるように取って行ってしまったのだ。
「待ちなさいよこのっ!」
慌てて立ち上がったつづりちゃんの横を、僕とかなでがすり抜け、手すりを乗り越えて追いかけ始める。けれども犯人はさすがに素早く、すでに十メートルは間を開けられてしまった。あぁもう!
その時、後ろからパチンと音がして、冷静な委員長の声が聞こえてきた。
「フン……アイビーフォロー」
植物をあやつる魔法が、そこかしこにある花壇や植木鉢の植物たちを一斉に繁らせ通り一帯を覆いつくしてしまう。犯人は驚いてツタに足をとられて戸惑っている。今だ!
「かなでっ!」
「あいよー」
左の建物のベランダからジャンプしたかなでが、飛び降りざまに帽子の男の背中をけり倒す。バランスを崩したそこに、向かいの建物から僕が跳んだ。
「/tact!」
呼び出しの呪文をかけると光の粒子が集まり手の中に指揮棒が現れる。それをパシッと掴んだ僕は、空気中の水分に働きかけるリズムを作りだした。――ここだっ!
「フリーズ!」
キィン! と、金属音にも似た音が響き、男の両手足が氷で固まる。その横にザッと着地すると犯人はうめきながら地面に転がった。やった!
「くそぉ……魔導師かよ」
「ったく、返しなさいよ!」
「ぐあっ」
追いついたつづりちゃんが男の背中に蹴りを入れると、ふところに隠し持っていたのかキーアークと魔具が転がり出てきた。
「油断もスキもないわねー」
「観光の街でもあるからね、こういったスリとかは多いんだ」
慌てて飛んできた自警団の人に犯人を引き渡して、僕たちはカフェテリアに戻る。すると、委員長は先ほどと同じ体勢で僕たちを待っていた。
「捕まえたのか」
「まぁね、さっきはありがとう。意外と良いところあるのね」
「意外とは余計だ。ま、良かったな」
「二人も、ありがとね」
笑顔でこちらに振り向いたつづりちゃんの向こうで、イチゴパフェをつついていた委員長は軽く笑う。かなでもへら~っと笑ってるし、僕はさっき感じたことをもう一度言ってみた。
「やっぱり相性いいと思うよ、僕たち」
すると、みんなは一瞬だけ目を見開いた。互いに見つめあってから今度は苦笑するように微笑む。
「そうねぇ、それじゃ改めてチームを組んでもらえないかしら」
「ま、良いだろう」
「しゃー、そうと決まったら祝杯あげよーぜ、委員長のおごりで」
「何ィ!?」
いつの間に頼んだのか、運ばれてきた魔導酒のジョッキを手に、僕たちは大きく声をあげた。
「「かんぱーい!」」
……これが、これから先いくつもの命運を共にする仲間たちとの最初の出会い。もっとも、まだこの時の僕はそうなることなんて考えもしなかったんだけどね。
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