第3話
「…………」
黙りこんでしまった僕に何かを察したのか、彼女は顔だけをこちらに向けて手をひらひらと振った。
「ごめんごめん、言いたくないんなら別に良いわよ」
「あ、ううん。そうじゃなくてね、ちょっとビックリされないかなぁって思っただけ」
体を起こして湖の方を見る。だいぶ時間が経っていたのですっかり日は沈み、星屑草の魔力胞子だけがフワフワと漂っていた。
「僕の両親も魔導師で、二年前に仕事で出て行ったきり帰ってこなくてさ。それを探しに行きたくて、魔導師になろうって決めたんだ」
手がかりは何もないけれど、それでも同じ道に入ればきっといつか――
ここでハッと気づいた僕は、おそるおそる顔をあげてつづりちゃんの様子をうかがった。いきなりこんな話しちゃって、暗いヤツだと思われたんじゃ……ところが彼女は哀れむでも慰めるでもなく、ただニッと微笑んでいた。
「ふぅん、いーじゃない、そういうの」
「あの、こんな話してゴメンね?」
そう尋ねると、つづりちゃんはどうして? とでも言いたそうな顔でごく自然に返してきた。
「話してくれたってコトはとっくにアンタの中では整理がついてる話なんでしょ? ならアタシがいくら慰めの言葉を吐いたところで意味ないじゃない。それとも何かコメント欲しい?」
「ううんっ、要らない!」
あ、なんだろうこの気持ち。胸のつかえがスッと取れていくような。今までこの話をすると、みんな僕を可哀想な子みたいに接して来たんだ。腫れ物みたいな扱いは、せっかく整理した気持ちをまた暗い方へ引き込むようで、正直キライだった。だからこそ、この彼女の反応はとても新鮮で嬉しいものだった。
「ゴメンね、アタシってばこういう物言いしかできなくてさ」
「ううん、それが良い。つづりちゃんはそのままでいて」
バツが悪そうに頭をかくつづりちゃんに、ありのままの気持ちを伝える。もしかしたら僕は、この上なく相性の良いルームメイトに巡り会えたのかもしれない。しばらくその幸せをかみ締めていた僕は、パンと一つ手を叩いてこう言う。
「ねぇっ、つづりちゃんは他の街から来たんだよね? この街のことはあんまり知らないでしょ」
「そう、ねぇ。入学試験で来たときは列車の都合で早々に帰っちゃったし……」
「それならさ、明日はこの街を案内してあげるよ! 自慢じゃないけど僕は生まれた時からこの街に住んでるんだ。裏道からおいしいケーキ屋さんまで全部知ってるよ」
「あら良いわね。これからしばらくお世話になる街だもの。少しくらい下見にいかなくちゃ」
「決まりだね」
ロフトから乗り出したつづりちゃんは、ニッと笑うとこう言う。
「上手くやっていけそうじゃない? アタシたち」
「えへへ~、よろしくね」
***
次の日、よく晴れた青空の下を僕とつづりちゃんは仲良く歩いていた。街のメインストリートでもある赤いレンガ敷きの通りは今日もにぎやかで、あちらこちらで活気のある声が飛び交っている。他の学生もみんな街に繰り出しているのかな。あちこちでキーアークをつけた学生を見かける。その色は赤・青・緑とそれぞれだった。赤が新入生として、他の色は上級生だろうか。
「晴れて良かったね~」
「ホント、いい天気」
ニキ魔導学校のあるこのレークサイドは、学園都市とも呼ばれる学生の街だ。湖に隣接するように学校が建てられ、その周りを囲むように街並が広がっている。
今ある学校の建物は、元々は貴族のお城だったらしいんだけど、そこの当主さんが亡くなってから校長が買い取って学校にしてしまったらしい。とは言っても、僕が生まれるずーっと前の話、三百年以上も昔の話だ。
「だからこの街は城下町みたいな形をしているんだよ」
「なるほどねぇ」
「へぇ~、そうなんだー初めて知ったーやりぃ一つ賢くなったー、明日には忘れてるけど」
そろって関心してくれるつづりちゃんとかなで…… って
「どうして住民のキミが知らないんだよっ、っていうか何で居る!」
「オレに黙って行っちゃうなんて、つむぎのいけずぅ~けちんぼ~チビ~」
「チビって言うなぁ!」
「ぎゃふぅ!」
僕にとって禁句中の禁句を放ったかなでをとび蹴りで沈め、肩を怒らせ歩き出す。
「あら、置いてくの?」
「だってかなでが居るとまともに散策なんてできないよ、いっつもトラブル持ってくるんだもん、そいつ」
わすれもしない七つの春、僕はお隣さんだったかなでと一緒にお使いに出かけたのだ。商業区の八百屋さんに行ってカレーの材料を買ってくるという簡単なお使いだったのに……
「それをそいつが寄り道はするわ、学校の生徒にイタズラして僕まで追っかけられるわ、ドブの側溝に足つっ込むわ――」
「最後のはつむぎの自爆じゃなかったっけ」
「うぐっ」
たしかに、あれは、僕の不注意だった、けど。
「さぁ~行こう。案内し倒してやるぜ!」
「あっ」
戸惑っている間に、かなでは先に行ってしまう――いつの間にか取った僕のヘッドホンを右手にぶら下げて。
「あああ~、またアイツのペースに乗せられてるぅぅ~」
「良いんじゃない? 少なくともアタシは楽しいけどね。ああ言う男」
「んなっ、つづりちゃんまさか――」
タイプとか言い出すんじゃないかと、僕は恐怖におののき振り返る。天地がひっくり返ってもアイツだけはやめておいた方がいい、本当に。ところが彼女は至極まじめな顔でこう言ってのけたのだった。
「つむぎとの漫才コンビ、もっと見たいわ」
「……そう」
なんかもう、考えるのもめんどくさくなってきた。諦めた僕は大人しくピンク頭の後を追うことにするのだった。
「か~な~でっ、バかなで! 僕のヘッドホン返せよっ」
「いっつも思うんだけど、これ何が聞こえんの?」
「うるさいかえせーっ」
バッと跳びつき、ヘッドホンを勝手に頭にはめていたかなでから取り返す。背中に飛び乗るような形になったところで、僕はふと気づいた。かなでの頭ごしに、道の真ん中で立ち尽くす人が見える。
そこのお店で買ったのだろうか、ベリィソフトクリームを今まさに口に運ぼうとしたまま停止し、ぽたぽたと溶け出した液体が手首を伝って地面に落ちている。こんな陽気のいい日でも昨日と同じカッチリとした黒っぽい服を着こなす彼は――
「ひびきくん?」
呼びかけにも応じず、ポカンと開いたままの口から「あ」とか「う」だとかの声が漏れてくる。んっと
「あの……アイス、溶けてるよ?」
「んなぁっ!?」
奇妙な叫び声をあげてソフトクリームを放り投げた彼に、悲劇がまっていた。
「あ」
「あー」
「あちゃー」
高く放り投げたソフトクリームは、そのまままっすぐ落下した。長い黒髪に薄ピンク色の液体がベトッと着地しゆっくりと流れてゆく。
「こうして冷たく厳しい冬を越え、ようやく雪解けの季節が始まったのです……」
ブッ
神妙にワケの分からないコメントをつぶやくかなでに、僕とつづりちゃんは思わず吹き出してしまう。その事に気分を悪くしたのか、ひびきくんは眉を寄せてパチンと指を鳴らした。すぐさま水がバケツ一杯分空中に出現し、彼の髪の毛を包み込みあっという間に汚れを落としてしまう。すっごいなぁ。
「まったく貴様らというヤツは! 往来でななな、何を破廉恥な……」
「ハレンチ、って何が?」
未だかなでの背中に乗っかっている僕を指してひびきくんはまたも顔を赤くする。
「若い男女がそのようにベタベタと――ええい、離れんか!! 学生の内の交際は清く正しくからだろう!」
「古い……」
つづりちゃんの呆れたような声を聞きながら、僕はようやくかなでの背中から飛び降りる。別にかなでとはそんなんじゃないんだけどな。幼なじみなんだし。ありえないよ。
「えっと、ひびきくんはどうしてここに?」
気を取り直して聞いてみると、彼は鼻をひとつフンとならして腕を組んだ。
「知れたこと。こうして新入生が羽目を外していないかどうか街を見回っているのだ。案の定貴様らのようなヤツらが居たわけだがな」
「別にアタシたちは悪いことしてないわよ。ただ歩いてただけだし。ねー」
「ねー。あ、ひびきくんも良かったら一緒にどう?」
「んなっ!?」
またもフシギな動きで固まるひびきくんだったけど、一瞬後には普段の冷静さを取り戻そうとしているように咳払いを一つした。
「良いだろう。そこのピンクのクラゲ男の監視も含めて同行させてもらおうか」
「ピンク? クラゲ? どこ?」
「貴様のことだ!」
わざとらしく辺りを探しはじめるかなでを見て僕も納得してしまった。ピンクのクラゲか……的を射ているかもしれない。
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