第2話
(なに? 大人しく聞いてなきゃダメだよ)
たしなめながらも指さす先を見ると、見覚えのある後ろ姿があった。あれ、さっき曲がり角で衝突しちゃった黒髪の男の子だ。
(新入生だったんだ)
(運命のカレシと再会。次のセリフは「あーっ、アンタ今朝の!」「げっ、縞パン女!」「ちょっとどこ見てたのサイッテー!」だな)
(何を期待してるんだよキミは……)
呆れていると、その彼がいきなり立ち上がり歩き出した。そのままスタスタと壇上へと登る。
『続きまして新入生代表挨拶、叶江(かなえ)ひびき』
「はい」
そして実に立派な挨拶を始める。はぇぇすごいなぁ、たしかあの挨拶って、入学試験トップの人がやるんだよね。
「頭いいんだ、ひびき君かぁ」
「カナエ家の御曹司じゃない。アタシたちと同期だったのね」
いきなり横から聞こえてきた声に振り向く。緩やかにウェーブしたオレンジ髪の女の子がそこにいた。彼女は腰まで伸びたその髪を払いながら、こちらの視線に気がついて微笑んだ。
「アタシ『つづり』っていうの、アナタは?」
「あっ、僕つむぎ」
つづりちゃんと言うらしいそのコは、藍色の瞳をまるで猫のようにニイッと細めて手を差し出してきた。
「よろしく」
「う、うんっ」
だがその手を取る寸前、背後からバッとのしかかってきた何かに押しつぶされる。
「ぐっ!」
「オレはねーオレはねー、リアアンダースポイラーマークツーセカンドシュトロハイム二世! よろしく!」
シュトロハイム二世はぼくの手ごと、つづりちゃんとブンブン握手する。コイツはっ……!
「おっ、もい!」
「えー、オレスマートだしぃ。つむぎの鍛え方が足りないんじゃない?」
「ヒョロ長いだけだろキミは!」
その時、しびれを切らしたらしい壇上のひびき君が挨拶文を読み上げるのを中断してダンッと足を踏み鳴らす。
『うるさいぞそこ! 厳粛な入学式をなんだと思ってる!』
「えー、だって長いんだもん、テンプレ文すぎてオレ飽きた」
「あぁそれは一理あるわね、さすが優等生サマは違うわ」
『なんっ……きーさーまーらぁぁあ!!』
「あわわわわっ」
爆笑の渦に包まれる会場と怒りでプルプル震え出すひびき君。なんでこんなことに……
「頼むから、おとなしく入学しようよーっ!!」
僕の心からの叫びは、みんなの笑いの中で虚しくかき消されていった。
***
「はぁ、なんかすっごい疲れた」
入学式がようやく終わり、教室に移動した僕は机に突っ伏してぐったりしていた。
「そう? アタシは楽しめたけどね」
「つづりちゃぁぁん」
横で鼻ちょうちん出して眠り始めたかなでを叩いて起こそうとした時、ガラッと扉が開いて女の人が一人入ってきた。
「さぁ、みんなそろってるかしら? これから入学に際しての詳しい説明をするわよー」
それは講堂でニキ校長を止めてくれた内の一人だった。茶色の髪を後ろでひとくくりにし、スタイルのいい体を和風な服で包んでいる。
「今日からこのクラスを担当するヒノエよ、よろしくね」
先生がくるりと手を返すと、その手から水しぶきが散り、あたりにキラキラとした涼しげな光景がひろがった。クラスのみんなの間から驚きの声が漏れる。
「アナタたちもすぐにこのくらいのことはできるようになるわ。そのためにはまじめに取り組むことが必要だけどね。それじゃあこれからこの学校で学んでいくために、一番重要なものを配るわ」
先生はそういって、横に積んであったケースの中から、白い箱を取り出した。前から順番にまわってきたそれは指でつまめる程度の紅い宝珠で、手にとると適度な重みが伝わってきた。
「それはキーアークと言って、このニキ魔導学校に所属している生徒の証。いわば校章ね。再発行は手間がかかるから失くすんじゃないわよ」
先生は自分の胸元から似たような宝珠を取り出し(ただしこちらは透明)ひとなでした。
「出席はすべてこれを私のキーアークにかざすことにより認証されるし、あなたたちがこれから暮らすことになる寮の部屋の鍵にもなります。他にも色々使うから、いつどんな時でも肌身離さず持っているように」
ずいぶん便利なものがあるんだなぁ、これも魔法で作られてるのかな? キラキラと輝く細かい粒子が中で踊っているところをみると、魔力が働いているみたいだけど……。
「それじゃあ、みんな。用意してきた書類を出してちょうだい」
ヒノエ先生の指示通りに、僕たちは入学書類一式を机の上に出す。そして並べた紙の上に今貰ったキーアークをすべらせると――
「わ、わ、わ!」
ぺりぺりと書類から文字がはがれ、吸い込まれるように宝珠の中へと入っていった。覗き込むと自分の名前が一瞬中に浮かび上がり消える。
「はい、これで個人登録は終了。簡単でしょ?」
うん、なんだかずっと持ってたみたいにしっくり来る。これから長く使うものだから大切にしなくちゃ。
「それでは続いて今後の授業のことについてだけど――」
***
「はぁぁ~、やーっと終わったね」
一通りの説明が終わり、教科書の山を目の前にして僕は思いっきり伸びをする。あぁ新しい本って良いな、早く勉強したいよ。
「だーるーいーなー、こんな知識詰め込まなくたって良くない?」
反対にげっそりとした顔で机にもたれかかっているかなで。コイツはまったく……
「もう、何のために入ったんだ。しっかり勉強しなよ、僕は面倒みないからね」
「いやっ、外道! 無責任! おにちく!」
「おにちくって何さ、鬼畜でしょ――って誰が鬼だ!」
そんな感じでぎゃーぎゃー騒いでいたのがまずかった。教室の前の方からある人物が寄ってきて、気づくと僕の前にスッと立っていた。長い黒髪に同系色のまっすぐな瞳。どこかえらそうに腕を組むその人物は、
「貴様ら、何をサルのように騒いでいるのだ」
「いっ!? ひびき……君」
つい数時間前、騒ぐ僕らをどなりつけた新入生代表のひびき君だった。え、ここに居るってことは
「まさか、同じクラス?」
「なんだ、不満でもあるのか」
「いやっ、ないない……ないよ」
「……その妙な間はなんだ」
ううう~よりによって同じクラスだなんて。また叱られるかと縮こまっていると、横からつづりちゃんが不機嫌そうな声を出す。
「それで、アタシたちに何か用?」
「フン、入学式で騒ぐようなヤツらがどんなツラをしているのかと興味がわいたものでな。予想通りにブ厚いようだ」
「恥ずかしげもなく、入学式で説教たれるような人には言われたくないわね」
相性が悪いのか、二人の間を冷たい空気が流れ出す。それに挟まれた僕はただひたすら汗を流すばかりだった。
「ふ、二人とも仲良くしようよ、せっかくのクラスメイトなんだから」
「つむぎ、アンタお人よしにもほどがあるわよ」
「クラスメイトだからといって仲良くしなければいけない決まりでもあるというのか?」
ひぃぃ~! なんで矛先がこっちに!
「なぁ、すっごく大変なことに気づいた」
場の空気を読んでか読まずしてか、僕の隣に座っていたかなでがツンツンと袖をひっぱってくる。なんだよっ、この非常事態に――
「そろそろ夕飯の時間じゃね。やべぇ! 早くしないと食いっぱぐれるぜ!」
「ちょ、引っ張るな」
あ、でも。
「それもそうだよ! ほら、二人とも食堂に行こう? ケンカはお腹がいっぱいになってからでも遅くないでしょ!」
そうだよ、もしかしたらこの二人も、空腹だからこんなにケンカ腰になってるだけかもしれないしね。
そういうと、急に毒気を抜かれたような顔をするつづりちゃんとひびきくん。よしよし、それじゃあ
「食堂へゴー!」
***
その後、なんとなくウヤムヤになった二人のケンカも、ご飯を終えるころにはすっかり消えていていた。
「えっ、相部屋?」
「そうよ、知っててアタシのそばに居たんじゃないの?」
驚くことに、僕とつづりちゃんはルームメイトだったようだ。そっか、名前順だと確かに「つづり」のあとは「つむぎ」だ。
僕とつづりちゃんは、寮の自分達の部屋の前でドキドキしながらキーアークを取り出した。
「キレイな部屋だといいね」
「そうね、これから三年間生活するところだからね」
ちょっぴり古めかしい茶色のドアにキーアークをかざすと、スゥと表面に銀色の光が走った。そしてカチリと音がして鍵が開く。軽くきしむドアを押して入った僕たちを、すばらしい光景が待っていた。
「わぁ……」
真正面に大きくとられた窓から大きな湖が見える。ちょうど夕暮れ時の湖は、水色とピンクがまじりあうような空の色を映していてとても幻想的だった。表面にふわふわと漂っている金色の光は、湖の周囲に生えている星屑草からあふれ出た魔力胞子だろうか。
「ふぅん、なかなか良い部屋じゃない、ちょっとオンボロみたいだけど……ね!」
バキ! と、建てつけが悪いシャワールームへの扉を開けたつづりちゃんは、中を確認して一言
「シャワーしかないわ」
「お風呂はみんな共同でおっきいのが下にあるみたいだよ」
ロフトに駆け上った僕はそう言いながら中に転がり込んだ。確かにオンボロだけど、僕はこの部屋が気にいった。頑丈だし何よりこれまで何人もの生徒を受け入れてきた暖かみのような物があったんだ。
ゴロンと向かいのロフトに横になったつづりちゃんは、目をつむったまま半分眠そうな声で言う。
「荷解きは明日で良いわねー、新入生は準備で丸一日休みみたいだし」
「僕、ほとんど荷物ないや。自宅がすぐそこだし」
「あぁ、地元進学組だっけ」
そのまましばらく他愛もない話をしていたのだけど、うとうとし始めたつづりちゃんがこんなことを問いかける。
「ねぇ、つむぎはどうして魔導師になりたいと思ったの?」
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