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紗雪ロカ@「失格聖女」コミカライズ連載中

魔導学校へようこそ!~いかにして四人は出会ったか~

第1話

 遠い音楽が聞こえる。


 ずぅっと昔に聞いた、優しい歌だ。まだお父さんもお母さんも側にいて、何一つ不安なことなんてなかったあの頃の――

「……朝?」

 チチチと鳴く小鳥の声が窓の外から聞こえ、僕はゆっくりと体を起こした。まだ半分夢見心地のままの頬を、涙が伝う。

 シャッと黄色いチェックのカーテンを引くと、白い街並みが飛び込んできた。輝くような朝の空気の中、扇状に広がった家々が朝日を反射してきらめいている。

 その中でも特に目を引くのが、この街の中心にそびえる大きな建物――今日から通うことになる魔導学校だ。

 まるでお城のように湖のふちにそびえたつ学校のてっぺんには、大きな鐘が吊り下げられ左右にゆうらり振られて街中に朝を告げている。


 そして同時に僕の遅刻も告げているのだった。


 しばらくベッドの上でぼんやりとしていたけど、外から響くソウゴンな鐘の音に、ひっぱたかれたように意識を戻す。

「う、わっ、寝坊!」

 慌ててベッドを飛び降りて、パジャマを脱いで服に着替え始める。

 鏡の前にたち、あっちこっちに跳ねている金色の髪をムリヤリなでつけ、赤いヘッドホンをガポッとはめる。最後に青い目に目やにがついてないか確認してニッと笑った。うん! これでよしっ

 年頃のオンナノコの支度がわずか三分で済んでしまうのはちょっとばかり首をひねるところだけど……とにかく今は遅刻しないことが第一だっ! 緑のナナメ掛けカバンの中に必要書類をつめこんで、僕は元気よく家を飛び出した。

「いってきまーす!!」


*episode.1

『魔導学校へようこそ!~いかにして四人は出会ったか~』


 ところが、庭を出るか出ないかというところで動きを止める。ぴりりと肌を刺すような空気。第六感とでも言うのか、僕は直感だけで一歩を踏み出すのをためらった。間髪入れず元凶が飛来する。

「つむぎ――っ!!」

 街中に響き渡るんじゃないかってくらいの大声を耳に勢いよく振り仰ぐ。

 眩しい朝日をバックに飛び降りてきた「そいつ」をすんでのところでかわし、そこらへんに飾ってあった鉢植えを両手でつかんで投げつける。ドゴォッとかそんな感じの音をたてて、鉢植えは見事ピンクの髪の男をしとめていた。僕はその地面にキスをした人物に上から思いっきり怒声を浴びせる。

「こらぁかなで! いい加減出がけに襲ってくるのを止めろってば! 毎朝生きた心地がしないんだから!」

 倒れ込んでいたそいつは、ブザマに倒れた体勢から無駄なほど優雅に身を起こした。……頭に鉢植えを乗せたまま。

 ピンク色の髪が完全に目を覆い隠し、ニヤニヤと笑う口元が実に腹立たしいコイツは「かなで」。なんの因果か昔から僕に付きまとう変な男の子、だ。ちなみに付きまとうと言う意味に恋愛的な意味は微塵も含まれていない。どういうことかと言うと――

「勝負だ!」

 こちらに指をビシッとつきたて言うかなでに、ガクリと肩を落としてため息をひとつ。そう、コイツは何かとあるとすぐに勝負だバトルだと絡んでくるのだ。一方的なライバルというのか、とにかく今の僕にとっては邪魔者以外の何者でもなかった。できるだけ軽くあしらってしまおうと、手をヒラヒラと振りながら追い払う。

「悪いけどそんなヒマないよ。これから入学式なんだから」

「?」

 きょとんとした顔のかなでは、少ししてポンと手を叩いた。

「そうだったそうだった、よし行こう」

「へっ?」

 襟元を掴まれ、まるで猫のように移動させられながら僕はわめいた。

「ちょ、ちょっと何いってるんだよ!どーしてキミが僕の入学式についてくるワケ!?」

 その大声に近所の商店街のおじさんおばさんたちが何事かと振り返る。けれども次のかなでのセリフでそんなことも全部吹き飛んでしまった。

「あれ、言ってなかったっけ。オレも今日からピカピカの一年生、つむぎと一緒のとこ通うんだよー」

「……はっ?」

 僕と一緒ってことは、魔導学校?

「なにそれ聞いてない!」

「言ってなかったし~、ねね、ビックリした? いえーサプライズだいせーこー」

 クラリとするのをなんとか堪える。ダンッと踏み込んだ僕はまだ信じられないまま詰問した。

「いつ受けたの!? ホントに合格したの!?」

「いやぁねぇ、この通り受かってるザマス」

 ぺろんと目の前に出されたのは合格通知。まぎれもなくホンモノだとわかるのは僕も同じものを持っているから。

「う、うそだ悪夢だ! やっとキミから離れられると思ったのに何やってんだよーっ」

「ふははは、オレから逃れられると思ったら大間違いなんだぜ」

 信じらんないっ、僕が入学試験受けるって言ったときもそ知らぬ顔して「ふーん、頑張ってね」とか言ってたクセに!

 ここでハッとした僕は通りの時計を見る。その長針が指している数字に再度悲鳴をあげた。

「遅刻だぁーっ!!」


***


 かなでを伴って全力疾走した僕は、校門を駆け抜ける。

「ひぃぃーっ、もう誰もいない!」

 ガランとした校庭は桜の花びらだけがヒラヒラと舞っていた。後ろから名推理!と言わんばかりのドヤ声が飛んでくる。

「わかった、日付を間違えたんだな!」

「んなわけあるかぁっ!」

 僕がどれだけこの日を指折り数えたと思ってんのっ 『ニキ魔導学校入学式』って看板も出てたし!

「きっと講堂だよ、こっち!」

 おっきな建物を目指し走り出した僕は曲がり角をコーナリングする。と――


 ドンッ


「うわっ!」

「おっと」

 何か黒いものにぶつかり跳ね返る。後ろにいたかなでにポスッと受け止められた僕は鼻をさすりながら目を開けた。

「いたた……何?」

 そこには長い黒髪が印象的な男の子が居た。まっすぐな黒い瞳が僕らを見てすぅっと細められる。

「貴様ら、新入生か?」

「えっと、そうだけど」

「ならばさっさと席に着くことだな」

 フンと鼻をならした男の子はくるっと反転して行ってしまった。残された僕はポカンと口を開けるしかできなかった。


***


「なんだったんだろう、さっきの人」

 ようやく講堂内に入ると、幸い式は始まっていなかった。空いてる場所を探してウロウロする。

「オレ知ってるよー」

「え、誰?」

 自信満々な声に思わず振り返ると、かなでは顎に手を添え妙にシリアスな声を出した。

「入学式の日、曲がり角で衝突したとなると」

「と、なると……?」

 雰囲気に乗せられゴクリと息を呑む。ここでパッと笑った幼なじみはビシッと指をこちらに突き立てた。

「彼はズバリ運命の人だ! おめでとうつむぎ、ベタだな!」

「……ベタだね」

 きっと上級生とかだったんだろう。うん、なんか雰囲気もそれっぽかったし。

「それにしても騒がしいというか何というか」

 そういって辺りを見渡す。ザワついた講堂はキチンと座ってる人の方が少なくて、そこかしこで花火のようなものが打ち上がってたり爆発音のようなものが響いていた。っていうか、さっきから気になってたんだけど全身がズブ濡れだったり、泡吹いてぶっ倒れてる人が居るのはなんで?


「てめぇコラ何しやがるっ!」

「うるさいわねっ、さきに仕掛けてきたのはそっちでしょ!?」

「ふむ、効果はこんなものかしら。あっ、そこの素敵に頑丈そうなお兄さんっ、わたくしの実験薬――でなくサプリメントを試してみません?」

「いや、あの、後ろの人泡ふいてるんだけど……」

「敵はどこだー!俺様の相手になりそうなヤツはどこにいるー!!」

「呪う……この場にいるもの全部のろってやるわ……ふふ、ふふふふふ」

「ねー、王都の騎士団面接会場ってここで合ってるの?」

「いやぁぁぁいじめないでぇぇぇ!!」


「……」

「すげぇ、オレも暴れていいかな?」

「絶対ダメ! 初日から騒動おこしてどーすんの!」

 目を輝かせる(長い前髪のせいで見えないけど)かなでに、しっかりとクギを刺す。と、その時


 ――やっ、かましいわぁぁぁぁ!!


 キィィィンとハウリングが起こり、みんながシン……と静まり返る。段上を見上げるとちっちゃな女の子が音声拡声魔導器(マイク)を片手にピョンピョン跳ねていた。薄紫色の髪がそれに合わせて生き物のようにうねる。

『なんじゃ今年の新入生は! 秩序というものがまるでなっとらんではないか! そんなんで一人前の魔導師になれるとおもっとるのかー!!』

 ここでゴホンと咳払いした女の子は、腰に手をあててニヤッと笑った。

『まぁよい、待たせたワシも悪いからのう。それでは式を始めるぞい。ワシがこの魔導学校の校長、ニキ・インゴットである!』

 講堂は一瞬の沈黙のあと、大爆笑に包まれた。ぷっ、あはは、あんなちっちゃな女の子が校長先生?

『な、なんじゃ! なぜ笑う!』

「どこかの子がもぐりこんじゃったのかな? かわいいなぁ」

「いや、あれ校長先生でしょ」

「え?」

 真顔でしれっと言うかなでに笑いを止める。その言葉が正しいと知るのはその直後だった。

『きっさまらぁぁぁあ!! ワシの魔力を見抜けぬとは将来性がなさすぎる! よかろう、その身に刻むがよい!』

 天をピッと指した幼女は、その甘い声で凛々しく呪文を唱え出した。

『円環の理(ことわり)よ、全ての業を我は背負う、深淵(しんえん)の宵闇より来たれ――』

 彼女の指先にまがまがしい黒い魔力があつまり、さすがに新入生のみんなもヒッと息を呑んだ。な、なにあれ!?

「闇属性の強烈な爆破系魔導かな? くらったらひとたまりもないねー」

「のほほんと言うなーっ!」

 アハハ~なんて笑うかなでの言葉にみんながギョッとする。じょ、冗談じゃない!

『ふはは、今さら気づいたところで遅いわ! くらえっ、ダークプロミネン――』

 今まさに放とうとした瞬間、校長先生の背後に忍び寄っていた二つの影がそれを止めた。

「何をしてるんですかあなたは」

「ニキ校長! やめてください!」

 たぶん先生だと思われる一組の男女に諭されて校長先生はようやく我に返ったみたいだった。

『む、そうであったな。ワシとしたことが取り乱してしまった』

 みんながホーッと息をついたところで、ようやく式が開始されたのだった。


***


(ん? つむぎ、あれあれ)

 式の途中、何かに気づいたらしいかなでが僕の袖をちょんちょんと引っ張る。

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