夏空の下、君を思ふ ――春の夜
日差しが地面を焦がす夏の正午、近くの川で小中学生のはしゃぐ声が聞こえてくる。お昼ご飯も食べず、水遊びに夢中になる小中学生。それを日陰の石の上で僕と君は眺めていた。
「もうこんな季節か~、私たちもこんな時期があったんだね」
「こんな時期もあったってそんな前じゃないよ、たった二年前」
おばあさんみたいなことを言う君。それを訂正する僕。
でも思えば長かったかもしれない。君は二年前、急に遠くへと引っ越してしまった。中学生だった僕は追いかけることもできず、出発する君の顔をずっと眺めていた。それから一年、君は急に帰ってくる。
「ただいま」
「……おかえり?」
君が一週間こっちにいるというから僕はうれしくて仕方がなかった。
僕と君は去年みたいに水遊び。駄菓子屋でお菓子を買い、公園で食べる。毎日それの繰り返し。そして楽しかった一週間はすぐに終わり、また一年の別れが訪れる。
「ひさしぶりで楽しかったね、一週間」
「そう、だね。また来年も会える?」
「もちろん!来年もくるよ~。来年こそはかき氷食べたいな」
「……去年帰ったらかき氷食べようって言ってたもんね。それなら僕の家おいでよ、かき氷を作る機械があるよ」
「うん。いいもの持ってるね~、じゃあ来年は家に行こうかな」
そういって去年の彼女はまた遠い土地へと帰って行った。
それから一年、君は戻ってきた。
「やっほ、ただいま」
「おかえり」
去年と同じような言葉を交わし、僕と君は去年と同じような行動をする。小中学生に混じって川に飛び込み、泳ぐ。男子はパンツ一丁、女子もそれと変わらない姿になり、恥ずかしさなんて川に流して遊びまくる。遊びに遊んで 気が付いた時には午後5時、さすがにもう帰らないと今日の夜に間に合わなくなってしまう。今夜は僕たちの住む村の盆踊り大会だ。踊りに興味のない僕たちの目当ては屋台。金魚すくいや射的、輪投げやボーリングなどたくさんのゲームで遊べる。遊び疲れたら次はご飯!フランクフルトや焼きそば、からあげという豪華ラインナップ。僕たちの好きなもののオンパレード。こんなの行くしかない。
「君はどうする?盆踊りくる?」
「ううん、ごめん。夜は外に出られないんだ~」
「そっか……」
去年もこうやって盆踊り大会は断られた。盆踊りの屋台にはかき氷もあるのに何で来れないんだろう。二年前は引っ越しで食べられなくなり、去年は忘れてた。今年こそは盆踊りで一緒に食べられると思ったのに君は夜は外に出れないと言う。なんでだろう?僕は避けられているのかな。でもそれなら遊ぶこともしないよね。
僕は盆踊りが始まるまでそのことで頭がいっぱいになっていた。
夜8時、盆踊りが始まった。川で遊んでいたメンバーは君を残して全員集合、みんなで屋台を回る。
「何からやる?」
「俺おなかすいたから焼きそば食いたい」
「僕は何でも」
「私も何でもいいよ」
「じゃあ焼きそばな!」
焼きそばの屋台では大量の肉と野菜がいっぺんに焼き、そこに大量の麺をほぐしながら入れているあの子のお母さんの姿があった。
「いらっしゃい、4つでいいかしら」
「はい」
「じゃあ少し待ってね」
麺を焼いてソースをかけ、手慣れた動作で焦げないように炒める。香ばしい匂いが辺りに広がり、僕らは口から涎が垂れそうになるの我慢する。
「ほら、できたわ。熱いから気を付けてね」
「おばさんありがとー!」
「ふふ」
あの子のお母さんは目を細めてほほ笑んだ。
あの子のお母さんが作った焼きそばはどこで食べる焼きそばよりもおいしく、優しい味がした。何かお母さんの思いが詰まっている、そんな感じ。それを感じているのは僕だけのようで、ほかのみんなは
「おいしー!」
とか
「うまい!」
とかそんなことしか言ってない。僕だけにわかる味なんだろうか。僕が考えてるいるとリーダー格の子が立ち上がり、次に行くところを勝手に決める。
「次は射的だな」
「えーボーリングがいい」
「私はフランクフルト食べたい」
行きたいところはみんなバラバラで、それぞれが行きたいところを強く推す。
「お前はどこに行きたいんだよ」
リーダー格の人は突然僕に話を振ってきた。僕は特に行きたいところなんてない。でもそんなこと言ったらまた自分たちの行きたいところを推して終わらなくなる。
「じゃあ輪投げしようかな?」
「それはないわ~」
「ない」
「趣味悪いね」
まさか全否定を食らうとは思わなかった。こんな時に君がいてくれたらどんなに意見がまとまっていただろう。だって君はみんなのリーダーだったから。
リーダー格の子はリーダーのように振りまいてるけどあれは独裁者だ。あいつが焼きそば食べたいといえば焼きそば。射的をしたいといえばどんな意見が出たとしても最終的に射的にされてしまう。
「じゃあかき氷でどう?」
一人のメンバーの子が今までになかった案を出す。
「このまま続けても時間が過ぎるだけだしまずそこに行くか」
「賛成!」
かき氷か、僕は君と食べるって約束してるし今は食べなくていいかな……。
みんながおいしそうにかき氷を食べている中、僕は一人で家に帰っていた。やっぱり君がいないと盆踊り大会すらも楽しくない。君と一緒だから全部が楽しいんだ。だから僕は一人で帰った。寝ればすぐに明日が来る。そうすれば君にまた会えるから。
僕は家に着いてお風呂に入った後、すぐ眠りについた。
次の日、君は約束の場所に来なかった。その次の日もまたその次の日も。なんで来ないんだろう。僕は君の家を訪ねたが、君の写真以外には君がいなかった。お母さんはちょっと遠くに出かけているって言ってたけどどこまで行ったんだろう?駄菓子屋まで?それともあの川の上流?それとも村の外まで行っちゃったのかな。
僕は一日中君を探し回るが見つからない。
やがて日は暮れ、夜が訪れる。もう帰れないと親に怒られる。僕は家に帰り、眠りにつく。
「明日、いつものところで会おうね」
夢で君は言った。確か明日は君がこの村にいることができる最終日。最終日は会えるんだ。僕は夢の中で安堵のため息を漏らす。
そして朝、僕は家にあるかき氷を作る機械で二人分のかき氷を作り、それを両手に持って約束の場所へと向き合った。夏の日差しに氷は少しずつ溶け、氷だったモノがシロップと合わさって味付きの水を作り出す。
「やあ、ひさしぶりだね~」
「ひ、久しぶり……」
いつもの石の上で君はいつも通り僕を出迎えてくれた。
「君、なんで急にいなくなったの?」
「ちょっと遠くの人に呼び出しされてて~、えへへ」
「どれだけ心配したと思ってるの!」
「ごめんごめん、お詫びにこれあげるからさ~」
君は何かを僕に渡す。
「私の作った、私の付けてた髪飾り。男の子だからいらない?」
「そんなことないよ、ありがとう!お返しにこれ!家で作ってきたから食べよ」
僕は半分溶けたかき氷を君に手渡す。
「あのさ、私ここに来れるの今日で最後なんだ」
君はかき氷に手を付ける前に話始める。
「また来年でしょ?」
「違うの。今日で本当に最後なの。遠くの人がもうここには来ちゃいけないって」
「なんで……」
「だから、その髪飾りあげたの。私のお気に入りだからお別れの挨拶?かな」
「……」
「まあ、私ちょっと手がうまく動かせなくてさ~。かき氷食べさせてよ」
君はそう言って口を大きく開ける。こんな行為ほんとは恥ずかしくてできないけど会えるのが最後で、君の望みならやってあげるよ。
僕は持ってきたスプーンでかき氷をすくい、君の口の中に入れた。
そのかき氷はピシャッという音を立てながら石の上に落ちる。
「また、食べ逃したね……」
僕は君が座っていた石の前で、溶けたかき氷を二人分食べた。
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