第25話その魂は名脇役~モブについて


 その年に亡くなった親戚の二人のうちの一人は、大病を患った挙句の

死だった。

見舞いに行っても、人相がすっかり変わっていてこちらもつらい思いをした。


達也さん(仮名)は名門大学を出た秀才で、仕事こそ家業を継いでいたが、

本来ならば大企業でバリバリやっているタイプの人間だった。


流行に敏感で、少し前には料理とワインにはまり、ソムリエナイフを

欲しがっていた。後片付けはやらないらしいが。

一昨年のお盆の時には、ブログをやると言って、アナログ女性陣を相手に

滔々と語っていた。

一流企業に勤めて幹部に可愛がられている息子さんは自慢の種である。


明るい趣味人なのだけれど、私は彼の屈託のなさが苦手だった。

人生の暗さを知らないで生きてこれた人間に対しての、ただの引け目だ。


 達也さんの場合は亡くなった後は、一雄おじのように現れる気配は全く

なく、ユーダに言わせればおかしな位に、霊的な存在の痕跡も何も感じられ

なくなっていた。

皆悲しんでいたし、何かにつけて思い出したりしているし、こちらの世界

では確かに存在した証は多く残っているのに。


すると、ユーダの相棒の、龍のアーガイルが説明をしてくれた。

どうも達也さんは特殊な役割でこの世に生まれたようである。


 ある目的のために(修行という)この世に生まれてくる魂たちの他に、

それをサポートするために生まれてくる種類の魂がいるそうなのだ。

通称「モブ」と呼ばれている。


彼ら自身は今回は魂の修行ではなく、仕事として、生まれてきている。

ボランティアのようなものだが、対価は支払われる。ちなみに、希望者は

あちらの役所のような場所へ行けば、配属をしてもらえる仕組みになっている

らしい。

私のイメージでは、「ベテランの脇役俳優」のような感じである。

日本アカデミーを獲った笹野さんのような。


 当人は何度も生まれ変わってある程度のレベルを持っているのだろう。

一般的な「モブ」の意味の、「その他大勢」をカンペキに演じている

という事だ。

現世で必死に自分の修行をしている人々の間を埋め、必要に応じて彼らの

ために動く。


普通は「群衆」役が多いらしいが、たまに特殊能力があったり、モブと思えない

ほど存在感のあるモブもいたりするらしい。

「こちらの世界の職業の種類と同じくらいバラエティーに富んでいるんだ」と

アーガイル。

一つだけ明らかに違うのは、修行のために生まれてきた魂ではないことだという。

売れっ子のベテラン俳優。しかし、エキストラや脇役専門。

だから……


「だから、死んでもあちらの世界に戻っていく暇はないみたいだね。

どこかでもう、生まれ変わってると思うよ」

そのために、彼の気配を全く感じないのだ。


中間世で休む暇もない。何しろ売れっ子だから。

又、新しい肉体をまとって、現世という舞台のスポットライトを浴びに出てゆく。


 自分の人生の主役は自分なのかもしれないが、その周りにはこういう多くの

モブの協力があるのかもしれないのだ。

さながら、「初めてのおつかい」のように。


幼子たちが道で迷子になったときのように、修行中の魂が人生の岐路に立った時

抜群のタイミングでさりげなく登場して、思いもかけないところで彼らに

親切を施し、希望と夢を与える名もない通りすがりの人の役とか。


隠しカメラを抱えつつ、内心心配しながらも何食わぬ顔で横を通り過ぎる

番組スタッフのように、ほんとにただの通行人として通り過ぎるだけの役とか。

台本は無数にあるだろう。


 きっと達也さんは病みさらばえた体を捨てて、カチンコの音と共に、すでに

本番に入っているのだろう。

何しろ、売れっ子だからね。


奥さんに「あなたの愛した人は可愛い赤ちゃんになって、どこかで産声をあげて

いるかもしれませんよ。」

と言ってあげたいけれど、信じてもらえる自信は…無い。

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