第15話山菜ソムリエせつさん②三十二個目の世界
ある夜のこと。とっくに寝入っていると思ったユーダがとことこ起きだしてきて、
例によって私に語り始めた。
「せつさんが色々教えてくれたんだ。あの人のいた世界は僕たちのとは違っている
みたいだよ。」
せつさんがあの世へ行く前にいた世界。それは日本が外国に大昔から完全に支配
されている世界らしい。
私たちの世界の日本はよく、間接統治されているとか、当人たちには知らせずに
特別行政自治区になっているとか、○○幕府というのがあってとか、そんなよう
に言っている人もいるけれど、そんな裏的なものではなくて、カンペキに植民地
だったそうである。
とても、治安が悪く、先がとがっていたり刃渡りの長い包丁の販売が出来ないほど
に傷害事件が多かった。
せつさんは若いころに軍需工場で働いていたらしい。ある時帰り道で賊に襲われ
かけ、怪我をした。それを助けたのが、過去生でその世界に存在していたユーダ
だった。
ユーダも同じ工場で働いていて、時々皆に差し入れをしたりする仲だったという。
せつさんから「あの時は本当にお世話になりました」と言われたが、生まれ変わりの
中学生ユーダにその記憶はなく、戸惑うばかりだ。
過去生のユーダはそれがきっかけでせつさんと付き合うようになり、やがて結婚した。
お店を一軒切り盛りしつつ、ささやかながら幸せに暮らしていたらしい。
世間的にはあちこちで争いがおき、ゲリラ活動が行われていたようだ。
荒れ果てた地上を嫌うお金持ちが飛行船を作って、そこで食料の自給もやろうとして、失敗したらしい。土は重いからということで、そんなに科学技術は進んでいな
かったということだね。
後からユーダに通訳してもらって質問した。統治機関はあるらしいが、仕組みなど
詳しくはわからないという。
九州の南半分は砂漠であり、日本の地球上での位置も少し違っている。
気候も違うらしい。金雲高原という山菜のとれる地域の話を聞いた。
この世界と同じように、北海道、本州、四国、九州、沖縄は存在している。
しかし、首都の名は聞いたことのない名前だった。
歴史上有名なある人物(教科書にのっている誰でも知っている戦国時代の…)
の、名字と同じである。
「ハシバ」秀吉の名字である。「羽柴」。
社会好きのユーダが言う。
「つまり、秀吉は統一はしなかった。将軍にもならなかった。羽柴のまま。」
せつさんやほかのガイドたちの話を総合すると、こうなる。
京の町は焼かれてしまっている。「さびれ京」となった後、「羽柴」と呼ばれる
ようになった。羽柴秀吉が領主になったのかもしれない。
源氏と平氏が天皇家を滅ぼしてしまうタイムライン。
戦国時代が二百年近く続くという大惨事になった。源氏も平氏も争いの中で
消滅していった。
本能寺の変はない。織田信長は外国勢を利用して勢力を拡大しようとして、
海外行きの途上で暗殺された。明智光秀は重臣のまま、反旗を翻す事はなかった。
江戸時代が存在しない、文化のレベルがあまり高くない哀しい日本の姿である。
その後、バラバラのまま、他国に占領されて無理に一つに括られた。当然、反乱も
起きるし、治安も悪くなる・・・というわけである。
せつさんとユーダのお店は、山菜料理が名物のよく流行っているお店だったらしい
が、ユーダとは早くに病気で死に別れた。そして、せつさんもゲリラに店を襲撃され、
命を落としたらしい。そして・・・
あの世のせつさんは「キャラバン」と呼ばれる集団に入って、あちこち放浪した。
悪魔に襲われたりして怖い思いもしたという。
このキャラバンでよその世界へ行けるのかと思いきや、そうではないらしく、
おそらく、中間世にいるときにキャラバンに所属して、パラレルワールドに
行って探索しては戻ってきてを繰り返していたのだろう。
せつさんは色々なパラレルワールドを渡り歩いた。天皇家がもうすでに
存在しない世界が他にもあったそうで、その世界にはパラレルのユーダもおらず、
インド辺りに出口があったので、さっさと出てきたそうだ。
彼女たちは体を持たないので、疾風のように移動でき、どこへでも一っ跳びである。
私たちの世界へ来てからも、旅行に行くのもあっという間に跳んでいくようで、
いいなあと思う。
せつさんが放浪していた目的はたった一つ。ユーダに会うため。
この世界にいるこの物語に登場するユーダのところへ行くためである。
他のパラレルワールドにいるユーダでは駄目なのだ。
パラレルでは、様々なことがすこしずつ違う人物がパラレルの数だけ存在する
らしい。設定は似ていても、それは違う魂。
せつさんは自分と暮らした「あのユーダ」の魂でないと嫌だった。
あの魂でないと駄目だった。
そして、彷徨ううちに。ヒーローと「力の魔神」との戦いで偶然開いてしまった
空間の裂け目に遭遇し、そこから飛び込んだら・・・懐かしいユーダが若返って
存在していたというわけである。(私はここは偶然ではないと思っている。
何かの力が働いてせつさんは呼び寄せられたのではないかと。)
今までに三十一個の世界を放浪したと言っていた。
私は真っ先に言った。「いずれ、大人になったらユーダは結婚するよ。他の人と。
それでもいいの?」
すると、「そういうところはおばあちゃんみたいな気持ちになってるから大丈夫
なんだって」とユーダ。
枯れているということなのだろうか。あの世の存在になると人情のドロドロも
浄化されるのかな。
子供や将来の奥さんに生まれ変わりを希望したらと思ったが、思うところに
生まれるには何百年も待たなければならないのだと言っていた。
でも、きっと。
ユーダが年を取って死んでしまったら、今度こそ、一緒にどこかの世界へ旅立つ
つもりなんだろうと思う。
その時を夢見て、パラレルワールドを31個も探し続けたんだ。
そして、これからもまた、何十年も待っているつもりなんだ。
この文章を書いて整理しながら思う。
授業参観に行っても、どちらかというと教室ではおとなしく目立たないユーダ。
実は私が思っているよりも多くの存在に愛されているんだよね。
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