第8話 お化けの入り口
私、冴月(さえつき)はユーダのような霊感は持っていないはず
だったのだが、よく考えてみると、目に見えない気配のよう
なものに対する感度はいいようである。
ユーダが中学校に上がる直前くらい。そのころユーダはまだ龍のガイド
「ドラコ」のことも何も私には教えてくれていない。
ある時から突然に、家の中にいくつかの「何か」がいる気配が
存在するようになった。相当にリアルで、トイレに入るとトイレ
のドアの向こう側に、誰がが入りたくて実際に待っているかの
ような気配である。(幽霊はトイレは行かないとは思うけど。)
一つではないいくつか。時々、体の一部にぞわぞわと悪寒が走る。
それに、触れられているかのような。
現実感のある何かの気配が、家の中をうろうろしているので、
まず自分の目が信じられなくなった。
目視では何もいないのに、その奥に気配だけが蠢いている。
視界から外れたところに、真後ろや少し離れた場所に無言で何かが
立っている。ユーダも何かいると言っていたが、詳しくは語らなか
った。
疲れやすくなり、うたたねをした後、洗面所で鏡を見て、ぞっとする。
見た目には元気がなく顔色が悪いくらいだが、第六感的には明らかに
何者かの影が重なるのだ。
土臭く、人ではないもの。
雨風に晒され荒れ果てた墓場が頭に浮かんだ。
夜も当然眠れないが、ただ、こういうときにはラジオを聞くという
ウラワザがある。
心が体を離れて飛んでゆきそうに不安定なときは、他愛のない内容の
ラジオを聞くといい。電波の作用か何かですうっとありがちな日常に
戻れたりする。良いことかどうかわからないけれどね。
自分の中の深いところへ降りて行くチャンスを潰している場合もある
かもしれない。
しばらくの間、夜はラジオをつけっぱなしで寝られたら寝るという
生活を過ごした。
今ならわかるのだが、祓うとかなんとかそれなりの対処の方法がある
はずなのに、その時は全く思い浮かばず、ただ耐えているだけ。
消耗して、いい加減限界にきて、原因を探ることにした。まず家族は
みな元気そうで、そちらに問題があったとは思えない。
必死で原因探しをした結果、ある事に気づいた。
気配が現れた時期が図書館で本を借りてきた時期とぴったりあっている。
借りてきた本の中に短編集があった。長編よりも読みやすいかと思い
手に取ったのだけど、よく見ると怪談話の本である。
あまり好みじゃないはずなのにな。
しかも、その本の表紙は骨董品のように古い重厚な戸棚の写真。
これか……ピンとくる。ここから出てきたな。
おかしな話だけどそう感じたんだからしょうがない。気になる部分
から処理していかないと。
図書館に返却するまで、私自身から本を遠ざけることにした。
そうしてようやく、お祓いをすることに意識が向いた。
塩で自分と家の中を祓うと、嫌な気配は全部あっと言う間に消失した。
(窓を開けるのを忘れずに。)
御祓いのことに気づかなかった辺り、きゃつらの仕業かもしれない。
本をさっさと返却し、すっきりさわやかな何事もない日常がもどって
きた。
それからだいぶ経って、ユーダがふと教えてくれた。
「あの時はね、小さいのっぺらぼうと、小さいろくろ首と、小さい唐傘
おばけと、青白い人魂がいたんだよ。
ママが怖がるたびに面白がってケラケラ笑っていた。
絵にかいたようなお化けで、ぼくが今いつも見る映像とは質が違っていた
から、きっとあの本から出てきたんだと思う。
表紙の写真か戸棚に術みたいなものがかかってたんじゃないかなあ。」
早く言ってよ。
余計に怖がらせると思ったか、信じてもらえないと思ったかだろうけれど。
それにしても、あれだけの本がある図書館で、よくもまあ、一冊だけの
そういう本を選んだものだ。
自分にあきれる話である。
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