LASTArk 13

違和感に気付き、足を止め早数分が経過した。

ユースは気づけばただ一人で走っていた。

いたはずのスバルの姿が消えたのだった。

「…しくったな」

バラバラに引き離されてしまったようだ。

ユースは場所を知るべく、なにか手がかりを探し当たりを少しばかり捜索していた。

以前もこんなことがあったような、という思考はとりあえず放置した。

しかし、さっきまで視界を薄く覆っていた煙はおろか、焦げた臭い、生き物が行来する音、気配すらも感じとれなかった。

ハッキリとした場所はわからないままだが、かなり遠くまで引き離されてしまったことだけはわかった。

まあ、スバルのことだ。あいつなら一人になってもどうにかなるだろう、と、ひとまず客観的に済ませておいた。

ただ、森には他にもメンバーがいる。

万が一他のところでも同じようなことが起こっていたとしたら?

ユースの頭にすぐにメンバーの顔が頭に浮かぶ。

ユースのなかで事が悪くなっていた。

昔から万が一を考えるようにと教え込まれていたせいか、なにか起こるとだいたい悪い方に持っていく癖がついてしまった。

近くにあった小さな岩にどっかりと腰をかけて、ユースは小さくため息をついた。

方角を一応確認したものの、先ほどの件で元いた位置の方角がわからなくなってしまったので意味がない。

魔法がうまく使えたら前も今も苦労していない。

「どうしたもんか……なんにもないし」

ユースは突っ立って頭を捻った。

むやみやたらに探し回っても体力を消耗するだけだが、この前まで暫く動けずにいたのにもかかわらず、また動かずにいるのも気が引ける。メンバーも探す余裕があると思えない。

今はとりあえずなにか手がかりを探す他ないのだ。

仕方ないと一息ついて、ユースはおもむろに立ちあがり近くにあった枝を拾い上げた。

そして、軽く放り投げると見事な起動を描いて枝は地面にポトリと落ちた。

「こっちか」

ユースは枝の先の方向をみてポツリとそれだけ呟いた。

ユースはこれを完全に頼るほど馬鹿ではないが頭がそんなに切れる訳でもない。どっちかと言えば頭はよくない方だと自分で考えていた。

考えてもわからないなら己の勘に頼るしかないだろう。だいたいいつもそうしてきた。

ユースはただ、その枝の指し示した方向に一人で歩いていった。

***

どれだけ歩いただろうか。考えもせずにただ、枝の示した方向に委ねて進んでいるのでどのくらい歩いたかは判断しかねない。

相変わらず辺りは静かなままだ。

あえて、所々に痕跡を残すように歩きながらユースもまた、手がかりを探し続けていた。

しかし、これといった収穫は今のところなにもない。

そうとなると、もしかしたらユースが思っているよりもさらにはるか遠くに飛ばされてしまっている可能性が出てきた。それだけ遠いとなると、今回の作戦の予定行動範囲から外れてしまっているかもしれない。

せっかく残してきた手がかりも、見つけてもらえるかどうかも怪しいところだ。

ユースは軽くため息をついた。

先に一度森の外を目指してしまった方がいいのか。それとも方向を変えてまた、しばらく歩いてみるか。

どうしようかと、自分の頭の中で考えがぐるぐると駆け巡っている。

「方向を変えてみるか、あるいは………ん?」

ユースはまた方向を決めるために何気なく拾った枝の横に足跡があるのを見つけた。

近寄って見てみると、まだ比較的新しく形がほとんど崩れていないことから、今日のうちにつけられたものだと考えられる。

他のメンバーの足跡かもしれないと、細かく観察を始めた。

「少し小さめだな……と、なると」

小さめの足跡ということでだいたいの持ち主の検討を絞る。

だが、ここまで来てとあることに気づいた。

「足跡がこれしかない」

今回メンバーは二人一組で動いているはずだ。だとすれば人一人分の足跡があればその近くに別の人物の足跡があることになる。他にもユースのようにはぐれてしまっている可能性はあるかもしれないが確率は低いと思われる。

人の歩き方というものは決して同じ形は存在せず足跡もそれに然り、全く同じものは存在しない。

たとえにたような大きさが混在していてもその人物の歩き方の特徴を反映するため、足跡でそこにどれだけの人がいたのかわかるのだ。

ここにある足跡からしていたのは一人という結論にユースはたどり着いた。

だとしたら誰の足跡だ?

小さめの足跡ということで年齢はユース自身より下と断定はしてもいいだろう。

が、あの中で特に年齢が下の方であるカピラタやルアルにしては少し小さすぎる気もする。そうなればメンバーの誰かの足跡ではないのか。

いや、この小さな足跡の持ち主がこんな森の奥深くまで足を運ぶだろうか。

そうならばユースは1つ別の答えにたどり着く。

しかし、ユースはその答案を素直に飲み込むことができなかった。

これはあり得るのか?

正直、可能性があるのかないのかもわからない。この足跡の持ち主として除外して考えてもほとんど差し支えがないくらいだ。

さすがに少し考えすぎたかと、ユースはその考えを切り捨てようとしたとき。

ガサリと、後で草木が揺れる音がした。

身構え、すぐに音のした方向を睨み付ける。

「誰だ」

低く、ただそう呟いた。

またガサガサと茂みが大きく揺れ、音の正体が現れた。

だが、茂みから出てきたのはユースの予想とは大きく外れていた。

ユースから少し離れた所に、若草色の髪を左右に二つに結んだ小柄な少女がそこに立たずんでいた。

「…エル?」

あっけにとられ、ユースは少女の名前を思わず口にした。

「ユース…だよね……?」

少し間を開けてエルは戸惑ったように口を開いた。

久しく顔を会わせていないため、互いにまだ確証が持てていなかった。

「そうだ、俺だ。……で、お前はエルであっているんだな?」

構えをやめ、まずユースユースからエルに問いかけた。エルはそうだよ、というかのようにして首を縦にブンブンとふった。

「無事だったか。けど、なんでこんなとこにいるんだ?」

「あ、あのね!ここからちょっといった所に廃墟があってね……そこが、その、敵のアジトなんだけど………」

エルは、詰まりながらもさらに話を話を続けた。

「そこから隙をみて逃げてきたの!……けど、なにも考えずに、逃げるだけを考えて飛び出して来ちゃって……どっちにいけばいいかもわからないし追っても来てるかもわからなくて……それで………隠れてたら足音が聞こえて……」

エルは話を進めるに連れて俯いていき、声も小さくなっていった。

「それで茂みから出てきたんだな」

エルは俯いたまま頷いた。

エルが自力で逃げ出してきて、ユースの所にたどり着いた。

これは思わぬ収穫でもあるが、エルの話を聞くと本当になにも考えずに飛び出して来たのだろう。

追手がいないことはほぼないだろう。ほどなくすればエルが残した痕跡を頼りに見つかってしまう。それより追っ手がどれだけいるかもわからないのだ。前の事があり、あのグループの犯罪者たちは一人で相手しようとすればかなりの苦戦を強いられる。

最悪の場合、自分は殺されエルを連れていかれることもあるだろう。

苦戦が予想される戦闘はなるべく避けて逃げるべし。逃げるのも一つの戦法だ。

無理に戦おうとせず、エルを連れて他のメンバーの所へ向かうか森の外を目指す。これが最善とユースは考えた。

「エル、このままここにいても追手に見つかるだけだ」

ユースはエルに今からの経緯を手短に話した。エルは悲しそうな、戸惑ったような顔をしてたただ聴いているだけだった。

「とにかくここを離れよう。話は後で十分だ」

ユースがエルにいうとエルは表情は戸惑ったままであったが頷いた。

それを見るとユースはエルの後ろの方向を見回した。

人気はなく、ただ木々が薄暗く広がっていた。

今度は自身の後ろの方向を見回し、誰もいないことを確認し歩き出そうとしたとき。

後方から薄く風が流れるのを感じた。

ユースが何事かと後ろを振り返ると、ナイフが目の前に迫ってきているのを捉えた。

既の事でナイフを槍で弾き飛ばした。カキンと軽い金属音が響きナイフの刃がキラリと反射する。

「どういうつもりだ」

地面に落ちたナイフに目をやりそして、ナイフの持ち主であるエルを見た。

ナイフを覚束無い構えで構えるエルはただ何も言わずに目を反らすだけだった。

「まんまと図られたか」

ユースが呟くと同時に次のナイフが二本、ユースにめがけて放たれた。

一本は槍で弾き飛ばし、もう一本は地を蹴って飛んで避ける。が、それを読んだかのようにユースが落ちる地点を狙ってエルはナイフを放った。

ナイフがユースの髪を何本か切り裂き、ひらひらと舞う。

その髪を構うことなくユースはエルとの距離を詰めるが、エルはまたナイフを飛ばし牽制する。

ナイフを飛ばすためリーチが長く、速さに至っても身軽なエルにはかなわなかった。距離を詰めようにもナイフが飛んできてなかなか上手く行かない。

ユースはとりあえず後ろに飛び、エルとの距離を取ることにした。

ユースが引くとエルは攻撃を仕掛けてこなくなり、二人は膠着状態となった。

「なんで、攻めてこないんだ?」

聞いても答えるわけないだろうが、と思い口にした。

案の定、エルは様々な感情で歪んだ表情で黙ったままだった。

「俺を殺すつもりなら、そんなのじゃ殺せねぇぞ」

エルは一度驚いたように顔を上げた。その顔には悲しみの色も混じっていたがすぐに目をそらしてしまったためよくわからなかった。

そのエルの迷いをユースは見逃さなかった。

地を大きく蹴り、一気にエルとの距離を詰めた。

エルは咄嗟にナイフを飛ばしたが、簡単に弾き飛ばされてしまった。

力勝負ではエルにほぼ勝率はない。

エルは一度攻撃を交わし、そこからナイフを投げようとした。

だが、エルはここで思わぬことに気づいた。

自分の懐にナイフが一本もないのだ。

エルはいつも上着の内ポケットにナイフをいれておいておくのだが、決まった本数しかしこませていなかった。

ユースは一回それについて尋ねた事があった。

どうやら、軽いタイプのナイフでもたくさんいれると結構な重さになるらしい。

重たくなりすぎるとエルの持ち味てあるための身軽さをいかせなくなるのでナイフは10本が限界だと教えてくれた。

ユースはエルのナイフの数は最大で10本までということを読んで数えていたのだ。

さっき投げたナイフがその10本目。投げたナイフを拾われないように、弾き飛ばす方向もすべて自分の後方に飛ぶよう意識していた。

「隙を見せたな」

「!」

ユースは武器を失い焦って大きな隙を作ってしまったエルの懐へ飛び込んだ。

エルの喉元めがけてユースの槍が突きつけられたとき、ピシッと音を立てて地面に小さく皹が入った。

二人が異変に気づいたのと同時にその皹から勢いよく水が吹き出した。

二人は咄嗟に身を引いたため直撃を免れたが、飛び散る飛沫が二人を濡らす。

吹き出した水がやむのと同時に、ユースめがけて白銀に光る刃が降ってきた。

それに気づいたユースはくるりと後方転回し、刃から逃れる。刃は水滴を撒き散らしながら地面をえぐった。

「ったく、なんで私がこんなことしなきゃいけないのよ……」

「仕方ないですよ。あなたしか使える人がいなかったので」

苛つきを含む女の声と男の声が聞こえる。

鎌を地面から引き抜くロウディアとエルを抱き抱えるミッシェルがそこに現れていた。

「エルさん。最終段階……誰かをこの手で殺めるまで来たのですが、まだ迷いが見えますね。それと相手がちょっとばかりか良くなかったようです」

ミッシェルはエルを少し見た後、ユースに視線を移す。ミッシェルが薄く笑みを作ったのに対してユースは睨み付けた。エルは完全に凍りついてしまい微動だにしない。

「今回は失敗ですね。また次を待ちましょう」

「待て。エルを連れていく気か」

「そうですよ。まだ……ゲームは終わってないのでね」

そう言うと、ミッシェルはエルを抱き抱えたままどこかへ立ち去ろうとした。

「!待てっ……!」

その瞬間、後を追おうとするユース目掛けてロウディアは鎌を横に薙ぐいた。

「行かせない」

「くっ……」

ユースは咄嗟に槍で鎌を受け止める。手に衝撃が伝わりビリビリとしびれるような感覚が広がる。

その隙にミッシェルとエルは闇にとけ、跡形もなく消えてしまっていた。

ここを無理やり突破するのは難しいと判断したユースはひとまずロウディアと距離を取った。

警戒して睨み付けられているにもかかわらずロウディアは鎌を地面に突き立ててもたれ、軽くあくびをした。やる気がないのが丸出しである。

「攻撃してこないのか?」

前もこういう感じだったなと、ユースは思いながら口を開いた。

「だってめんどくさいし。無理やり連れてこられたうえに、こんな意味のないことしなくちゃいけないんだからやる気もでない」

鬱憤をはらすかのようにロウディアはしかめっ面で愚痴をこぼした。軽く嘗められているような気もするがここはひとまず押さえた。

「ああ、そうだな。ここで殺りあっで戦力を削ぐだけだから俺もなるべく戦いたくはない」

ユースの言葉にロウディアはバカにされてると思ったのか少しムッとした顔をしたが仕掛けては来なかった。苛立ちより気力の無さが勝っているようだ。

「それに…聞きたいことがあるしな」

ユースは懐から何かを取り出すとそれをロウディアの方に放り投げた。

ロウディアは地面に落ちたそれを拾い上げた。小振りの護身用のナイフだが、ナイフの柄にあるものを見つけるとロウディアが微かに反応した。

「何よ、これ」

「それはこの前、あの町で起こった事件の遺留品だ。被害者は四人。どれもあの町をうろついてるチンピラ達だが全員がバラバラに切断されて殺害されていた」

ロウディアはナイフを持ったまま動かない。ユースはそのまま話を続けた。

「誰も金は懐に残っていたから強盗ではない。さらに現場を調べていたらそれを見つけた。柄に傷がギザまれたナイフをな」

ロウディアはナイフを握ったままなにも喋らないため、ユース一人がずっと喋り倒している。

「最初は戦闘か何かでついた傷かと思ったよ。けどその割には傷が深くないし、あんな人をバラバラにできるくらいの凶器を受け止められるとは思えない。それなら誰かが意図的に付けたと考えたほうが自然だ。それなら何のためだ?何が目的で付けたと当然考える。それで俺はあることを思い出した」

耳障りな声がロウディアの頭のなかで反響する。

「お前のその青い髪。まあ、俺だって青いけどそんな海の底のように深くない。そんな深い青髪はこの辺りの先住民族の特徴だ。その先住民族の風習に1つこんなのがある」

ユースはナイフを渡したときの反応からすでにあの事件の犯行はロウディアによるものと断定つけていた。

あれから反応がないロウディアの顔色を伺うように、ユースは更に続ける。

「あの民族は、死者が生前使っていたものや身に付けていたものに傷をつけて一緒に埋葬するらしいな。あの世でもそれを使えるようにとこの世での役割を終わらせるために」

ロウディアはユースの方に視線を向けた。彼はただ、最初と変わらずの仏頂面で淡々と話す。

口を開くと結構喋るのかと一人勝手に思った。

「お前がそうするのは単に今までそうしてきたからか?俺は自分の行いを悔いるための懺悔みたいに思えた………」

そう言いかけたユースの目の前に、素早い白く光る鎌の刃が迫っていた。

「わっ」

軽く驚いたように声を上げ、後ろに飛び退いてかわす。

鎌はさっきよりも深く地面をえぐった。

飛び退いた先でユースとロウディアの目が合う。ロウディアの目には黒く奥のほうで燃え盛る何かが映っていた。

「なんだ、攻撃しないのじゃないのか」

「今のでムカついたからもう殺す」

「なんだそれ」

嫌悪感丸出しの声でロウディアは言い放ち、鎌をまた薙ぐいて仕掛ける。

よくわからない理由で殺されてたまるかと、ユースも槍を構え直し、仕掛けていく。

互いの刃がぶつかり合う度に火花が散る。どちらも退かずにひたすら撃ち合っていた。

今手を引けば殺される、という生と死の狭間の取引によりユース自身の体の中から興奮に似ても似つかぬものが沸き上がる。

どれくらい撃ち合っているのか。本当は二、三分程度のくらいのことなのに、永遠かのように長く感じられる。

一際大きく鋭利な音が響いた。

それと同時にユースの名前を呼ぶ声が聞こえた。

ロウディアの耳にも入ったのか、二人の手がピタリ止まる。

ユースが声のする方を一瞬振り向いた隙にロウディアは高く飛びあがり、木の上に着地した。

「相手が増えるのは不利だしね。私まだ殺されたくないから」

ロウディアはそう吐き捨てると空気に溶けていき、姿を消してしまった。

ユースは暫くその木の上を見ていたが軽くため息をついた。

あんな撃ち合いは久しぶりだった。

どこかでまだ撃ち合いたいと思っている自分がいた。



















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