LASTArk past at Iniquity5

冷たく今日も風が吹く。そろそろ霜も降りはじめていい頃合いだろう。

山の近くであるこの村はほかの村よりもすこし冷えやすく早く霜が降りる。

畑に残ったわずかな作物を収穫してロウディアは手を洗った。

水もどんどん冷たく感じるようになってきた。

「ひゃーっ、つめてぇー」

アーサーも隣で一緒に手を洗う。暇だったらしく畑仕事を手伝ってくれた。

「今年も畑作業は終わりか……」

「そうだな。これから厳しくなるぞー」

冬はこのあたりは深く雪が積るため畑で作物は育てられない。今まで貯めておいた作物を利用して春まで過ごすのだ。

「どう?越せそう?」

「今年はまずまずだな。たぶん足りるだろう」

「まあいざとなれば町に出て、調達すればいいしね」

雪が積もるといっても一応身動きがとれないほどではない。前に作物がなかなか育たなくて町へ物資を調達しにいったことがあった。

手を洗い終わり、アーサーは持っていたハンカチで手を吹いた。ロウディアはポケットをあさるがどうやらおいてきてしまったようだ。仕方なく、手を震わせ水気を切る。

「ノエル大丈夫かなぁ……」

「さあ……本人はちょっとした風邪って言ってたけど」

「けどもう一週間だぞ?長くないか?」

「うーん…」

このところノエルは体調を崩している。この前見舞いに言ったときはさほど大事では無さそうだったがかれこれ一週間が経過していた。

うつると良くないということで、ノエルがあまり心配しなくていいと言いそれ以来顔を会わせていなかった。

「けどそろそろまた行こうかなぁ……どう?…………ってアーサー?」

「………へ?!何?!」

話しかけられて我に返ったアーサーはあわててこちらを振り向く。

「ちょっと聞いてた?」

「や、ごめん……考え事してたわ…」

「もう………」

不満そうに不貞腐れるロウディアにアーサーが申し訳なさそうに笑う。

アーサーと別れた後、ロウディアは倉庫の整理を始めた。

夏のうちに使ったものと冬のうちに使うものとの入れ換えを行う。ずっとすっぽかしたままだったがさすがにやらないとまずい。

「あー……しんど………」

一回全部物を出さないといけないので重労働である。

気が進まないので重石がのっかかってるように感じる体をずるずると動かし作業をなんとか進める。

「………ん?」

だらだらとしているとどこからか物音がした。一瞬のことだったからネズミかなにかかと最初は無視した。が、継続的にふと小さく隙間から風入るような音がする。

耳を澄ますとどうやら外の方だ。

作業を中断し、一回外に出てみる。辺りを見ても、物音を立てそうなものは表にはないがやはり小さく音が耳に入る。

「裏……かな……?」

表じゃなかったら裏だ。そう何となくの感覚で裏に回ってみる。裏には使い道がまだない空箱がいくつか鎮座している。

裏に来ると音がいくぶんか大きくなった……というか、聞き取りやすくなった。

空箱の中からヒュウヒュウと、風の流れるような音がする。

「あ」

音の招待は猫だ。だが、その小さな体を震わせ苦しそうに息をしていた。

そういえばこの当たりで動物の間でなにか悪いものが流行っているらしくよく動物の死体が見つかっていた。それはそうと、もう長くは無さそうだ。

このまま苦しんだ果てに生を終えるのか。

ロウディアはただ屈んで、それを見ているだけだった。

「よっ」

後ろから声がし、我に返る。

この声の主は話すとどうもいつも上からだ。

「またあんたか……」

しゃがんだままぶっきらぼうに振り向く。

「なんだその機嫌悪そうなは顔は」

案の定、あの山羊の男だ。もうかれこれ4ヶ月近くの付き合い(別に親しくなったわけでもない)だった。

「ていうか、いつまでここにいんの。もう4ヶ月近くもいない?」

よく4ヶ月も空き家をめぐって滞在できるものだ。

「まあ、気が向いたらどっか行くって……」

男はあくびをひとつ、ふわりとかいた。全く持って仕草の一つ一つがでかい。

「ん?なんだそれ」

男は後ろの空箱に気づいた。

「あ、これ?………さっき見つけた」

「猫か?」

「うん、けど………」

「あー、これはもうダメだな」

しばらく二人は猫を傍観するだけだった。

が、男は猫を突然抱き上げた。そして猫の首辺りに手を回した。

「え」

気づけばパキン、と小さく軽い音がしていた。

「ちょっと、何したの」

「あ?何って?」

男から猫を突然渡され、あわてて受け取った。

まだ生き物の暖かみはあるものの細い空気の音は聞こえて来なかった。

「……殺したの?」

「そうだけど?」

その男の軽々しさにロウディアは気味が悪くなった。まるで猫はもともとこの世界にいなかったのようだ。

「あ、やっぱりか?こんなヘラヘラしてるの気持ちわりぃってか」

ロウディアが思っていたより顔に出ていたようだ。今鏡を見たら、眉を寄せたいびつな顔の青い髪の少女が写るだろう。

「殺した理由はまあわかるだろ?あのまま生かしといてもどうせ死ぬんだし。論点はそこじゃねぇ」

男のあまりの淡々ぶりに呆気にとられてるうちにそんなことを話されていた。会話に意識を向けたときには半分ほど進んでいたのだった。

「だいたい生き物を殺すってことはなかなか踏み切り難いとこだけど……そこ乗りきってしまったら後はもうわりかし普通なんだよ。ただの作業に成り下がる」

男が距離を詰めてきているのに、ロウディアはただ猫を抱き抱えたままびくとも動けずにいた。

「虫は潰したことあるだろ、さすがに。で、たぶんお前は何も考えずに潰せる。それは今まで何回もやってきたからだ」

そのころようやく頭の中が正常に繋がり始めた。今までの言葉の一部を繋ぎ会わせていく。

「じゃあそんなにヘラヘラしてられるのは……要するは今まで何回も猫をこうしてきたってこと?」

「ま、猫だけじゃねーけど」

「だから空き家を転々としてたのか」

最初出会ったときから何らかの事情はあると睨んでいたが、そういうことか。おそらく今まで男が手にかけてきたのは、こういった動物に限ったことではないだろう。

「で?お前はどうする?」

「何を?」

「俺をどっかのギルドに突き出すかどうか」

「別に突きだしたとこでなんもない。というか、まず突き出させないでしょ」

ロウディアは犯罪者を捕まえる気もないし、そもそも捕まえられる気がしなかった。もしそうしたら、最悪自分は三途の川を渡る羽目になるだろう。

「まず泳げないし」

ロウディアはボソッとただ呟いた。

「あ?それ今関係あるか?」

「いーの、一人言」

どうやら男の耳はそれを捉えていたようだ。とりあえずそこは適当に流してもらっておいた。

男はただ暇を潰したかっただけなのか、事がすむとどこかに消えていってしまった。

ロウディアは男がまた現れたことによる予定のずれに若干不満だった。

猫は近くの木の根元に埋めておいた。それが猫に対する哀れみの表れなのかはロウディアにはわからなかった。

予定がずれたことでやる気がどこか遠くへ出掛けてしまったようで、倉庫の整理は明日に後回しにした。

のろのろと帰路を進んでいると後ろから声をかけられた。やたら今日は声をかけられるな、と思い振り向くと先ほど別れたアーサーがいた。

「どうしたの?何か用?」

「うん……ちょっと言いたいことが……」

アーサーの顔に曇りと躊躇いがうかがえる。あの竹を割ったような性格は鳴りを潜めているようだ。

「言いたいこと?」

「その………今動物たちの間でなんか病気みたいなの流行ってるのは知ってるよな」

ロウディアは現に先ほど悪いものにかかってた猫を埋めてきたあとであったため、この事を話されるのは少々の不快感を伴った。

「うん、なんか流行ってる」

「それのことなんだけど…」

アーサーが耳を貸してくれという感じのジェスチャーをした。あまり大きな声では言いたくないようだ。

要望のとおり耳を貸すと、アーサーは小声で何かを話した。

「………は?……ノエルがなにか術を使って動物を殺してる……っていう噂がたってる?」

「しっ!声が大きいっ!」

ロウディアはあまりの内容におもわず口にしてしまった。

「これ……本当?」

「俺も信じちゃいないさ…まずノエルが魔法を使えるわけないんだよ…けど…」

アーサーは完全に困りきっていた。

ノエルはあまりにも魔力が弱すぎて簡単な魔法ですらろくに使えたことがないのだ。

使えたとしてもノエルの人柄からしてこんなことを犯す人ではない。

ロウディ、アアーサーは勿論、それに村の人々もそれは知っているはずだ。

なのに噂が蔓延してしまっているのが現状だった。

「ノエルが体調を崩していたのは本当だけど、このことは話さないでってずっと言われてたんだ…あと、しばらく会うのは避けたいって……」

ただロウディアはアーサーの話をぽつぽつと聞いていた。

「けどやっぱり黙ったままなのは嫌で……」

「…そうだったの」

「あ、ノエルには知らないって体で接して欲しい。たぶん、巻き込みたくないって思ってると思うから」

「わかった」

それだけのことを交わして、二人は別れた。

とぼとぼと一人帰路を歩く。

ロウディアも噂を毛等も信じる気はなかった。だが、どこからこんな噂がわき出たのか……。

ただそれだけが頭の中を駆け巡っていたが、噂はそんなに長くは続かない。

人の噂はそう長くないというのを意味する言葉もあるくらいだ。

そう、頭でぼんやりと考えていた。

そうであってほしかった……。



***


真っ赤に焼けた空に灰色の雲が塗りたくられたように浮かんでいる。

いつもより薄暗く感じるのは雲のせいだろうか。

覚束無い足を動かしただただかけていた。

ゆらゆらと歪む地面に足を無理やり叩きつけ、前に進む。

気づけば家のドアを乱暴に開けて、中にいた。

ドアに持たれるのと同時に、ズルズルと足の力が抜け出してその場に座り込んだ。

しばらく荒い息で、そのまま座り込んでいた。

帰路につく前にみた光景はよく見てなかったからか

、ハッキリと思い出せなかった。

いや、自分の頭が記憶にノイズをかけてしまっただけかもしれない。

顔に手を当ててみても冷たい頬の感覚があるだけだ。

どうせなら濡れていても良かったのに。

涙は昔に枯れはててしまったのだった。ロウディアはそんなことも忘れかけていた。

なにも考えられずに動かずにいた。



首を吊ったノエルの姿だけが頭のなかで薄く流れていた。











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