LASTArk 12

森の中の廃墟の窓から、少女が一人外を眺めていた。

ここにつれてこられて1ヶ月ほど立つのだろうか。

エルはいつも廃墟のこの部屋から外をぼんやり意味もなく眺めていた。

特に拘束されているわけでもないので廃墟の中は自由に移動できる。

だが、外に出ようとするとどこともなくカルミラやミッシェルが現れる。最初は逃げ出すことも考えたのだがあの二人の神出鬼没ぶりに諦めざるを得なかった。

ぼんやりとした思考を冷ますかのように、エルは小さくあくびをした。

この部屋は三階にあり他の部屋に比べて窓が大きいからよく外が見える。

エルはほぼほぼ毎日といっても過言ではないほどこの部屋から外を眺めている。

いつ誰かが来てもすぐ見つけられるようにずっと眺めていた。

先日この犯罪グループがラストアークの面々と接触したらしい。誰かが口論をしているのを騒がしいと思いながら聞きつけ、そのときこっそり耳をたてていたのだ。

ここに来てわかったことだがだいたい口論といったらあのヤギの男と青い髪の少女だった。

あそこは仲が結構悪いらしい。(の、割にはよく行動を共にしているのを見た)

内容はお前がふらふら出ていくから場所がバレただの、しばらく外出禁止だのそんな感じだった。

あの青い髪の少女が一人でふらりと出ていくのをエルもよく見かけた。

おそらく、あのなかでも特段に協調性がないのだろう。今日もどこかにふらりと出ていってしまっていた。毎日どこで何をしているのだろうか。

そこまで考えてエルは窓の外から部屋の中へと視線を向けた。

特に目ぼしいものはなく、机、いくつかの古い椅子などが静かに佇んでいるだけだ。

家具事態はそれなりのものだったのが見てとれるがほとんどが腐りかけている。今腰かけているソファもスポンジが剥き出しでその間からはバネも見え隠れしている。

気を付けないとたまに飛び出したバネが自分の足などに引っ掛かる。

ぼうっと部屋を眺めたのち、エルは自分の膝に顔を埋めた。

なぜ、あのとき、あんなことを言ってこのグループについてきてしまったのだろうか。

仲間が傷つくことを恐れたからだろうか。

しかし、自分の決断がどれだけ皆を悲しませ傷つけたのだろう。

そのエルの思考に追い討ちをかけるかのようにミッシェルのことが頭の中に現れる。

いつも頭のどこかに焼き付いて離れず、思考に干渉してくる、常にエルに向けられたミッシェルのあの微笑み。

その中になにか黒いものが見え隠れしている。あの微笑を目にするとエルはうまく体が動かせなくなるのだ。

こんなに拘束されてなくていいものかと連れてこられた時は思ったのだが、その必要はなかったようだ。

ミッシェルは肉体的にではなく精神的に人を縛る術を持っている。

なんとか懐柔されまいと踏ん張っていてもどんどん侵食されていっているのだ。自分でも気づけないほど巧みに。

結局、あんなことを言っておいて助けを求めているのは自分自身ではないか。

気づけば自分の膝に水滴がついていた。その水滴は吹いてもどこからともなくポタポタと垂れて再び膝を濡らす。

エルはその意味のない作業をやめ、再び膝に顔を埋め、ただ、声を圧し殺して泣いていた。

***

頭になにか固いものが当たるので目を覚ました。

霧の中のようなはっきりしない思考のまま頭上を探る。

指先にざらざらとした紙の感触が伝わる。

どうやら自分の頭上辺りになにかが乗っかっているようだ。

目を開け、ルアルは体を起こした。

頭上にあったものの正体は一冊の本だった。体を起こすとともに本は頭からずり落ちる。

回りに建造されたブックタワーの上にまた本を積み上げ、延びをしてルアルは回りを見渡した。

隣で腕のしびれそうな体制で眠ってしまっているサリエラとフォスター。

向かいには、あくびをして延びをするスバルと目を擦りながら本のページをめくるアリマの姿が目に入る。

どうやら昨日は探し物をしていてそのまま眠ってしまったようだ。

ルアルは隣にいるサリエラの肩を揺する。

「おはよう、朝だよ…」

まだ頭がおぼつかなく、閉まりきった喉からは細い声しか出ない。

「ん……あ、おはよ………いててっ」

サリエラも寝ぼけた声で返事をして、体勢を起こす。ルアルの思った通り腕が痺れているようだ。

昔きいたことあるがこの腕が痺れる現象を「ハネムーン症候群」と言うことがあるらしい。

サリエラは腕を揉みながら、伝染したかのように隣のフォスターを起こした。

このメンバーは丸1日約三日間連続、読み物に対して漬物状態にされている。

ことの始まりはキロネックスたちの報告だった。

現場にいたスバル、キロネックス、フォスターによれば、いつも通りに廃墟を回って捜索にあたっていたところ、例のグループの一人と接触。

追跡を続けた所、拠点であろう廃墟にたどり着いたとのことだった。

拠点が割れたことは実に大きなことだがその前に大きな障壁が立ちはだかる。

その廃墟全体に結界を張られてしまっているようだ。

何度か攻撃してみても全く効果無し。あそこは強い魔力が流れるぶんより強力な結界を張られてしまった。

それに廃墟近くにはさまざまな仕掛けもおいてあるようだと言うことだ。現に3人はその仕掛けで森の外まで転送されてしまった。

計画もまだまともにたててないし課題も山積みだが、そもそもまず結界を突破しない限り次には進めないだろう。

ということで魔道書にある結界を片っ端から調べ特性等が類似するものから打開策を考えようということだ。

今まさに魔道書を片っ端から読み漁っている状態である。全員の疲労もピークに近い。

「とりあえず、一通りは読み終わったが………類似しているものとしてこれだけか……」

アリマが机の一転に固められた本を撫でる。

「うへぇ……このなかからまた割り出すのぉ………」

「結構あるね……」

結界は魔法の中でも特にピンきりなもののひとつであるため、一冊の基礎的な魔道書でも結界についてのページは約半分を占める。

そもそも結界を張れる魔法の数事態も膨大なものなのだ。

「とにかくやるしかないだろう今は」

「もう根気で乗りきるしかないですね……」

アリマたちはそこからさらに細かく分類し始めた。

分類を進めていくうちにある程度の共通点が見え始めてきた。

「んー、見ている限り跳ね返す系統の結界が多いような…」

ルアルがパラパラと本をめくりながら唸った。

「そうだなー、今思えばあの結界から跳ね返ってきた俺らの攻撃で被弾しそうになったな」

スバルがそんなことをポツリと言った。

「結界には今回のような跳ね返すのと、エネルギーを吸収するのとの二種類があります。吸収系は結界自体が吸収したエネルギーを放出できずにたまっていくので耐久面では跳ね返すほうがいいですね。一方の跳ね返すのだと、張るのに時間とそれなりの魔力が必要となります」

「けど、耐久面を考えて使うとなるとやっぱりだいたいは跳ね返すほうを選ぶんだろ?」

アリマの言葉にフォスターが頷いた。

要は吸収系の結界はすぐに作れる汎用性に長けており、跳ね返すほうは守り抜きたいときに使用するのがベストだと言うことだ。

「この場合だと突破方法は……」

「その結界が跳ね返せる量以上のエネルギーをぶつけるか、それを長時間続けるか…」

跳ね返すといっても徐々に消耗していくので長時間ぶつけ続けても破壊は可能である。だが…。

「長時間ってそれをどれだけ続けられるかだ。もし三時間ぶっ通しでそれを続けてみたらどうなるかわかるだろ?」

「魔力を使いきってしまうリスクがある以上そのあとから戦うのは避けたいな……まず、それでも割れなかったら本当に無駄な時間としかいいようがない」

サリエラの言うことに全員同意見だった。

「と、なると……一発で決める必要があるな」

その一点に絞られることになる。

「あの結界が弾き飛ばせないほどのエネルギーを一度にぶつける………」

「できそう?」

「うーん…………」

実物を目にしている二人は頭をかかえている。

「たぶんできるはできるんですけど……」

「けど?」

「それだけ強いとなるとやはり必要な魔力も相当なものになります。もしかしたらギルドメンバー全員の魔力を集めても弾き飛ばしてしまう可能性も否定はできません」

フォスターは眉を寄せたまま続けた。

「そのぶんを考えると、魔力をどこかに媒介してそのうえそこに魔力を流し込み続けて使用するのがベストだと思うのですが……」

「めっちゃ時間かかるんじゃないそれ?」

「はい………」

ルアルの言葉に頼りなさそうに答える。

この方法は確実性はあるものの、膨大な時間が絶対条件である

エルの件がある以上悠長にはしてられなかった。メンバーもその事について焦っているのも事実だった。

「だめだ……なにより時間がない…」

あのグループの数少ない様子や言動をみた限りだが、着実と事は進んでいる。

こうしている間にも部屋の時計はこつこつと音をたてて、冷酷に時の流れを指し示す。

「けど、壊せなくはないんだ…こうやって道はある……」

アリマがポツリと、口にした。

「……そうだ、何事にも絶対ってものはないんだしな」

アリマに続きスバルも口を開いた。

他のメンバーもその言葉に強く頷いた。

なんとしてでもあの結界を突破してエルを奪還する。みんなの願いはただそれだけだ。

「よし……皆もうひと踏ん張りだ。必ずエルを取り戻すために…!」

そのアリマの言葉は力強く、まっすぐなものを灯していた。

再びアリマたちは黙々と作業を続けるのだった。

***

久しぶりに外に出た。正式に言えば仕事に戻ったというとこか。

ようやくくっついた右腕を少し動かしながら今日の計画の内容を頭で反復させる。

「お?まだ右腕調子悪い?」

一緒にいるスバルが顔を覗かせる。

「ただ、動かしてみただけだ。問題ない」

「またまたー、ほんとは本調子じゃないんじゃないのー………うおっと……」

ユースが放った蹴りをひらりとスバルはかわす。

スバルは今回の作戦でもユースとペアを組たがった。理由はよくわからないがなにかと引っ付いてくる。

今日の作戦は敵の戦力を分散させるためにこちらも極力固まらないように二人一組で動くことになった。前から転送魔法などで散り散りになることが多かったのも踏まえてだ。

心配なのは前科のあるコエだが、アリマがペアならなんとかなるだろう。

二人は森のなかを進み、目的地へとむかう。

ユースはとくに喋りたいこともないので黙々と進んでいくが、スバルはひっきりなしになにか話しかけてくる。だいたいはどうでもいいような話だった。(どんな子が好みとか)

だが、突然スバルは話題の方向性を変えてきた。

「そういやさー、ユース君右目ほとんど見えてなかったんだっけ?」

「ああ、そうだけど」

「なんで?生まれつき?」

スバルも左目に眼帯をしているがどうやら見えてはいるらしい。

「見えない……っていっても一応明るいとかはわかるけどな……これは後遺症だ」

「後遺症?なんの?」

ユースは振り向かずに続けた。

「前のギルドのとき………二年くらい前の怪我でな……まあ、あまり覚えてはないけど」

「え?なんで?」

「傷を負ったのは目だけじゃなかったし、右足、左腕を取られて腹も貫かれてほぼ瀕死状態だった。手当てをしたやついわく、よく生きてられたってくらいだったらしいし」

「うっわ、なんでまたそんな」

スバルはひきつった顔を作った。

「相手が人じゃなかったからな……まだ生きてただけでもいいほうだろ……」

ユースは前をむいたままで顔はわからなかったが、声は微かに、哀愁を含んでいた。

スバルはそれを見逃すほど鈍感ではない。

だが、スバルが口を開いたのと同時に。

前方から爆発音が大きく響いた。

「!なんだ?!」

「あのあたりは……キロネックスとシンのペアか」

爆発が起こった辺りを通って目的地に向かうのはキロネックスとシンのペアだった。

「どうする?とりあえずいってみる?」

「結構近いし、戦闘が始まってるかもしれないな」

そうしていると今度はなにかが燃えるような臭いが漂ってきた。これで誰かが交戦していることが明白になった。

「こうなったら駆けつけて加勢するしかないな、よし!行くぞ!!」

スバルの呼び掛けとともに二人は一斉に走り出した。

走るにつれ臭いが強くなっていく。煙のせいか視界が若干霞んで見えるようにもなってきた。

その霞む視界の先に、人影が映りこむのをみるなりスバルは叫んだ。

「二人ともー!大丈夫か!?」

「あ!うさ公!」

「スバル君!」

やはり交戦していたのはキロネックスとシンだったか。周りの木々のいくつかが燃えて黒く焦げているのがわかった。

「二人とも怪我とかは?」

「ないよ」

「うん、まだなんとも」

「けど敵が向こうのほうにさっき逃げちゃって……追いかけようとしたらうさ公がきたの」

キロネックスがそういってある方向を指差した。それを確認するとどうやら目的地、敵のアジトの方を向いている。

「一旦逃げ帰ったかそれとも……」

「どうする?このままルート変えて追いかける?」

「ちょっと様子見てもいいけど」

「いや、もしかしたら他でも戦闘が始まってるかもしれないし……このまま四人で追いかけるか」

「え?」

スバルがそう結論を出したが、二人の頭にはなぜか不思議そうに首をかしげていた。

「え?ふたりともどーしたの?」

スバルも不思議そうに尋ねた。

「今四人って言った?」

「え、だって……2+2って四だろ……?」

「スバル君今一人だよ………?」

シンの言葉と同時にスバルは後ろを振り返った。

さっきまで一緒にいたユースの姿がない……。

「………は?」

「え?もしかしてユース君突然いなくなった系?」

「てっきりケンカして離れちゃったのかと……」

「いや!確かに一緒に……!くそっ!」

こんな人が少なくても離れることはあり得るのか。二人なら離れないだろうとたかをくくって警戒を怠っていた。

スバルの舌打ちもむなしくただ森の木々に響くだけだった。

***

森の木々が燃えて煙が上がっている。

たびたび微かに響く衝撃音にミッシェルは窓から様子を伺ってきた。

ようやく本格的に衝突が始まったか。敵が攻めこんでくるかもしれない中、ミッシェルの思考はは異常なほどに冷静だった。

こつこつと音を立てて階段を上がる。ほとんどのメンバーが出ていってしまっていてほかの物音が無いため、靴音がよく響く。

歩みを進め、あの部屋の前にたどり着く。

エルが窓から身を乗り出し外を見ている。この部屋のドアはとれてしまっているのでここからでも中の様子は分かる。

「エルさん」

ミッシェルが声をかけると、エルは軽く跳ねてこちらを振り返った。こちらに気づいていなかったようだ。

ミッシェルはそのままエルに歩み寄っていく。

「エルさん、外の様子はどうですか?」

問いかけても不安そうな顔をしてエルは目を反らした。

「どうやらラストアークが本格的に動き出したようですね。……ここにたどり着かれるのも時間の問題かと」

エルはそれを聞くと視線をこちらに戻した。

外から再び衝撃音が響く。さっきよりも音は大きく、建物がが少し揺れる。かなり近くまで来ているようだ。

エルは再び窓の外に注目する。

「このゲームのルール、覚えてます?」

ミッシェルはエルにまたひとつ問いかけた。

「これはラストアークがエルさんを取り戻すか、あるいは………エルさんがこちらの仲間になるまで続きます」

ミッシェルはさらに歩み寄りエルとの距離を積める。エルは微動だにせずその場にたっているだけだった。

ミッシェルの手がエルの頬に触れる。そしてエルの目を覗きこむ。若葉色の大きな瞳には不安と恐れが滲んでいる。

「すこし外へ様子を見に行きましょうか………ああ、どうせなら……」

ミッシェルはすこし微笑んでこう付け加えた。




「このゲームに決着をつけましょう」

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