LASTArk 3

薄暗い廃墟。その中でロウディアはボロボロのソファに横になり惰眠を謳歌している。

ここは昔旅館だったらしく、所々装飾が剥がれながらもきれいな調度品や、割れかけたステンドグラスが目立つ。この部屋はちょうど応接間に当たるところだろうか。

グループが拠点としている新たな廃墟は別のところだが、あそこは他のやつらもいて騒がしい。だから一人でふらっと出ていって別の廃墟で丸一日眠って潰していることが多かった。前のところ同様あそこはうるさくて眠れない。

特にしたいこともないんだったら寝てるほうがいいだろう、というのがロウディアの考えだった。

眠りから覚めて目を開ける。高い天井についた天窓からこぼれる日が目に刺さる。

ソファから起きあがり伸びをすると、固まった関節がピリッと痛みながらほぐれていく。

ロウディアは体についたソファのスポンジや煤を払い、ぼうっと部屋を眺めた。

特にめぼしいものもない。

このまままた、眠り直してもいいが拠点近くの町の様子を少し見に行ってもいいだろう。あの拠点が見つかるのもそう長くはないと思う。

部屋から出るため、ロウディアは扉の方に歩いていきドアの取っ手に手をかけた。

それと同時に部屋の隅から小さな気配を感じた。

ロウディアが気配の正体をみるためそちらに目をやると、そこには隅で丸くなってうずくまっている猫がいた。

近寄ってみると薄汚れた白い毛。大きさからまだ子猫であることがわかる。

猫の隣にしゃがみこみ、ためしに抱き上げてみるも、猫は荒い息を弱々しくしておりロウディアに対して反応を見せない。

何か病気にでもかかり弱っているのだろう。このまま放っておけば間違いなく死ぬ。

ロウディアはしばらく猫を見つめていた。

「ごめんね」

そう小さく呟いて、猫の首に手をかけた。


パキッ

小さい軽い音が響く。

ロウディアは猫を床に置いた。猫はもうただの物となっていた。

ロウディアは立ち上がると小さく深呼吸をした。自分の鼓動がいつもより大きく聞こえる。

「なにしてるの~?」

背後からの声にはっ、とし振り向く。

そこにたっていたのは首をかしげてたっているヒノワだった。

「なんだ、ヒノワか……」

「ねえねえ、ろうちゃん。こんなところでなにしてたの?」

目を見開いたままヒノワは距離をつめて尋ねてくる。

「別に。あそこのソファで寝てただけだけど」

ロウディアはあのソファを指差しながら答えた。

ヒノワはロウディアの指の先をみると「あんなところで寝てたら風邪ひいちゃうよ?」と言った。

「ん?」

「どうした?」

ヒノワが何かに気づいた。

「ろうちゃんの後ろ、猫がいるよ」

ヒノワがあの猫を指差した。ロウディアは猫を抱き抱えてヒノワに見せた。

「死んでる?」

「うん」

ヒノワは猫を受けとった。

「首の骨、折れてるね」

ヒノワが猫の首回りをさわりながら言った。そして

「ろうちゃんが折ったの?これ」

表情を変えずにヒノワが言った。

「うん」

ロウディアは心情を悟られないように、ポツリ、と言った。

「へえー」

ヒノワは猫を置いた。とくにロウディアに違和感を感じなかったようだ。

「それより帰ろうよ。みんな探してるよ」

「あっそ」

ヒノワが歩き出した後にロウディアもついていく。

ヒノワはいつも裸足なのだが、ここだとガラスの破片やタイルが足の裏に刺さりそうで危ない。

「裸足危なくない?」

「大丈夫ー」

ヒノワはそう答えて破片を器用によけて歩いていく。

二人は外に出た中より強い日が照りつける。

ロウディアはふと自分の手をみた。特に汚れているわけでもない。

だが目に見えないなにかが手にまとわりついている。猫を殺した感覚が離れない。

「ろうちゃんー?」

ヒノワの声で我に帰る。気づいたらだいぶ距離が開いてしまっている。

「………あー…………最悪…………」

ロウディアはため息と共にむしゃくしゃとした気持ちを言葉にしてぼそっと吐いた。






ギルド本部から移動してはや数時間。カピラタによる風の声をもとに割り出した犯罪グループの大まかな場所を目指すべく、ラストアークの面々は黙々と歩き続けていた。

暗くなってきたが今日のうちに宿にはたどり着けなさそうなため、ここでテントを張ることにした。

テントを張り終えて誰かと談話したりと各々、自由なことをしていた。

フォスターが丸太に腰かけて辺りをみていると、自分の座っている丸太のすみに花が咲いているのに気づいた。

見てみるとオレンジ色の小さな花だ。

「それ、なんの花なの?」

気づいたら隣にシンが座っていた。

「これは……キンセンカ、ですね」

フォスターはそういって花に触れた。

「へぇー……かわいい花だね」

シンは顔を寄せて花の匂いを嗅いだ。

「あっ、あまり嗅がないほうが……」

「うっ!」

シンは嗅いだあとすぐに鼻を押さえた。キンセンカは匂いが独特なのだ。

「臭い……」

「結構匂いますからね……キンセンカは」

フォスターは苦笑いをした。

気の毒に思ったのかシンに飴を差し出した。

「!ありがとう」

そういって飴を受け取り口に放り込んだ。シンの顔がふにゃりと緩んだ。それをみていてフォスターの顔も緩む。

「そういえば…」

シンが飴を口の中で転がしながら言った。

「なんでしょうか?」

「キンセンカの花言葉ってなんなの?」

その言葉にフォスターは、硬直した。

「?どうしたの?」

シンが硬直したフォスターを不思議に思う。

「……あ、すみません……なんでしたっけ」

フォスターはあわててシンに答える。

「あ、うん。キンセンカの花言葉ってあるのかなーって……」

シンは頭にはてなマークを浮かべながら言った。

「キンセンカの花言葉ですか……えーと……」

フォスターは頭をひねらす。そして

「………ごめんなさい。忘れちゃいました……」

申し訳なさげに、シンにそういった。

「そっか。いいよ、ありがとう」

「フォスター?ちょっといいかー?」

「あ、はい」

アリマに呼ばれてフォスターは席を立った。

シンはフォスターの背中を眺めていた。

さっきの彼の様子に少し引っ掛かるものはあったがシンは気にすることなくフォスターにもう一個もらった飴を口に入れた。



時刻はどれくらいだろうか。外は深い闇に染まりきっている。普段ならすでに眠っている時間だが今日はなんだか眠れない。

フォスターはテントの外に出てまた、あの丸太に腰かけた。

空をみると綺麗な星が一面に見える。遮蔽物がないためこの辺りはより星が綺麗に見えるらしい。

自分の故郷もよく星が見えるところだった。

昔のことを思いだし、フォスターは自分のなかに沸いてくるものをぐっと押し殺した。

あの出来事がなかったならば今も昔と同じように笑えただろうか。

兄も……ルシフェンも、この星をみて「綺麗だね」っていってくれていただろうか。

気づいたら頬につうっと、涙がこぼれ落ちていた。

こぼれた涙を拭い、丸太の隅に目を向ける。

キンセンカは変わることなくそこに咲いている。


─お前の頭の中はキンセンカで埋め尽くされているだろうな─


あのとき投げ掛けられた言葉はいまも一言一句、焼き付いて離れない。

シンには嘘をついてしまった。動揺していたものの申し訳ないことをしてしまったとフォスターは思った。

いつか話すそのときがきたらすべてをあかそう。

そう思ったのと同時に急に睡魔が襲ってきた。

テントに戻ろなければならないな、と思いながらも意識はどんどん睡魔に呑み込まれていく。そんな中フォスターはキンセンカ花言葉を思い出した。

なんでこのタイミングなんだろうな、と思わず笑ってしまった。

そして、意識が完全に睡魔に呑み込まれる前にこう呟いたのだった。


「キンセンカの花言葉は………悲哀 、失望………」







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