Episode2 死神研修
「あら、随分かっこいいこと言ってるじゃない」
一人の女性が二人の後ろから声をかけてきた。
振り向くと、そこにはモデルのようなスラッとした女性が立っていた。
「なんだ。クレアか・・・」
少し焦った感じでジャンクは答えた。
「久しぶりね、ジャンク」
彼女は天使のクレア。天使の研修生の教育担当だ。
パレルは彼女のスタイルと美しさに茫然とした。まさに天使という名がぴったりの女性だった。
クレアは天使の真新しい制服を着てる女の子を一人連れている。
その子はちょっと怯えたようにクレアの後ろに隠れるように立っていた。
どうやら天使の研修生のようだ。
「何か用か?」
ジャンクは目を合わせるのを避けるように右斜め上に視線を逸らす。
「何か用かじゃないわよ。今日は
「ああ、そうだったっけ?」
死神と天使はユニットで仕事を行うのが基本になっていた。
死神は天国に召喚する人に最期の記憶を見せたあと息を引き取らせる。
そしてその人を天国へと連れていくのは天使の役目だ。
「あら? お隣の可愛い子は
クレアはジャンクの後ろに隠れるように下がっているパレルを覗き込んだ。
「ああ、そうだ。パレルっていうんだ」
「こんにちは、パレル。私はクレア。こっちはあなたと同じ研修生のクライネスよ。よろしくね」
クレアはクライネスの肩をそっと抱きながらにこりと微笑んだ。
「こ、こんにちは。クライネス・・・です」
クライネスはとても怯えた感じで小さな声で挨拶をした。
大人しく、とても気が弱そうな少女だった。
真新しい天使の白い制服がとてもよく似合っている。
一方パレルはというと、不機嫌そうな顔で二人を上目でじっと睨んでいた。
「・・・こんちは」
パレルはボソッとした声で呟いた。
「なんだお前。どうしたあ?」
ジャンクがあからさまにふて腐れているパレルに呆れた顔をする。
「別に、なんでもないよっ!」
天使試験に落ちたパレルには、やはり天使の制服が眩しすぎた。
試験に合格したクライネスを前に劣等感が湧き出てしまったのだろう。
美人のクレアに対するジャンクの態度も気に入らなかったのかもしれない。
「あら、なにか今日はご機嫌が悪いのかしら?」
「ああ、
「そうだったの。それは残念だったわね」
「ジャンク、余計なこと言わないでよ!」
パレルは頬を膨らませながら横を向いた。
さらに機嫌が悪くなったようだ。
「余計なことってなんだよ。お前、編入試験受けてでも天使を目指すんだろ」
「あら、そうなの。じゃあ頑張ってね。あなたはとてもいい目をしているわ。次はきっと大丈夫よ」
パレルは突然立ち上がったと思うと、そのままそそくさと歩いて行ってしまった。
「おい、パレル! どこ行くんだよ!」
でも、その声はパレルの耳には届いていないようだ。
「・・・ったく。しょうがねえな。どうしたんだ、あいつ」
「ごめんなさい。私、何か悪いこと言っちゃったのかしら?」
「気にすんな。いつまでも落ち込んでるタイプじゃないから大丈夫だ」
「そう。でも
ジャンクはふっと苦笑いをして視線を逸らした。
クレアはある日の光景を思い返していた。
クレアとジャンクがユニットになり、ある子供の召喚、つまり死に立ち会った日のことだ。
二人の目の前にその子供は倒れている。
その子を天国へ連れて行く・・・それが二人の仕事だった。もちろん、その子がここで死ぬことは運命で決まっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「こんなのあるかよ!」
倒れている子供を目の前にしてジャンクは叫んだ。
その子供はかすかに息をしていた。だが助かるかる見込みはもう無いだろう。
「ジャンク、しっかりして!」
取り乱しているジャンクをクレアが懸命になだめていた。
「この子が何をしたっていうんだよ!」
「これがこの子の運命なの!」
「そんな運命、俺は許さねえ!
ゼウスとは全て人の運命を決める天界と現世を
「そんなことできるわけないでしょ! あなたが一番分かってるはずよ!」
クレアも何とかしたかった。でもゼウスが決めた運命を変えられないことは分かっていた。
「だってこんなの酷すぎる・・・なんで・・・こんな目の前で・・・」
ジャンクの目から涙が溢れ出す。
「さあジャンク、早く。間に合わなくなるわ。あなたがやるしかないの!」
人の一生の最期、召喚者を安らかに息を引き取らせるのが死神の役目だ。それがうまくできないと、その魂は天国へとは召されず、現世を永遠に彷徨うことになりかねない。
「俺には・・・できねえよ・・・」
「あなたがしっかりしないでどうするの!」
「俺・・・ダメだ・・・できねえ・・・」
ジャンクは目の前で死んでいく子供に何もできない無力の自分に絶望した。
ジャンクはそのまま泣き崩れ動けなくなった。
クレアは思い出から我に返り、フッと優しく笑った。
「あの時は迷惑かけて悪かったな」
申し訳なさそうにジャンクはクレアに詫びのセリフを入れた。
「そうね。大変だったわ、あの時は・・・」
ジャンクはその時に死神を辞めようと思っていた。
人には様々な人生があるが、最後は必ず死ぬ。それは全ての人が同じだ。
しかし、幸福に包まれながら天に召される者もいれば、突然、死の恐怖や苦しみに怯えながら死んでいく者もいる。
それはその人自身は選ぶことができない。それを導く死神ですら、選ぶことはできない。
それを決めていのは“運命”というルールだった。
“運命”それは神様が決めた唯一無二のルール。その運命に従い、人を死に導くのが死神の役目だ。
その役目の重圧にジャンクは押し潰されそうになったのだ。
それは死神失格を意味した。
「ジャンク。死神、やっていけそう?」
クレアが心配そうに問いかける。
「ああ、もう少し頑張ってみるよ」
ジャンクは苦笑いをしながら答えた。
「後輩の指導もなかなか大変でしょ?」
「まあな。俺が後輩に指導なんて笑っちゃうけどな」
「本当。逆に後輩に教わっちゃうんじゃない?」
「違いねえ!」
「あのさ、ここジャンク《あなた》は怒るところだよ」
「え、そうだったのか?・・・」
いつもながら冗談が通じないジャンクに呆れながら笑った。
「そうね、ついこの間『俺には死神なんてできねえ!』って叫んでいた人がねぇ」
「それ、言うんじゃねえ!」
ジャンクがクレアを睨みつけた。
「ごめん、ごめん。ここでは怒るんだ」
クレアは笑いながら両手で口を塞いだ。
「ところでジャンク、もしかしてあの子・・・」
「じゃあ、俺そろそろ行くわ。あいつ捜して仕事に行かねえと」
ジャンクはクレアの声を遮るように立ち上がった。
「え?ああ・・・うん。じゃあ、あとでね」
ジャンクは別れを告げると足早に去っていった。
クレアはちょっと腑に落ちない顔をしながらもジャンクに小さく手を振った。
ジャンクはパレルのあとを追った。でもなかなか見つからない。どうやら見失ってしまったようだ。
パレルが何をふて腐れてるのかジャンクは理解できないでいた。
「あいつ、どこ行った? これから仕事だっていうのに」
ジャンクがようやくパレルを見つけたのはマカルトと呼ばれる広場だった。
「ここに居たのか」
ジャンクはほっと肩を撫で下ろす。
マカルトのいうのは天界人のための公園みたいなところだ。
地上にあるが、もちろん現世の人間には見えない場所だ。天界の人間が仕事の待ち合わせや、休憩に利用している場所だ。
パレルはベンチのような椅子に座りながらぼうっとしていた。
ジャンクはパレルの横に体を押しつけながら座った。
「よいしょっと!捜したぞ、パレル」
パレルは黙ったまま遠くを見つめている。
「何怒ってるんだよ?」
「私、怒ってないしい・・・怒る理由も無いしい・・・」
パレルのぎょろっと大きく見開いた目が只ならぬ怒りを物語っていた。
「どう見ても怒ってんじゃねえか・・・」
「そっかあ・・・ジャンクはああいうのがいいんだあ・・・」
「はあ?」
何を言い出すのかという顔でジャンクはパレルを見た。
「ああいう、ボン・キュッ・パ!・・・が、いいんだあ・・・」
「な、なに言ってんだよお前・・・別にそんな俺は・・・」
パレルは美人でスタイル抜群のクレアにヤキモチを焼いているようだ。
「やっぱりウソ下手だね・・・ジャンク」
パレルは焦るジャンクを横目で睨んだ。
「ごめんね。私、ボン・キュッ・パ! じゃなくて。大人になる前に死んじゃったからさ」
「シャレになんないこと言うなよ。答えに困るじゃねえか」
しばらく二人の間に沈黙が続いた。
「さっきの天使の研修生さ・・・」
弱々しい声でパレルが呟いた。
「うん? ああ、確かクライネスって言ったっけ?」
「あの
「どうしたんだよ、急に」
「なんか自信無くなっちゃったな。すごい可愛かったし・・・」
「顔は関係ねえだろ?」
「だよね! 顔で決められたら、ジャンクなんて地獄行きだもんね」
「ハハ、違いねえ!」
さらりと認めるジャンクにパレルは呆れる。
「あのさジャンク、ここは怒るとこだと思うよ」
「お前、同じこと言うなよ・・・」
今度はジャンクが呆れた顔でパレルを見た。
「え? 誰と?」
二人はポカンと顔を見合わせた。
「ぷっ! ふふふ」
先に吹き出し、笑い出したのはパレルだ。
「ぷははは!」
それを見たジャンクも一緒に笑い出した。
「やっと笑ったな、パレル」
ジャンクはようやくほっとした表情になる。
「え?」
「お前なら大丈夫だよ。絶対になれるよ天使に。だから頑張れ」
「どうしたのジャンク。急に優しいこと言って」
パレルは今まで聞いたことが無いジャンクの優しい言葉に目を白黒させた。
「俺が優しくちゃおかしいかよ?」
「おかしい!」
「即答かよ!?」
また二人とも腹を抱えて大笑いした。
ジャンクがすっと立ち上がる。
「さあて、行くか!」
「うん、そうするか!」
パレルはジャンクの言い真似をしながら返事をした。パレルはちょっぴり元気になったようだ。
二人は今日の仕事場へと歩き出した。
「ここが今日の最初の仕事場だ」
二人が着いたのは地方にある小さな病院だ。
病室に一人の男性の老人がベッドに横たわっていた。そのベッドの脇にはその老人の息子夫婦と孫の男の子が座っていた。
「父さん! しっかり!」
老人の息子が声を掛けている。
「この人が今日の召喚者だ」
ジャンクがパレルに言った。
召喚者とはこれから天国へと旅立つ人のことだ。
「この人は早くに奥さんを亡くして男手ひとつでこの息子を育ててきたんだ。でも孫もいるし、まあまあ幸せな人生だったんじゃないかな」
その老人はもう意識が無いようだ。
「ジャンク。このおじいさん、もう死ぬの?」
「ああ、あともう少しだな。さあパレル、仕事だぞ」
「わかった」
パレルはその老人のすぐ横について顔を近づけた。そしてその老人の思い出(きおく)を読み取っていく。
「うん、見える見える。このおじいさんの人生が・・・」
「よし、いいぞ。できるだけ楽しい思い出を捜してやれ」
「小さい時はまだ戦争中で、生活はけっこう大変だったみたいだね」
パレルの脳裏にその老人の人生が映画のように映し出されていく。
「あっ!女の人と出逢ったよ。奥さんみたい。初めてのデートかな。おじいさん緊張しまくってるけど、すっごく楽しそうだよ。これキープしとくね」
しばらくすると、なぜかしら突然に記憶の映像がぼやけ始めた。
「ジャンク、どうしたんだろう・・・だめだ、
「もうかなり齢がいってるからな。記憶が固まってるんだろう。頑張るんだパレル」
人間、歳をとると記憶は固まって塊のようになる。人の記憶というのは決して消えることはない。だが、使っていない記憶ほど塊のようになり、読み取りづらくなるのだ。これが忘れるというメカニズムだ。
パレルはもう一度老人の記憶の中へと入り込み、懸命に塊となった記憶を溶かそうとする。
しかし、コチコチに固まった記憶を溶かすのは容易ではなかった。その記憶が古ければ古いほどそれは困難で、集中力と根気が必要になる。
「あっ、見えてきた見えてきた。よかったあ!」
何とか記憶の塊を溶かすことに成功したようだ。
赤ちゃんの誕生、息子さんとのキャッチボール、家族みんなでの旅行、初孫、その老人からいろいろな思い出が流れ出てくる。
空襲、戦地での辛い戦い、戦争中の苦しい記憶もあるが、これには触らないで置こう。
パレルはこの記憶の中から楽しそうな思い出を懸命に集めて老人に見せ始めた。
「よーし、いいぞ。その調子だパレル」
「おじいさん、見えてるかなあ?」
老人の顔が微笑んでいる。
『父さん。笑ってる・・・』
息子が優しい顔で呟いた。
老人につながれたケーブルの先にある医療機器の
付き添っていた医師が老人の目の中を確認する。
『ご臨終です・・・』
医師が静かに囁いた。
「ごくろうさま」
「わっ、びっくりした!」
突然の声にパレルは思わず叫んでしまった。すぐ横に天使のクレアと研修生のクライネスが召喚者の迎えに来ていた。
「とってもよかったわよ、パレル」
クレアが優しく微笑みかける。
「あ、ありがとうございます」
パレルはペコリと頭を下げた。
「おう、お疲れ!」
ジャンクがクレアに軽い挨拶する。
ここで仕事は死神から天使へと引き継がれる。ここからは天使の仕事だ。
「あとは私たち天使の仕事ね。任せて」
「ああ、よろしくな」
「さあクライネス、次はあなたの番よ。いつも通りにやれば大丈夫」
「は、はい・・・」
クライネスは自信の無さそうな小さな声で返事をした。
今度は天使研修生のクライネスの番だ。この老人を一緒に天国まで連れていくのが仕事だ。
クライネスは緊張からなのか、かなり硬くなっているように見えた。パレルはその様子を見てちょっと心配になった。
「大丈夫かな? クライネス・・・」
老人の体から透き通った老人が浮き出てきた。これはプシュケーと呼ばれる幽体、いわゆる霊魂だ。
「さあクライネス、今よ!」
「はい・・・」
クレアの掛け声と共にクライネスは老人の手を取る
「さあ、おじいさん、参りましょう・・・」
クライネスの手が震えている。
やはり緊張にせいだろうか、その手がおぼつかず、なかなか天に浮き上がれない。召喚者を安定して天まで昇らせるのは新人ではなかなか難しいのだ。
「頑張って! クライネス!」
パレルは両手をギュッと握りながら声を掛けた。
「はい。ありがとうございます」
クライネスはその声に優しく微笑んだ。
パレルの応援の声が効いたのか、だんだんと老人とクライネスの身体が宙に浮いてくる。
「やったあ!」
パレルがジャンクに抱きつきながら叫んだ。
老人はクライネスに手を取られながら、ゆっくりと空へと昇っていく。
老人がパレルに向かって笑いかけている。
「おじょうさん、いい思い出をありがとう」
老人はお礼を言いながら手を振っていた。
パレルも老人に見えるように大きく手を振った。
「よかった。おじいさん、喜んでくれたみたい。クライネスもよく頑張ったね」
「ああ、そうだな。どうだ? 死神の仕事もそう悪くないだろ?」
ちょっと自慢げな顔でジャンクが訊いた。
「うん。そうだね」
パレルから迷いが消え、何か自信を持った顔つきになったように見えた。
「さあ、次行くぞ」
「えっ、もう次? 休憩とか、おやつタイムとか無いの?」
「そんな暇あるわけねえだろ。一日に何人の人が亡くなってると思ってんだ? 大体なんだよ、おやつタイムって」
「死神って、けっこうブラックなんだね」
「よくそんな言葉知ってんな。まあ死神のイメージカラーは確かにブラックだけどな」
「やっぱりね。この制服の色を見た時から嫌な予感はしてたんだ・・・」
ブツブツ言いながら二人は次の召喚者のところへ向かった。
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