第35話 分かたれた道の先で②
私はリーシャ、ロジーじゃない。
だから、ロジーの考える全てを察して、何手も先を見越して動くなんてできはしない。
それはきっとロジーの方がよく分かってる。
だけど、ロジーが私に指示を与えたということは、私がその通りに行動することを期待して何かしらの作戦を立てている。これまでいつもそうだった。
ロジーが諦めていないなら、勝機は必ずそこにある。
「それで、これからどこへ向かうのですか? リーシャさん」
「まずは学園に戻ります。とても頭のいいお友達がいるので、その子に知恵を借りるんです。それからすぐに王都を離れて、カシアの街を目指しましょう」
「学園……」
「どうかしましたか?」
「あ、いえ。そういえば入るのは初めてだな、と思いまして」
「学園生じゃなければ入る用事もないですからね」
「……ええ、本当に」
そう言って笑ったスティアさんの表情に違和感を覚えた。
ロジーならその理由が分かるのだろうか。
「さあ、まずはここから出ないとですね」
そう言うと、スティアさんが扉に手をかけてガチャガチャと揺らす。
「こちらの扉も開きませんね。取っ手を馬車の骨組みと縄で繋いで、簡単に開けられないようにされています」
「それなら心配ないですよ」
「何か方法でも?」
狭い車内では大きな予備動作を取れない。
だったら、体中のバネと捻りによる遠心力を束ねて一直線に結び、そこに体重移動を合わせて――
「はあっ」
腕を支えにして脚を突き出すと、鈍い音と共に窓ガラスが吹き飛んだ。
ぽかん、と口を開けるスティアさんをよそに、窓枠に残ったガラスの破片を踵で蹴って取り除いていく。
「派手に音を立てちゃったので誰か来るかもしれません。急いでここから離れましょう」
「は、はい」
まずは私から降りて状況確認。
幸いにもこちらに向かってくる足音は無し。
「とりあえず外は大丈夫そうです。窓枠に足をかければ簡単に出られますので、そこから飛び降りてください」
「あ、あの……リーシャさん、さすがにこの高さはちょっと……」
窓から顔を出したスティアさんは、怯えたような表情でこちらを見下ろしていた。
スティアさんもロジーと同じで体を動かすのが苦手なのか。
「あー、でしたら窓枠に掴まって、取っ手に結ばれた縄を足場にしながら降りましょうか。私が下で支えますから」
「それなら何とか……」
窓枠に残ったガラスに気をつけてください、と言いながら、恐る恐るといった様子で降りてくるスティアさんの背中を支える。
どうにか足場に足が届くと、スティアさんはほっとした様子で馬車から離れた。
「っ」
誰かがこちらに向かってくる。
さすがに悠長にしすぎたか。
「スティアさん、急いでここから離れます。ついてきてください」
「わ、分かりました」
私はかぶっていた帽子をスティアさんにかぶせる。
「あの、リーシャさん、これっ」
「いいんです。私のせいで悪目立ちしちゃうかもしれませんが、スティアさんは顔を見られたくないんですよね?」
「……」
「気にしないでください。ただ、それは私の命より大切なものなので、後でちゃんと返してもらいますから」
「リーシャさん……」
「まあ、誰にも見られなければ問題なしです!」
行きますよ、と言って返事を聞かないまま手を引いて走り出す。
正面の通りが学園へ続く最短の道。
だけど、足音の方角からして途中でぶつかってしまう。
だったら――
「右の道から行きます」
スティアさんの走る速度に合わせてスピードを落とす。
多少無理はさせてしまうかもしれないけど、ここを乗り切ればどうにかなる。
ある程度は頑張ってもらうしかない。
「リーシャさん、この道真っ暗ですよ!」
建物が密集しているせいか、一本路地に入っただけで月明りも街灯も届かなくなる。
足元の覚束ない中を走るのは危険だ。
それでも、私やスティアさんの姿を見られるよりはマシだ。
「大きな障害物は私が避けますから、絶対に手を離さないでください!」
「わ、分かりましたっ」
そうしてしばらく走ったところで足を止める。
馬車からはもうかなり離れた。
もう少し明るいところを移動できればいいんだけど……
「リーシャさん?」
「しっ!」
「ひゃい!」
「あ……ご、ごめんなさい! 私、そんなつもりじゃ……」
自分でも知らないうちに気が立っていたみたいだ。
深呼吸を一回、二回、三回。
少しだけ冷静になった頭で考える。
誰かを守りながら何かをすることがこんなにも神経を使うだなんて知らなかった。
ロジーはいつもこんなことを……
「リーシャさん、私の方こそ謝らせてください。あなた方をこんなことに巻き込んでしまって……」
「……ふふ」
笑い声を漏らした私に、スティアさんが不思議そうな顔を向ける。
「謝る必要なんてどこにもありません。だって、やりたいからやってるんです。私も、ロジーも」
「リーシャさん……」
「さあ、学園までもう少しです。走りますよ!」
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