第36話 分かたれた道の先で③

「リーシャさん、どちらへ?」


 学園の正門へ着いた私たち。

 そこを素通りする私に疑問を投げかけたスティアさんが、帽子のつばを持ち上げてこちらを見ていた。

 私やロジーは特例で夜間の外出が認められているものの、部外者であるスティアさんを連れたままではに入れない。

 もしかしたらロジーは「君は何も見なかった、そうだね?」なんて言いながら何食わぬ顔で正面から行きそうだけど、私にはそんな技術も度胸もない。

 せいぜい守衛を無力化しようとして大騒ぎになるのが関の山だ。

 だから私たちは、少し前まで使っていた秘密の裏口から入る必要があった。


「なるほど。荷物運搬用の入り口とは……考えましたね」


「ロジーが言うにはここだけ監視が甘くされてるらしいです。こっそり外に遊びに行きたい生徒が警備に金でも握らせたんだろうって」


「……それは、学園は本当に安全なのか心配になってきました」


「もう長いこと続いてる伝統だそうですよ」


「こうして人は汚いやり方を覚えていくのですね……」


 そんなことを言いながら無事に学園内へと潜り込むことに成功した。

 そのまま寮に向かい、自室……ではなく、よく知る友達の部屋の前までやってくる。

 廊下は既に消灯されていて真っ暗だ。まあ、その方がスティアさんの姿を見られにくくていい。


「……さてと」


 しゃがんで姿勢を低くしつつ、右を見て、左を見て、耳を澄ませる。

 廊下を歩いている者はいない。

 続けて扉に耳をあてるも、中から聞こえてくるのは規則正しい寝息の音だけ。

 それもそのはず、そろそろ空が白みはじめてもおかしくないくらいの時間だ。

 ……起きてくれるかな。


 コンコン、と扉をノックして、すぐに周囲を警戒する。

 別の人に聞かれて様子を見にこられたら大変だ。


「……」


 しばらく待っても返事はない。

 もう一度ノックしてみると、扉の向こうから衣擦れの音が聞こえてきた。


「今何時だと――」


 深紅の瞳が横に動いてから下を向き、しゃがんでいる私の姿をみつける。

 唇に指をあてて静かにするようお願いすると、不機嫌そうな声はそこで止まった。


「……入りたまえ」


 小声でそう言ったセリアさんは、廊下を見渡してから私たちを部屋へと招き入れた。

 ふう、と一息ついた私とは対照的に、スティアさんは帽子を深くかぶり警戒しているようだ。


「大丈夫です、スティアさん。セリアさんは信用できる人ですから」


「……それで、キミはこんな朝早くにどんな厄介事を持ち込んできたのかね?」


 いつもより跳ね返った濃紺のクセ毛に手櫛を入れながら、セリアさんは気怠げな目をスティアさんに向けた。


「あの、どうして厄介事だと?」


「キミがその帽子を他人に委ねるなどよほどのことなのだよ。そしてそれは、銀髪エルフであることを隠すより、その人物の身元を隠すことに重きを置いている何よりの証拠となる。考えるまでもなく厄介事以外にあるまい」


 なるほど、たしかに。


「この一瞬でそこまで見抜くなんて、さすがはノーレント家のご息女です」


 感心したように言ったスティアさんに、セリアさんは頭痛をこらえるような溜息を吐いた。


「……さっさと用件を言いたまえ。ボクは何をすればいい」


「え、事情も聞かずに協力してくれるんですか?」


「そうでもしなければ返しきれないほどの借りがあるのだよ。そしてボクは一秒でも早く寝直したい」


 ぶっきらぼうに言いながらも手帳とペンを用意しているあたり、セリアさんも律儀な人だ。


「じゃあ、単刀直入に言いますね」


「ああ」


「ロジーが誘拐されました」


「なるほど、それで……は?」


 走らせ始めたペンをすぐに止めたセリアさんは、怪訝そうな顔を私に向ける。


「ですから、ロジーが誘拐されたんですっ」


 一度頭を抱えたスティアさんはコンコンと何度か自分の頭を小突く。

 たまにロジーもアイデアを出したいときなんかにやっているのを見る。


「そちらの……えっと、スティアといったか。詳しく説明してほしいのだよ」


「わ、私ですか? はい、構いませんが……」


 えっと、とスティアさんが斜め上を見上げる。


「私たちは馬車に乗っていたところを襲われました。まず馬を潰されて馬車が止まったところで扉が開き、ロジーさんを攫っていきました」


「ロジーはその時何をしていた?」


「大した抵抗もできないくらいあっという間のことでしたので……」


「違う、誘拐される間際のことなのだよ。あの男はたまに未来が視えているかのように行動する時がある。何もせず状況に流されるままになっているとも思えない」


「ああ、なるほど。そうですね……まずリーシャさんに御者の安否を聞いて、次に私からフードのついた外套を無理矢理奪いました。『早く脱いで顔を隠して!』と言いながら」


「……」


 セリアさんは顎に手をあて考え始める。


「……リーシャ、ここに来るまでに誰にも姿は見られていないか?」


「はい、気をつけてましたので多分大丈夫だと思います」


「誰かに連絡は?」


「取ってません。セリアさんだけです」


 ふ、と息を漏らしたセリアさんがこちらを見る。


「いい判断だ、ロジーと行動を共にしていただけのことはあるのだよ。……行き先を指示されているのだろう? 準備を始めるとしよう」

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