第33話 炎に消えゆく⑥

 3日目、続く4日目。

 当然ではあるものの、ムスケルのメンバーたちは依然としてダンとキーラの発見に至っていない。

 しかし、近くで見ていても士気が下がっている様子は見受けられない。

 むしろ徐々に追い詰めているという実感があるのか、あるいは自分が見つけ出すことで上層部からの評価を得ようと熱を上げているのか。

 いずれにしろ、人々の関心が彼らに向けられているうちは心配ない。


「……ん」


 仮眠から目を覚ます。

 時計も窓もないこの部屋で眠ってしまうと時間の感覚が曖昧になる。

 まあ、これといって用事の無い身としてはどれだけ眠りこけようが関係ないんだけど。


 あくびを一つ噛み殺し、ポケットに手を突っ込んで小さな火灯石の欠片に魔力を流していく。

 と、手元がどうにか見えるほどの頼りない明かりが濃厚な闇の中に浮かび上がった。

 ここは村の外に出られる通路へと繋がっている秘密の地下室。

 村人たちが寝静まった深夜にボロ小屋を抜け出しては、ここで寝泊まりするようになった。

 僕の住む家より快適だからという理由じゃない。

 ……いや、少し訂正。隙間風は吹き込まないし、強風で家全体が軋むことは無いから、こっちの方が数段快適ではある。

 だとしても、怪しい行動を見咎められるリスクを負ってまで生活環境を向上させたいとは思わない。

 ここへ通うようになったのには他に理由がある。当然ね。


 コート代わりに麻布のマントを身に着け、音を立てないように注意しながら地下室の階段を上っていく。

 慎重に床板を持ち上げ、隙間から外の様子を窺う。

 部屋の扉は閉まっているし、一度でも開けられればすぐに分かるよう施した細工は仕掛けた時のままだ。人が入ってきた形跡はない。

 軽く周囲を見渡してから、するりと這い出て床板を閉じる。

 念のためその場で聞き耳を立ててみるも、この家どころかその周辺にさえ僕以外の人間は存在しないと確信できるほどに静かだった。


「ふう……」


 ひとまず警戒を解いて溜息を吐く。

 窓の外の月は天頂から傾き、東の空がやや白んできていた。

 朝が近い。

 今日は少し寝すぎたみたいだ。ボロ小屋へ戻るなら急がないと、畑仕事に出た村人に姿を見られてしまうかもしれない。

 言い訳することも無難に切り抜ける自信もある。でも、それは余計なリスクだ。

 後々どんなヘマをして、「そういえば……」という連想から仕込みが暴かれないとも限らない。

 いつも通り裏口から抜け出し、足跡を残さないように注意しながら茂みへ潜った。


 ここからはある程度村の様子を見渡せる。

 まずは煙突チェックから。

 煙が上がっているのは既に家人が起床している証拠だ。その周辺とそこから川へと続く道は鉢合わせの可能性が高いため避けなければならない。

 次にルートの選定。

 なるべく見晴らしのいい道は通らず、背の高い草の生えた草むらや、土手のような高低差のある場所、でこぼこで歩きにくく人通りの少ない道を選んでいく。

 ……よし、ルートは決まった。

 後はどれだけ迅速に、どれだけ音を立てずにボロ小屋まで辿り着けるかだ。


 呼吸を整えて茂みを飛び出す。

 早朝の澄んだ空気を肺に取り込みながら、人の目や気配を掻い潜り自分の家を目指した。


「……っ、はあ」


 誰とも出会わず、誰にも目撃されず、建て付けの悪いボロ小屋の扉を閉めた瞬間は奇妙な高揚感がある。

 息が切れているのはもちろん走っていたからだけど、それだけじゃないことは考えるまでもない。

 アドレナリンが出まくっている。体を動かすのは得意じゃないけど、こういうのも案外悪くないと感じてしまっているんだ。

 潜入や隠密行動に心を動かされない男の子はいない。そういうことだ。


 やがて5日目が終わり6日目に差し掛かる。

 ここまでくれば村の内部はあらかた捜し終わったことになる。

 痕跡は見つけられるものの、肝心の2人の影すら掴めていない。

 真面目な人間、野心に燃える人間には焦りが生まれ、そうでない人間には飽きが生まれる頃だ。

 そして大抵の場合は後者の割合の方が圧倒的に多く、無気力や諦観といった負の感情は腐ったみかんのように周囲へと広がる。


 僕の目的はまだ達成できていない。

 でも、先の見えない状況で粘るにはリスクが高すぎる。

 ここいらが潮時だろう。

 当初の予定を崩し、次の手を打たなければ。


 そう、思っていた夜だった。


「……ロジー?」


 聞き慣れた声にはっと目を覚ますと、少しの光も見えない真っ暗闇の只中。

 焦ってイスから転げ落ちる。

 と、ひんやり冷たい手のひらが頬に触れ、安心したような吐息と共に僕の体を抱き起した。


「やあ、待ってたよ」

「他に言うべきことがあると思いますが……ふふっ、今日だけは許してあげます」


 さて、これで準備は整った。


 麻布を纏い、夜陰に紛れてボロ小屋へ戻った僕らは、朝焼け前の空に立ち上る煙を一緒に見上げた。

 外へと続く地下道への扉は、数分後には焼けた瓦礫の下敷きとなり見つけ出すのは困難となる。

 今はそれでいい。今は、ね。


 その翌日、逃げられないと悟った父親が娘と共に心中した――そんな噂が村中を駆け巡る。

 死人と逃亡者、その幻影は揺らめく炎の向こう側へと消えたのだった。

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