第32話 炎に消えゆく⑤

 これまでの『天才詐欺師は転生してもラクに暮らしたい』は――


 謎の少女スティアの身代わりとなりセイランの村に連れてこられたロジー。

 超常的な力を持つ占い師のフリをすることで、娯楽に飢えた村人たちと交流しながら日々の糧と信頼を勝ち取っていく。


 しかし、村人の一人が身元も分からなくなるほどの炎で焼き殺されたことで状況は動き出す。

 セイランの村を取り仕切る組織、ムスケルのイベルたちが遺留品から特定した被害者はオル・ロット。

 ……というのは、犯人がそう見せかけるために仕組んだ偽装の成果だ。

 真の被害者は、オルの恋人であるキーラに暴力を振るっていたキーラの父親ダン。

 そう、殺されたかに見えたオル、そして焼死体を見て動揺するキーラこそがダン殺害の犯人だった。

 オルを殺されたことにしたうえ、2人が村からの逃亡を企てていたことに気づいたロジーは、あえてこの事実を黙認。

 オルとキーラが所有していた、村の外へと続く抜け穴を利用させてもらうことを条件に、計画の成就を手助けをすることにした。


 ロジーは占い師としての実績や信頼を利用し、一連の事件がダンによるものであると村人たちに思い込ませた。直後、絶妙のタイミングで発見されるようにダンとキーラの家を燃やし、キーラを失踪させることでその認識を強固なものとする。

 捜索隊を結成させ、既に死んでいるダンを探すよう仕向けることに成功したロジーは、その裏側で自身の計画を動かし始めるのだった。


◆ ◆ ◆


 2日目。

 当然のように進展が無いまま捜索は翌日も続いた。

 少なく見積もっても30人はいそうな部隊の目が合っても、昨日から有益な痕跡は何一つ見つかっていない。

 焦りを感じているのは彼らだけじゃなく、僕も同じだった。

 こうも手掛かりが無いと、捜索の目は内から外へ向いてしまう。

 最終的にはそうさせるつもりでも今はその時じゃない。架空の逃走劇をでっち上げるにはそれなりの順序と演出が必要なんだ。

 相手を追い詰めているという実感は一方的に与えるだけじゃ意味が無い。

 追跡者自身が考え、行動し、その手で掴み取ってこそ真実味が増していく。


 ある程度の信頼を得たといっても、僕はまだここへ来たばかりの新参者。

 露骨に活躍を見せすぎると、自分の手柄とするために自作自演を行っているのではないか、という疑念が村人たちの間に浮かんでこないとも限らない。

 これから細く頼りない綱を渡っていかなければならないという状況では、少しの疑いですら命取りとなる。

 とはいえ、成り行きに任せるままではあの2人を逃がした意味が無い。

 ムスケルの連中が計画のレールにすら辿り着けないようであれば、僕に疑いがかかる危険を冒してでも見つけさせる必要が出てくるだろう。

 さて、どうしたものかと考え始めた、そんな時――


「見つけました! 食事の後です!」


 そんな声に周囲の人間がほとんど同時に顔を上げた。

 ようやくか、と思いながら一つ溜息を吐き、声の方向へ歩いていく。

 掘り返されて色が変わった土の中に、葉物野菜の芯が残っていた。

 もちろんわざと見つかるように仕込んだものだ。僕が逃げる側ならこんな分かりやすい証拠を残したりしない。


「付近の畑から野菜が盗まれたという報告は上がっているか」


 報告を受けてやってきたのだろうイベルが周囲の仮面に問いかける。

 互いに顔を見合わせる中、一人が前に出て少し離れた場所の畑を指差した。


「今朝あの辺りの管理者から盗難の報告がありました。昨日の作業時に異常はなかったということなので、昨夜のうちに盗まれたものと思われます」


「1日逃げ回るうちに手持ちの食料が尽きたか、あるいは手持ちを温存したかったかだな」


「この辺りに潜伏しているのでしょうか」


「その可能性が高いだろう。占い師殿にもお伺いを立ててみるか?」


 そう言ってイベルが僕を見る。

 仮面の向こう側に試すような表情が透けて見えた。

 ただしこれまでと明らかに違うのは、半信半疑ではなく成果を期待する方へ傾き始めたこと。

 我ながら短い期間でよくやったと思う。……もう少しだ。


「いいよ、見てみよう。それ貸してもらえる?」


 掘り出された葉物野菜の芯を手に取って目を閉じる。ついでにぶつぶつ言ってみせれば途端に胡散臭くなることだろう。

 とはいえ、大勢の前で奇跡のような的中を見せた後なら話は別だ。

 意味のない行動に特別な意味を見出すようになる。それこそ、悪徳宗教に自らハマっていく哀れな信者のように。


「……ぼやけてる」


「なんだって?」


「たしかに2人へと紐は繋がってる。ただ、その先の輪郭がぼやけてるんだ。この近くにはいないと思う」


「食事だけして移動したってことか?」


「そうだね。焦りと怯えの感情が食べ残しに染みついてるから、多分一刻も早くこの場を離れたかったんだ。村のことをよく知ってるからかな、この辺は朝陽も差し込むし、隠れられる場所が無いことに気づいて慌ててたのかも」


「なるほど、たしかにここは日当たりがいい。夜明け前ならさっさと離れないと人目にも触れやすいだろう。よし分かった。いったんこの付近の捜索は中止させよう。次は潜伏しやすい場所を重点的に探していく、全員に通達しろ」


 イベルの声に仮面の人間たちが方々へと散っていく。

 第一の関門はこれでクリアした。

 後は僕への信頼を維持しつつ、どこまでこの状況を引き延ばせるか、だね。


ーーー


作者あとがき

再開一発目なので前回までのあらすじを入れてみました。

実はちょっとやってみたかったやつです。


そして、本日2020年4月10日ですが、

『天才詐欺師は転生してもラクに暮らしたい』の書籍版が発売となりました!


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