第31話 炎に消えゆく④

 1日目。

 捜索隊はかなりの大所帯となった。

 この村にいる“ムスケル”の全員が参加しているものと思っていいだろう。

 イベル――あるいはさらにその上にいる人間が、この状況を非常に重く見ているという証左でもある。

 それが殺人についてなのか、はたまたこの村から逃亡者が出ることについてなのか。それはまだ断言できない。

 ただ、これが単なる規律維持のための捜索でないことは何となく分かった。


「どうでしょうか」


 片膝をついて特に意味も無く地面を撫でていると、仮面の女が話しかけてくる。

 声と何気ない所作から見て、本部の近くに1人で住んでいる黒髪の女性だ。


 年齢は三十代前半。

 あまり積極的に他人と関わろうとせず、与えられた仕事を黙々とこなすタイプ。

 ただし人嫌いというわけでもなく、話しかければ普通に反応する。

 抱えている闇がある程度透けて見える他の村人と違い、彼女は何というか……そう、良い意味で平凡だ。

 この村へやってきた理由は不明なものの、恐らく移り住んでからそこそこ長い。 

 というのも、他の仮面たちはボロ布のような外套を汚しながら2人の痕跡を捜しているのに対し、彼女はお目付け役としてひたすら僕について回る。

 つまり役職は一般より上。班長、といったところだろうか。


「……気の滞留が無い。多分今は僕らの動きを見ながらあちこち移動してるんだ」


「こういう場合、普通は息を潜めてじっとしているものでは?」


「絶対に見つからない場所があればそうするかも――」


 おっと、いけない。

 いつもの癖で演技を忘れて普通に答えてしまっていた。

 僕がすべきはあくまで捜査の攪乱だ。

 2人は既に村を出ているとはいえ、実際に見つけるための手法を教えちゃ意味が無い。

 それに、今のロジーは“詐欺師”じゃなくて“占い師”だ。

 理屈っぽい話は避けて、オカルトに寄った印象を植え付けなくては。


「ごほん。絶対見つからないといえば、あの家はもう調べた?」


 誤魔化すように1つ咳払いをして、さっきから木々の隙間に見えていた一軒の古びた家を指さす。


「いえ、まだです。何か気になることでも?」


「特に何か感じたわけじゃないけど、隠れ家には最適だなって思っただけだよ。ちょっと見に行ってくるね」


「分かりました、私も同行します」


 そう言った彼女はぴったりと僕の後をついてくる。少しの時間であっても離れる気は無いらしい。

 ここまでくるとお目付け役というよりただの監視だ。

 その真意は測りかねるものの、一刻も早く犯人を見つけたいからであってほしい。

 

「着いたね」


「ええ」


 さて、僕らがやってきたのは他でもない――村を脱出するための地下トンネルに通じる家だ。

 今後の展開の要、最重要地点でもあるこの家を捜索初日に訪れたのには当然理由がある。


「気の流れを見てみるよ。少し待ってて」


 僕はそう言いながら再び地面を意味も無く撫でる。

 いや、今回に限っては意味が無いわけでもない。

 背後にいる彼女の視線を感じる。

 そう、仮面はただでさえ視界が狭い。だから目線を下方向へ誘導してあげる必要がある。

 後は“それ”に気づくだけだ。


「……あら?」


 彼女が何かを見つけたタイミングで立ち上がる。


「人の気配は無いみたいだ。でも、何かのエネルギーのようなものは感じる。中を調べてみよう」


「え? は、はい。私の方も痕跡を見つけましたので、ぜひ」


 仕込みは既に済んでいる。

 普段なら痕跡を消さないよう細心の注意を払いながら進むところ、無遠慮にドアを開け正面から踏み入った。


「やっぱり誰もいない」


「……そう、みたいですね」


 生返事気味に答えた彼女はせわしなく周囲を見回している。

 残念だけど、壁や天井には何も無いよ。

 君が見るべきは床だ。さっき教えてあげたじゃないか。


「なんだろう、ここに流れがある」


 少しわざとらしく言いながらつま先で床を小突くと、そこで初めて仮面が下を向く。

 彼女の視界に入ったのは長年そこだけを歩き続けた跡――床の黒ずみとなって表れた道が奥の部屋へと伸びていた。


「奥の部屋に何かあるのかしら。行ってみましょう」


 先行する彼女に続く。

 黒い道の先、6畳ほどの部屋には簡素なベッドだけが置かれていた。

 布団や枕は乱れてこそいるものの清潔で、つい最近まで使われていたことが分かる。

 枕の上には色も長さも様々な複数人の髪の毛。

 そんなものがここにある理由は単純にして明快だ。

 ある程度年齢を重ねた人間であれば、この家がどんな目的で利用されていたかすぐに分かることだろう。


「こ、この家には来ていないみたいですね」


 動揺を隠すように言った彼女はベッドに背を向ける。

 そして、僕の腕を掴み半ば引き摺るようにして外へと連れ出した。

 僕のような子供に質問されると不都合なこともあるだろう。賢明な判断だ。


「……はあ」


 彼女に背を向け、安堵の息を吐く。

 仕込みは無事に実を結んだ。

 これであの家はしばらく捜索の対象から外れることだろう。

 逃亡者が隠れる場所は人目につかず、なおかつ人の来ない場所という固定観念がある。

 であれば、定期的に人の出入りがあると認識させてしまえば、当然監視の目も甘くなるはず。

 やり方としてはいろんな意味で下の下ではあったけど、とりあえずは上手くいってよかったと思うことにしよう。


 ……ホールの床に這いつくばって他人の髪の毛を拾い集めるなんて、もう二度とやらないぞ。

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