第30話 炎に消えゆく③
キーラの家の火は村人たちの協力のおかげですぐに消し止められ、家の一部を焼くだけに留まった。
燃えていたのは食器棚や服、靴といった生活用品ばかり。
部屋には荒らされた形跡もあり、一見して物盗りの仕業のようにも見えた。
ただ、今が見た目通りの状況でないことは誰の目にも明らかだった。
「間違いねえ、ダンは逃げたんだ……」
そんな声を皮切りに、憶測の声が飛び交い始める。
「でもよ、逃げるったっていったいどこにだ?」
「そりゃあお前、外に出られねえ以上は村のどこかだろうよ」
「それはちょっと無理なんじゃない? 1人ならともかく、キーラを連れているなら隠れるのも一苦労よ。水も食べ物も2人分必要だし」
「じゃあ、まさかあの霧に……? ありえないわ、道標無しに抜けられるはずがないもの」
「いや、入るだけなら誰でもできる。森を抜けることを目的としなければ、だけど……」
ひとしきり言い合いの様相を見せた後、村人たちは何かを期待するように僕を見た。
本部のホールで見せたような半信半疑の目じゃない。
その意図はきっと、僕でなくても容易に察することができるだろう。
声をかけられる前にこくりと頷き、まだ水の滴るキーラの家に近づいていく。
そして、焼け残った1枚の皿を拾い上げて目を閉じる。
次の瞬間――
ガシャン、という陶器の割れる甲高い音に視線が集まる。
音の出どころはもちろん僕だ。手にした皿を石の上に落としていた。
「おい、何をしている!」
慌てて駆け寄ってきたイベルに心配無いと首を振って見せる。
「自然にできた模様から現在や未来のことを見る――古式占いの一種だよ。あの親子に関係するものを使ってやってみたんだ」
イベルは呆れたように溜め息を吐くと、割れた皿の破片へ視線を落とす。
「……それで、結果は?」
「大きな破片の枚数は3、これが少ないほど持ち主は近くにいる。つまり、村からはそう離れていないか、まだ村にいる可能性もある。でも、広範囲に散らばる小さい欠片は遠くへ行こうとしている意志の表れだ。早く見つけないと逃げられちゃうかも」
全てそれらしいことを言っているだけのデタラメだ。
だけど、状況に即しているなら結果を疑うものはいない――はずだった。
「具体的に、どこにいるは分からないのか?」
イベルの声音に疑いの色が混じる。
いや、今は疑念にも満たない小さな違和感程度だ。
しかし、その疑いの種を放置すればいずれ根を張り芽を出すだろう。
この村の暗部に踏み入ろうという時、それはきっと僕の足を絡めとる。
「……やってみるよ」
仕方ない。
今の僕が一番必要としているのはこの男の信頼だ。
これから危ない綱を渡らなきゃいけなくなったとしても、時間稼ぎを行う必要がある。
「家の中に入ってもいい?」
「ああ、だが下手にあちこち触るなよ」
「その必要があれば君に許可を取るよ」
そう言ってキーラの家に入る。
後ろからイベルが続いた。僕が何をするか見張るためだろう。
トリックのタネを仕込むなら適当に理由をつけて追い払っているところだけど、今回は最初からアドリブ頼みのパフォーマンスだ。
むしろ見られていた方が都合がいい。
「……まだ2人の気が残ってる。これなら後を追えるかも」
「どこだ!?」
「そう焦らないでよ。どうせ外に逃げられないなら捕まるのも時間の問題だ、そうでしょ?」
詰め寄るイベルを諭すように言う。
2人に逃げられたとなれば彼の失態にもなる。
だからこそ、ひとまず村にいるという証拠さえ見せれば僕を信じる気になるだろう。
後はどこまで先延ばしにできるかだけど……まあ、これは僕の演技力次第といったところか。
詰めの部分に関しては、キーラとオル、そして彼女たちの行動力に期待しよう。
予想では早くて5日だ。
その間ボロを出さずに、かつ目標に近づいているように事態を演出しなければならない。
「ここ、開けるよ」
無言を肯定と受け取り、焼けて歪んでしまった戸棚を扉を無理やり開ける。
それから天井を見渡して、何度か頷く。
「食料が無い」
「何?」
「言った通りだよ。この家には生ものも保存食も一切無いんだ」
「……なるほど、がめついダンらしい。だが、ヤツの動きが何となく読めた」
「そうだね。食料は大切だけど、外へ逃げ出すには大荷物すぎる」
ぽん、と肩を叩かれる。
「村全体に捜索隊を出す。お前も何か分かったらすぐ知らせてくれ、いいな?」
「もちろん。僕も協力は惜しまないよ」
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