第21話 分かたれる道④
喉を鳴らすように笑った教主の声が広間に響く。
相変わらず姿が見えず、聞こえてくる声も壁に反響しているせいでおおよその方向すら掴ませてくれない。
リーシャがいればもしかしたら、とは思うものの、見つけ出したところでどうにもできないのが現状だ。
そもそも僕は今この場に1人きり。
相手がどういう人間かを把握しておくに越したことはないけど、いざという時に強硬手段を取れない以上今はおとなしくしているのが得策だ。
第1に殺されないこと。
第2に信用を得ること。
そして余裕があれば情報を得ること。
この優先順位で行動しよう。
「教主様、1つお聞きしてもよろしいでしょうか」
「ふむ、何かな?」
「教主様がここへ“巫女”を連れてこようとした理由です。僕らには僕らの信じるものがあるはずなのに、なぜ他教の神と通じる人間が必要だったのですか?」
仮面の男が無言で立ち上がると僕の胸倉に掴みかかる。
震えそうになる手足を気力で抑えつけ、ポーカーフェイスを貫く。
いつもはリーシャが助けてくれていた。
だけど今は、自分の身は自分で守らなくてはならない。
不用意な揺すりや挑発が死を招くことを肝に銘じておこう。
「む?」
カラン、という乾いた音に男が下を向く。
その視線の先、僕らの足元に落ちていたのは木彫りのエンブレムだ。
「……ほう」
教主の意外そうな声に仮面の男が動きを止める。
「ロジーといったか、君は信徒だったのだな」
「ええ、物心ついた頃から孤児だった僕には縋るものが必要でしたから」
教団のエンブレムを拾いポケットにしまう。
何かに使えるかもと思ってくすねておいたのが、早速役に立ってよかった。
「イベル、同じ教えを信じる者に手荒な真似は控えろ。いいな?」
「教主ウィレム! お言葉ですが、この子供は我々の活動の妨害を行ったのです。いかに信徒といえど、このまま見過ごすわけには……!」
思案のためか、一瞬の静寂が訪れる。
「なるほど……ふむ、では事情を聞き出せ。穏便にな。そのうえでの判断であれば私も異論は唱えん。“巫女”の件については追って伝えよう」
「み、御心のままに……」
その後、何も語らなくなった教主に頭を下げ、僕たちはこの場を後にする。
外に出た瞬間、ほっと胸を撫でおろしたのは僕か仮面の男か。
……まあ、きっとどちらもだろう。
多大なコストを払いリスクを負ってまで誘拐した人間が人違いでした、ではこの男も処罰される可能性があった。
その点は僕が信徒のフリをしたことで保留となっている。
人違いではあったものの、全く無関係の人間を連れてきたわけでもないからだろうか。
ともあれ、これでひとまず命の危機からは脱したと考えていいだろう。
「……」
なぜなら、もしこの男が妄信的な忠誠を教主に誓っていたのだとしたら、恐怖や焦りといった自己防衛に紐づく感情は表に出てこない。
つまり、まだ全てを信仰に捧げていないということ。
教団内での自分の立場を守りたい、チャンスがあれば地位を高めたい欲求があるわけだ。
そういう人間ほど考えが読みやすく、考えを読みやすいからこそ操りやすくもある。
となれば、僕が打つべき次の一手はこうだ。
「大丈夫、君は何も悪くない。いざとなったら僕が教主様にそう説明するよ」
「……何?」
「君は“フードの人物を攫う”という運命に沿って行動したにすぎず、僕はそれを知っていたからこそ彼女と入れ替われた。ほら、君は運命を完遂してる。落ち度はないでしょ?」
フードをひらひらと振って見せると不意に髪の毛を掴まれ、眼前に真っ白な仮面が迫る。
この距離で見てようやく分かった。
仮面は木を削りだして形を整え、その上から白く着色しているだけの簡素なものだ。
「……小僧。ここで預言者を騙ることがどういう意味か分かってるのか?」
「っ、僕は預言者じゃない、占い師だ」
「何が違う」
「預言者は大局をより良い方向へ導くために力を使う――つまりは指導者的存在だ。僕にそんな大それたことはできない。君たちにここへ連れてこさせたのは、この些細な力を教祖様のお役に立てたかったからだよ」
「その証拠は」
「占い師だって証拠なら今僕がここにいることが証明になる。僕みたいな子供が君たちプロを出し抜くことなんて普通はできない」
「未来が見えてなきゃか?」
「そういうこと」
数秒の間を空けて、悔し気に舌打ちした男が僕の髪から手を離す。
乱れた髪を手櫛で直し、今度は僕の方から手を伸ばした。
「……何のつもりだ」
「もう1つの証拠はこれから見せるよ。言葉で言っても信じてもらえないだろうから、実際に教祖様のお役に立つことで証明する」
そう言って笑顔を作ると、男は何も言わずに僕へと背を向けた。
まあ、そう簡単に騙されてくれるとは思っちゃいない。
……それじゃあ、久しぶりにやってみよう。
「——(インチキ)占いの館、営業再開といこうか」
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