第20話 分かたれる道③

 馬車に揺られること半日と数時間。

 王都ロメリアを発ったのは深夜のことだというのに、太陽は既に天辺を通り過ぎて夕暮れ時になっていた。

 馬車は常に高速を保ち続け、そして中継地点のような場所で何時間かおきに馬車を乗り換える。

 その都度馬車の種類も変わり、商隊用の籠に乗った時は寒さと乗り心地の悪さでどうにかなりそうだった。


 推測。

 彼らはとにかく急いでいる。理由の1つは追手を撒くため。

 馬は車と違ってガソリンがあればいくらでも走り続けられるものではない。

 ゆっくり走らせれば日中は保つだろう。

 それでも、この速度を維持し続ければ半日も経たないうちに馬が潰れて立ち往生する。

 馬によって個体差はあるといっても、追手側にも替えの馬車が無ければ振り切られるのは時間の問題だ。


 そしてもう1つ。

 僕――いや、“神託の巫女”とやらを殺す気は今のところ無いらしい。

 彼らが殺害を目的としていたなら、そもそもこうして手間暇かけて連れ出さずとも誘拐に成功した時点で終わっていた。

 食べ物と水を与えられているのも根拠の1つだ。

 万全の状態で何かをさせるために攫ったのだろう。

 つまるところ、別人だとバレてしまえば命の保証は無いということだ。むしろ殺される可能性の方が高いかもしれない。

 嫌な予感に駆られて咄嗟に入れ替わってみたものの……さて、どうしたものかな。


「……?」


 不意に馬車の中が暗くなる。

 もう日没か、と思いきやそうじゃない。

 馬車が森に入ったんだ。


「長旅ご苦労だったな、到着だ」


 くぐもった声が聞こえると共に馬車が減速を始める。

 どうやら目的地に着いたようだ。


「降りろ」


 男に従って馬車を降りると、まだ揺れている感覚が残っていたのかバランスを崩しよろめく。

 と、いつの間にか周囲を取り囲んでいた仮面付きの1人に腕を掴まれ、そのまま乱暴に立たせられた。


「……気をつけろ」


 若い男の声に何度も頷く。 

 心を落ち着かせるように深呼吸をすると、冷たく湿った空気が肺を満たしていくのが分かった。

 不思議に思い辺りを見渡してみれば、木々の隙間にうっすらと霧が漂っているのが見える。

 なるほど、この霧が日光を遮っているわけか。


「っ」


 背中を押されさっさと歩くよう促される。

 少しのんびりしすぎたか。


 さて、そうして歩き始めていくつか分かったことがある。

 1つは仮面の人間の中に一般人が混ざっていること。

 と言うより、先頭を歩く例の男と他2,3人を除けば残りは全員がそうだ。

 体格や歩き方、周囲警戒の仕方が何となく素人臭い。

 同じ格好、同じ仮面をしていても、全員が全員実行部隊ではないということか。


 そしてエルフの割合が多い。

 王都ではそこまで見かけないせいか、ここにいる人間の半分以上がエルフということに奇妙な感覚を覚える。

 まあ、通常エルフは森に住んでいるらしいことを考えればある意味正しいとも言えるけど。


 最後にこの霧だ。

 馬車を降りた近辺では目を凝らさなければ分からないような薄さだった。

 しかし、今や1メートル先ですら見えるかどうか怪しいほどに視界を遮っている。

 途中で馬車を止めたのはこれが理由か。


「おい」


 先頭の男が女性であろうエルフを呼びつけ、耳元で一言二言話している。

 それが終わると、彼女は小さく頷き霧の中へ消えていった。

 恐らく先触れを送ったのだろう。


「……」


 それからさらに歩き続けると、小さな村のような場所に行き着いた。

 中心には小川が流れ、その周囲には畑や家畜小屋のようなものも見える。

 何より驚いたのは、村に差し掛かった瞬間肌に纏わりついていた濃霧が嘘みたいに晴れたことだ。

 自然に起きるとは考えられない。霧払いの魔導具でもあるのだろうか。


 やがて連れてこられたのは村の中でも一際豪華で目立つ建物。

 どこかで見たようなエンブレムが外壁にあしらわれ、そこがどういう場所なのかを周囲に誇示しているようだった。


「教主様がお会いになるそうです」


 そんな声に視線を下ろすと、建物の入り口で1人のエルフが扉を開けて待っていた。

 ついさっき先触れに出た女性だろう。

 彼女が膝をついて頭を下げると、先頭の男以外がそれに倣った。


「来い」


 男に続き扉をくぐって中に入る。

 直後、ツンと鼻をついたのは何かのお香だ。

 念のため袖で口元を覆っておく。

 こういう場所のお香といえば幻覚作用のあるものが定番だ。用心に越したことは無い。


「はははっ、またしてもやられたな」


 広間に入った瞬間、そんな第一声が僕らを出迎えた。


「教主ウィレム、それはどういう……」


 先ほどの女性同様、膝をつき頭を下げた状態で仮面の男が困惑しながら言う。


「フードを取ってみれば分かることだ。まったく、つまらん小細工に引っかかりおって」


 思いの外早かった。

 どうして、という疑問はさておき、どのみちいつかはバレる嘘だ。

 ここまで来たのなら後はタイミングしかない。


「まあ、そういうことだね」


 そう言ってフードを脱ぐ。

 口元を覆っていた袖を下ろすと、仮面の男から驚きの声が漏れた。


「はじめまして、セイラン教の教主様。僕はロジー、ロジー・ミスティリアです」

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