第19話 分かたれる道②
「そうでしたか。やはり……」
スティアは長い息を吐き出した後、頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。
「若いうちから険しい顔してると、将来シワが取れなくなるよ」
「……見えないくせに」
スティアがくすりと漏らし、張り詰めていた空気が少しだけ緩む。
サーニャと同じく、彼女もまた“不確定”という希望に縋っていたわけだ。
つまり行き着く場所も変わらない。希望が失われた後には重く圧し掛かる現実だけが残る。
それでも、スティアの立ち直りは早かった。
「ロジーさん、あなたの考えを教えてください」
「考え?」
「あなたは聡明な方です。噂の裏付けが取れた今、次に何をすべきかを既に考えついているのではないですか?」
「それは――」
と言いかけたところで、甲高い馬の嘶きが耳を劈く。
直後、正面に座っていたスティアが弾き飛ばされるように僕の胸に飛び込んできた。
「ひぁっ!」
短い悲鳴。
咄嗟に華奢な体を抱きとめると、僕自身も綿の入った背もたれに後頭部を打ち付けた。
馬車が急ブレーキをかけたんだ。
「っ、何が起きてる!?」
「大変です、馬が倒れてます!」
一足早く体勢を立て直していたリーシャが座席から身を乗り出すようにして言った。
「御者のおじさんは!?」
「えっと、前にはいません。馬車から落ちたのでしょうか? だったら大変です、すぐ助けないと!」
いつぞやの苦い記憶が鮮明に蘇る。
頭を打った影響か、あるいは状況を正しく理解できている証拠か。
急速に分泌されたアドレナリンが思考スピードを加速度的に引き上げていた。
「……違う、事故なんかじゃない」
腕の中でもがいていたスティアの外套を掴み、無理矢理引き剥がしにかかる。
「ちょっ、ロ、ロジーさん!? こんな時に何をするんですか! や、やめてください!」
「いいから! 早く脱いで顔を隠して!」
さすがの僕も自分より体格で劣る女の子に力負けはしない。
抵抗するスティアの腕を封じ、胸元で結ばれた紐を解くと強引に外套を奪い取った。
正体が割れるのを危惧してか、抵抗を止め両手で顔を覆った彼女をリーシャの方へ突き飛ばし、急いで外套を羽織る。
「……リーシャ、スティアを連れてカシアの街に戻れ。そしてアルベスさんに伝えるんだ。“僕の居場所の手掛かりはベイが握ってる”って」
「何を――」
そう言ってフードをかぶったところで馬車の扉が外側から開けられる。
外から伸びた腕が僕の腰に回され、そのまま車外に引きずり降ろされた。
「え、嘘っ! ロジ――」
暴れるフリをしながら開いたままの扉を蹴って閉める。
こちらに手を伸ばしかけたリーシャの叫びが虚しく掻き消えた。
「馬車を囲んで周囲警戒、目撃者は殺せ」
仮面で顔を隠した連中がくぐもった声に従い散っていく。
一人は扉の引き手に縄を巻きつけている。
なるほど。確実に閉じ込めておくことはできないものの、周囲に助けを求めるまでの時間を稼ぐだけなら最善とも言える方法だ。
それが終わると僕は脇に抱えられ、あっという間に馬車から離れた場所まで運ばれた。
「騒げばこの場で殺す、嫌なら黙っていろ」
男の声にコクコクと頷く。
かえって好都合だ。声を出したらバレる可能性がある。
「目標を確保した、馬車を回せ」
この場にいる誰かに向けられたものではない。
恐らく魔導具で会話しているのだろう。
大人しく周囲を観察していると、どこからともなく蹄と車輪の音が聞こえてきた。
……いくらなんでも早すぎる。男が連絡してから馬車が到着するまで2分も経っていない。
襲撃から誘拐、離脱までおよそ3分といったところか。もはや推理するまでもなく荒事のプロだ。
「乗れ」
乱暴に背中を押されながら馬車に乗り込む。
明かりが無く真っ暗なのは先ほどと変わらないものの、座席は板張りと馬車のグレードは随分と落ちた。
「いいぞ、出せ」
後から乗った男が扉を閉めると馬車が動き出す。
揺れの感じからしてそこそこ速度が出ているようだ。
方向は一直線に外周区へ。王都を出る気だろうか。
「さすがは“神託の巫女”と呼ばれるだけのことはある。普通の子供なら親に会いたいと泣き叫んでいるところだ」
仮面の男は流れる景色に目を向けながら言う。
一仕事終えて軽口を叩いているように見えて警戒を怠っていない。
彼が司令塔か、あるいは中心に近しい人物で間違いないだろう。
「その調子で大人しくしていてくれよ? 俺は別に子供を嬲る趣味は無ぇが、あっちに着きゃそういうやつもいる。つまりはお前の心掛け次第だ」
黙って頷いておくと、男は満足したように鼻を鳴らした。
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