第18話 分かたれる道①
「こんなものかな」
荒した土の上に乾いた砂を撒き、よく均して目立たないようにする。
こんなお粗末な偽装に意味があるかと言えば微妙なところではあるけれど、やっておいて損はない。
「ところで、サーニャは落ち着いた?」
エリオットが困ったような顔で首を振る。
その視線の先、フードをかぶり直すことも忘れたサーニャが膝を抱えて座り込んでいた。
「……どう声をかけたもんかな」
「さあね。そっとしておくのが正解な時もあるとだけ言っておくよ」
銀髪エルフが材料に使われている、という噂はあくまで不確定な情報だ。
……いや、だったと言うべきか。
サーニャのように怒りを抱きつつも、“噂が嘘である可能性”を望むあまり現実感が伴っていなかったということは往々にしてある。
「さて」
光が弱まってきた火灯石に息を吹きかけて魔力を抜くと、周囲に冷たい暗闇が戻ってきた。
とはいえ、月明りのおかげで近くの人の顔くらいはどうにか判別できる。
目が慣れてくれば移動に難儀することはないだろう。
「僕とリーシャは学園に戻るよ。君たちも人に見られる前にここを離れた方がいい」
「ああ、そうするよ」
軽く手を上げたエリオットに「それじゃ」と返し、リーシャを伴って歩き始めた。
「……ロジーくん」
背後から聞こえた消え入りそうな声に足を止める。
「手伝っては、くれないの?」
隣のリーシャが僕を見た。
迷いつつも何かを期待しているような気配に、ほんの少しだけ危うさを覚える。
「目的地は違っても目指す方向は同じだ、どこかで道が交わることもあるかもしれない。だけど、君たちがその銃を持ち続ける限り同じ道を行くつもりは無いよ」
振り返らずにそう言って、再び歩みを進めていく。
僕とリーシャの間にも会話は無く、墓地を出るまでこの静寂が続くのだった。
◆ ◆ ◆
学園へ向けて長い道のりを歩いていると、リーシャが何かに反応するように後ろを振り返った。
「リーシャ?」
「馬車です。こっちに来ます」
立ち止まったまま待っていると、カラカラという車輪の音が聞こえてきた。
どうやらこちらに向かっているのは間違いないらしい。
「リーシャ、念のため逃げ込めそうな路地の近くまで歩こう。一応周囲の警戒はしておいて」
「分かりました」
早足気味にこの場を離れ、ちょうどよく見つけた横道のすぐ傍で馬車を待った。
単に通りかかっただけならそれでいい。
だけど、僕たちが今やってきたことを思えば、あまり楽観視していられないのもまた事実だった。
「……来ました」
遠目に見える馬車の色は黒。
御者はモスグリーンの外套を身に纏い、フードを目深にかぶっている。
スティアといいサーニャといいこの御者といい、最近はフードが流行しているのだろうか。
「はあ……」
そんなわけあるか。
自嘲するように白い息を吐き出す。
やがて速度を緩めた馬車は僕らの目の前で止まり、御者の男が手綱を握ったままこちらを見下ろしていた。
「失礼、ロジー・ミスティリア殿とお見受けいたしますが」
壮年の男の声。聞き覚えは無い。
心配そうな顔で袖を引くリーシャに軽く頷いてみせた。
「そうだけど、僕に何か用?」
「然るお方より、あなた方を学園までお送りするよう命を受けております」
と、馬車の扉が内側から開けられる。
なるほど、そういうことか。
「既に誰か乗ってるみたいだけど?」
「ええ。あなた方以外を乗せるな、とは聞いておりませんでしたので」
ようは危険なことに協力させている従者への配慮だ。
理由は聞かされず、ただ命令に従っていただけだと言い訳ができるように。
それがどれだけ意味のあることなのかはともかくとして、彼女が他人を思いやれる人間なのは分かった。
「それじゃあお言葉に甘えようかな。後でその“然るお方”にお礼を言っといてよ」
「かしこまりました」
困惑するリーシャの手を引いて馬車に乗り込み、進行方向に背を向けるように座った。
中はそこそこ広く、座席には綿が詰められているのかお尻や背中が痛くない。
明かりを灯しておらず、窓から差し込む街灯が正面に座る人影をうっすらと浮かび上がらせていた。
「どうせなら行きも乗せてほしかったよ」
「すみません、どこへ向かっているのか分からなかったものですから」
ガタガタと馬車が揺れ始める。
どうやら動き始めたようだ。
「リーシャ、こちらはスティア・レミンクルス。話は聞いてただろうけど、君は裏口にいたから顔を突き合わせるのはこれが初めてだよね」
この暗闇の中で顔を突き合わせていると言えるのかどうかは微妙なところだ。
「リーシャ・ミスティリアです。えっと……レミンクルスさん?」
「スティアで構いません。あまり硬くならないでいただけると嬉しいです」
「は、はい」
珍しく緊張しているリーシャに苦笑する。
「それで、親切をするために僕たちを見張ってたわけじゃないんでしょ? 目的を教えてよ」
「……気づいていたのですか?」
「いや? でも、こんなタイミングで現れるには見張りでもつけてない限りできないなって思って」
そうですが、と歯切れの悪い言葉で返したスティアが窓の外に目を向ける。
ラピスラズリのような瞳が街灯の光を受けてきらきらと輝いていた。
「調査をしてくれていたんですよね、“万能の薬”の」
「そうだよ。確かにあの時は断ったけど、リーシャが見て見ぬフリはできないって言ってね」
「ロジーも、ですけど」
一瞬驚いたような気配の後に、スティアがくすりと忍び笑いを漏らした。
「ありがとうございます。今日はそれが言いたくて」
「別に依頼を受けたわけじゃない。個人的に動いてるだけだよ」
「それでもです。私の力だけではどうにもできないので、希望が持てました」
暗闇の中で手が握られる。
小さな手だ。リーシャと同じくらいか、それよりもさらに小さい。
「その希望を打ち砕くようで申し訳ないけど、ついさっき収穫があった」
「え?」
「“万能の薬”の材料は銀髪エルフで間違いないかもしれない。さっき埋葬された後に耳が削がれた遺体を見てきた」
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