第22話 平穏に焦がれる①
セイランの村に連れてこられてから5日が経った。
何とか生き長らえてはいるものの、ここでの暮らしは“不便”の一言に尽きる。
まず魔導具が使えない。最も初歩的にして最大の要因だ。
閉鎖的な環境だからか魔導具の絶対数が少ないというのもある。だけど、より正確に言うなら魔導具が機能しないと表現する方が正しい。
仕組みはよく分からないものの、何らかの影響により魔力を魔法に変換することができなくなっている。感覚的には王城の地下牢で起きていたことと同じだ。
明かりや暖を取るために必要な火を起こすのも一苦労だし、水もわざわざ小川まで汲みに行かなければならない。
そして調味料の不足。
食事は野菜や穀物を中心とした質素なもので、都会の味に慣れきっていた僕には少し物足りない。
最初の2,3日はこれもありだと思っていたけど、味にバリエーションが無いので飽きるのも早かった。
と、控えめなノックの音に顔を上げる。
「……あの、懺悔小屋というのはここですか?」
「少し違うけど、まあ入ってよ」
半開きになった扉から顔を覗かせたエルフの女性を招き入れ、正面のイスに座らせる。
きょろきょろと辺りを見回し、落ち着かない様子の彼女に水を出す。
ついこの前まで廃墟同然だったんだ。あちこち薄汚れているのは見逃してほしい。
――懺悔小屋。
あてがわれた粗末な小屋がそう呼ばれるようになったのはつい3日ほど前のこと。
基本的に自給自足の環境だからか、働かざる者食うべからずのスタンスは都会よりも顕著だった。
つまり、働かなければ生き残れない。
一番手っ取り早いのは畑や家畜を持っている人の手伝いをすることだけど、生憎と僕には肉体労働に従事できるだけの体力や根性は無い。
そこで始めたのが懺悔小屋、もとい“占いの館”というわけだ。
村人の信頼を得るにもちょうどいいし、お悩み相談の過程で自然と情報も集まってくる。
聞き出すより話させる方が上手くいく。北風と太陽みたいなものだ。
「……というわけなんだけど」
「まあ、そんな男とは別れて正解だね。見て、左手の人差し指と中指の付け根あたりに太い線が入ってるでしょ? これは支配を望まない強い意志を持っていることを表している」
差し出された手を握り、その個所を優しくなぞっていく。
「君は自立した立派な女性だ。でも、たまには誰かに選択を委ねたい時もある。だから価値観の同じ男性と、互いに尊重し合いながら幸せな家庭を築きたいと思ってる」
でしょ? と首を傾げると、エルフの女性は目を見開いた。
「すごい……全部当たってるわ! 誰にも話したことなんて無いのに!」
「手相には人の一生が刻まれてるんだ。だから、見る人が見れば過去だけじゃなく未来だって読み取れる」
そう言うと女性はさらに目を輝かせる。
娯楽も刺激も無く、新しい出会いもそうそう無い村人にとって、占いは極上のエンターテイメントだ。
それがバーナム効果のもたらす錯覚だとしても関係無い。
「教えてロジーくん。私の未来はどうなっているの? 素敵な男性とは巡り合える?」
苦笑しつつこれまで集めた記憶を思い返す。
この女性――名前は確かミレイス。
実年齢は分からないものの外見は20代前半で、ゆるくウェーブのかかった金髪と目尻の下がった眠そうな瞳が柔和な雰囲気を醸し出している。
そして昨日客として相談に訪れた別の女性の恋敵。
意中の男性が好意を寄せているらしいけど、少し探りを入れた感じミレイスの方は気にも留めていない。
確実に実る恋を紹介するのは簡単だ。その男を運命の相手として意識させれば2人は必ずくっつく。
だけど、この短時間の会話では相性までは分からない。男の方はそもそも誰かすら知らないわけだし。
さて、どうしたものかな。
「……ふむ」
「どうなの?」
ミレイスは僕の手を握り返し、身を乗り出して顔を近づけてくる。
狙ってやっているかはともかくとして、傍から見れば誤解されそうな構図だ。
「——」
と、2人揃って窓の方に視線を向ける。
「ロジーくん、聞こえた?」
「女性の悲鳴だ。気のせいじゃないみたいだね」
おんぼろの扉を開け放ちミレイスと一緒に外へ出る。
同じく悲鳴を聞きつけたのか、何人もの村人が不安げな顔で声の聞こえた方向へ視線を向けていた。
「あっちには何があるの?」
「うーん、畑と家……あと墓地があるかな」
「また墓地か。よし、とりあえず行ってみよう」
「えっ、ちょっと、ロジーくん本気!?」
慌てた様子のミレイスを一瞥してから歩き出す。
村人たちの動揺から見て何かあったのは間違いない。
であれば、当然警察的な自治組織が見分なり調査に訪れるはずだ。
そこで活躍してみせれば信用を得る足掛かりになる。
上手くすれば秘された情報にもアクセスできるようになるかもしれない。
「家の中でも悲鳴が聞こえたからそう遠くない場所のはずだ。ミレイスさんは帰っててもいいよ」
「遠くないって言ってもロジーくんは子供でしょ? 1人で行かせるわけには……」
「じゃあついてきて」
「う、うん」
ミレイスを伴い歩くこと数分。
鼻をつく焦げ臭いニオイにこの先で起きていることが何となく想像できた。
「ね、ねえ、これって……」
「大きな煙は上がってない。となると、火事ではないね」
「じゃあ、このニオイは……ぅ」
口元をおさえながらミレイスが呻く。
視線の先にはへたり込む女性。
地面に転がる複数の桶と水たまり。
そして、周囲に漂う異臭の正体。
「……さすがの僕も、ここまでレアな事件は遠慮したかったよ。いや、焼き加減の話ではなく」
笑える冗談ではなかったな、と思いつつ溜息を吐く。
墓石にもたれ掛かるかつて人だった黒い塊――焼け焦げた遺体がそこにあった。
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