第67話 7年間の清算

 背後から聞こえるスウェンの呻き声に振り向くことなく、僕らは“パッチワーカー”と対峙する。


「なぜ、どうしてハーグレイブ卿が——」


「場所を考えてみなよ、ここをどこだと思ってるのさ」


「もちろん彼がここの教員であることは知っています……ですが、あなた方はここへ来るまでに一度もハーグレイブ卿と接触していない。外で破壊工作を行なっていたお仲間も見張らせていましたが、彼もあなた以外とは一切連絡を取っていないはずです!」


 僕らだけでなく、ギリの行動まで監視していたわけか。

 まったく、周到なことで。 


「なのに、どうしてこの土壇場で……よりにもよって学園の最大戦力がここへ来るのです!?」


 自分の位置を教えるだけの単純なものから、ペアとなる魔導具を持つ者同士で会話ができるものまで——前世ほどではないにしろ、この世界にも遠く離れた場所の人間と連絡を取り合う手段は数多く存在する。

 ただし、そのほとんどが魔力に依存するものである以上、気をつけてさえいれば察知するのは非常に容易だ。


「あんたはきっと確実に勝てる算段があってここにきた。情報戦においても、実戦力においても、自分が負けるなんて夢にも思っていない。だからここへ姿を現した――そうでしょ?」


 レナードという脅威が学園内にいる以上、やつも当然そこは警戒していたところだろう。

 だからこそレナードへの接触については特に厳しい監視を行っていたはずだ。


「事実、あんたは僕たちの行動の全てを把握していた。僕が“パッチワーカー”の件を引き受けるよう画策したり、僕が依頼を受けたタイミングでエルザ・レリクスの家にスウェンを送り込んだり、ギリを僕の情報屋だと見抜いたりね。そこについては素直に賞賛を送るよ」


「当然です! 私は完璧だった、私は勝っていた! そして、“パッチワーカー”は華々しく復活を遂げていたはずなのです! それが、どうして、こんな……!」


 マスターは両手で顔を覆い、子供が駄々をこねるように首を振る。


「そう、あんたは完璧だった。そして完璧だという自負もあった。だから見落としたんだ。魔導具や手紙のような、直接的な連絡手段以外の可能性をね」


「心が通じ合っていたから、などという気ですか!? ふざけないでください!」


「僕とレナードが? ははっ、それはないよ。僕らはあくまで互いを利用し合うだけの関係だ」


「だったら、なぜなのです!」


「レナード、どうしてここへ来たか聞いてるよ? 答えてあげたら?」


「は? どうしてってそりゃあ、お偉方の部屋で異常があれば駆り出されるのは当然俺だろう……っと!」


 会話をしながら器用にスウェンの一撃をすり抜け、鳩尾に直剣の柄を捻じ込む。

 くの時に折れ曲がる巨体と、音も無くその脇へと回り込むレナード。

 咄嗟に払おうとしたスウェンの剛腕が空を切った。

 肘から先が無いとはいえ、あの勢いで振り回された腕に当たれば脳震盪くらいは起こすかもしれない。

 それでも、レナードは上体を逸らすだけで難なく避けきり、続けて繰り出された膝蹴りも涼しい顔で受け流した。


「もし学園のセキュリティを抜けてくるような侵入者だったら、俺以外の誰がここのジジイ共を守るんだって話だ」


 バランスを崩しよろめいたスウェンに、かかってこいと挑発するレナード。

 もはや勝負はついている。僕らが防戦に徹するだけで手いっぱいだったスウェンを相手にこの余裕——実力の差は明白だった。

 “聖騎士”なんて大仰な称号は伊達ではないらしい。


「……異常、だと? セキュリティの抜け道を通ってここへ来て、スウェンが動き出すのを見計らい――」


 心当たりに行き着いたのだろう。

 マスターはその動きを止めた。


「そう、この作戦において、僕たちがレナードに連絡する必要なんて最初から無かったんだよ。だって、理事室へと続く魔力路に細工をすれば、向こうから勝手に来てくれるんだからね」


 魔力の流れを阻害して供給を途絶えさせる、これが異常でないはずがない。

 ギリに指示をして理事室の明かりを消させた時、既にレナードへの連絡は済んでいたというわけだ。

 あとは適当に時間を稼ぎながら彼の到着を待つだけ。

 そして危うい状況にまで追い詰められているところをレナードに見せれば、後はこれまでの展開の通りになる。


「そんな、単純な……!」


「単純でも何でも、認識できなければ致命の一手になり得るってことだよ。あんたはあの作戦を“自分とスウェンをここへ誘き寄せるためのもの”と考え、あえて乗ってみせた。僕を読み切ったつもりだったんだろうけど――くくっ、残念だったね。あんたはただ、目の前に用意された都合のいい結論に飛びついただけだ」


「ミスディレクション、っていうんですよね!」


 リーシャに笑顔を返しながらセリアの背中を一押しする。

 肩越しにこちらを見たセリアに頷いて見せると、リーシャと共にその隣に並ぶ。


「さあ、もう十分だろう。“パッチワーカー”」


「7年間の清算をする時なのだよ」


「はい、逃げようとしても無駄ですよ!」


 縋るものでも探すように、マスターはきょろきょろと周囲を見渡し始める。

 そして目を留めたのは黒い燃えカス。

 まるで活路を見出したかのように瞳に活力が戻ってくる。


「待ってください! アルバート・グレンドレックが死に、契約書も燃えてしまった! あなたの言う通り、私が“パッチワーカー”であると証明するものはありません! いくら私が自称したところで、証拠が無ければ逮捕はできませんよ!」


 ふう、と呆れたように溜息を吐いたのはセリアだった。


「7年間“パッチワーカー”に戻りたかったあなたが、今度は自身を否定することになるとはな。因果なものなのだよ」


「あなたもあなたですセリアさん! アレクの仇が目の前で死んだというのに、どうしてそんなにも冷静でいられるのです!」


「決まっているだろう。やつは死んでいないからなのだよ」


「どうして、スウェンは確かに……っ!」


 はっ、と口を押えるがもう遅い。

 仮にアルバートが死んでいたとしても、仮に契約書が燃えてしまっていたとしても、今の自白があれば逮捕はできる。


「それについては、わたくしが説明しますわ」


 ルクルが得意げな顔で言いながら僕たちの隣に並ぶ。

 そして取り出したのは薄黄緑色の液体が入った小瓶。


「子爵様——いいえ、アルバート・グレンドレックが毒殺されるかもしれないとロジーから聞いていました。だから、わざわざ倉庫にまで行って予備のワインとグラスをを用意していましたの」


 すぐに出せるストックや普段から使っているグラスには毒が盛られる可能性がある。

 別にあんな男が死んだところで構いやしないけど、生きているうちに罪の裁きを受けさせたいというセリアの要望は無視できない。


「そして、代わりにこれを飲ませてほしいと渡されたのがこの“眠り薬”ですわ」


 元の持ち主はミゲル・ラクマンだ。

 リーシャが朝と夜に僕の元へ水を持ってくることに目をつけ、実際に僕が飲まされた分の残りである。

 ミゲルの拉致後、押収される前にこっそりくすねておいたものだ。


「アルバートは……生きている、のですか?」


「ええ、もちろん。わたくし自身がどんなに軽蔑していても、ユーリにとってはただ一人の肉親ですもの。殺しはしませんし、殺させもしませんわ」


「あんたがあのタイミングで仕掛けてくるのは分かっていたよ。アルバートを素材に使おうとしていることもね。だったら話は簡単だ。眠っているような死体を欲しがる“パッチワーカー”を騙すなら、死体のように眠らせればいい」


「っ、ですが! 肝心の契約書が無ければ同じことです! アルバートが観念して喋るとは思えません! ははっ、私を捕まえようとするあまり、最初の目的を忘れましたな」


 と、セリアがごそごそとローブの下を漁り、紙のような何かを取り出した。


「そんな、まさか! 私はあれが燃えるのをはっきりこの目で見た!」


「本当に?」


「……え?」


「あんたが最初に見た契約書と、燃えて炭になった契約書が同じものだったと本当に言い切れる?」


 マスターは目を見開く。


「そう、見せていたのは本物で、燃やしたのは偽物だ。僕の動きには注視していたのかもしれないけど、セリアの方はあまり警戒していなかったみたいだからね。甘く見るから足元を掬われるんだ」


 ふらりと立ち眩みを起こしたようにマスターが膝を折る。

 これにて決着だ。


「“パッチワーカー”、キミを連続猟奇殺人犯として逮捕するのだよ」

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