第66話 7年前の真実④
乾いた拍手が室内に響く。
この場にいる全員の視線を受け、マスターは鷹揚な所作で両手を広げた。
「おめでとうございます、セリアさん。ついに7年前の真実を暴き、アレクの無念を晴らすことができましたね」
一瞬だけ俯いたセリアが振り向き、僕に2枚の契約書を手渡す。
預かっていろ、ということだろう。
「いいや、まだ1つやり残したことがあるのだよ」
「ほう、それは?」
「キミの逮捕なのだよ、“パッチワーカー”」
セリアの言葉を受けたマスターの口角がゆっくりと吊り上がった。
その機械的な動作はまるで人間の成り損ないだ。
精巧に表情を形作るものの、そこに心が介在しないアンドロイドと相対した時のような嫌悪感を抱かされる。
「残念ですがそれは叶いません。もちろん、アルバート・グレンドレックの逮捕にしても同じです」
「何?」
「彼を断頭台に送るというロジー様の発言に対し、私はその必要は無いと言ったはずですよ。なぜなら彼は――」
「お祖父様っ!?」
ユーリの叫び声の直後、ワイングラスが床に落ちて割れる音が耳を打つ。
「“パッチワーカー”、キミというやつは……っ!」
ソファから立ち上がろうとしたところでバランスを崩した――わけではない。
まるでその場で気を失うようにソファからずり落ちたアルバートは、床へと倒れ伏しピクリとも動かない。
繋ぎ合わせる際の外科的処置以外は一切の外傷を負わせない、という“パッチワーカー”の殺害方法を思い出す。
当然だ、彼にとって死体は作品のための素材なのだから。
「セリアさん、あなたはなぜ怒っているのです? あなたはアレクに罪を着せた何者かを、7年もの間ご自分の手で殺したいほどに憎んでらしたではないですか。その男こそが全ての元凶なのですよ?」
何でもないように言ってマスターは首を傾げる。
本当に分からないのか、あるいはそう振舞っているだけか。どちらとも判別しがたい。
「その契約書さえあればアルバートの有罪を立証できます。そうすれば、アレクの罪も無実のものだったと証明できるでしょう。あなたはただそこで見ているだけでいいのです。さあ、共に7年越しの夢を叶えようではありませんか!」
「……夢、だと?」
「あなたはアレクの罪を払拭すること。そして私は“パッチワーカー”として再びこの世に作品を送り出すことですよ。アルバートが銀の髪のエルフを嫌悪していたのは周知の事実。ですから、完成品はきっと多くの人の心を打つものになるでしょう」
「待つのだよ、銀髪エルフなどそう都合よくいるはずが……っ」
閉口したセリアの視線の先にはスウェンがいた。
確かに、アルバートと比べて背は高いが体格はよく似ている。
「……いいや、そんなことはどうだっていい。キミはここで捕まるか、万一逃げ切ったとしても連続猟奇殺人犯であることが王都中に広まる。どのみち“パッチワーカー”は終わり――」
「それは違うよ、セリア」
途中から白けた表情でセリアを見ていたマスターが僕に視線を向ける。
「マスターの目的は“パッチワーカー”が健在だという証明――そして、差別をする者は“パッチワーカー”に殺されて他人と繋ぎ合わされるという恐怖の偶像の確立だ。むしろ現実味が増す分、自身が“パッチワーカー”だと知れ渡るくらい何ともない。それに、逃げ切れる算段が無ければ最初からこんなところに来るもんか」
「ご慧眼、恐れ入ります。やはりあなたにお任せして正解でした」
恭しく頭を下げるマスター。
再び動き始め、構えを取ったスウェンの姿にリーシャとルクルが警戒態勢に移る。
「ロジー様、あなたなら既にお分かりと思いますが、あえて申し上げます。この場の全員が束になってかかってもスウェンには勝てません」
「だろうね」
「ですが、そこにあるアルバートの死体を引き渡していただけるのなら、誰にも危害を加えずこの場を去ると約束しましょう。あなた方にはもう必要のないものですし、私としても無駄な殺生をせずに済みます。どうです、悪い話ではないと思いますよ?」
たしかに、僕たちがここを切り抜けるためにはスウェンの打倒が必須だ。
しかし、彼我の戦力差は火を見るより明らか。経験という意味でも、実力という意味でも、僕らが力を合わせたところでスウェンには遠く及ばない。
「申し出はありがたいけど、残念ながらそれを受ける気は無いよ」
「……そう、ですか」
溜息と共にマスターの目が細められる。
「残念です。あなたは過去も未来も見通す――本物の占い師のような方だと思っていましたのに」
マスターが手を上げると、スウェンの殺気が色濃くなり部屋全体を覆い尽くさんばかりに広がっていく。
これがグレンドレックを影から支えてきた懐刀。
自分たちとの格の違いが僕にも分かる。
「どうするんですか、ロジー! このままじゃ皆……っ」
いったんスウェンから距離を取ったリーシャが僕の隣に並ぶ。
「大丈夫、僕もそこまでバカじゃない。スウェンとまともに戦って勝てるなんて思っちゃいないよ」
「えっ、だったら……その、見逃した方が良かったんじゃ……」
指を振って見せる途中、手品のように取り出したリングにリーシャが目を丸くする。
「えっ、いったいどこから!? ……じゃなくてっ、それ、先ほどアルバートさんが使っていた魔導具ですよね?」
「そう、スウェンには勝てなくても、これがあれば“パッチワーカー”を殺せる」
その言葉に、背を向けて歩き始めていたマスターが足を止めて振り向く。
口の端を吊り上げながら、セリアから預かっていた2枚の契約書を高く掲げる。
「さっき僕を知ったつもりで何か言っていたようだけど、認識が間違っているみたいだから教えてあげるよ。覚えておくといい、“パッチワーカー”」
「っ、ま、まさか! 止め――」
「僕は占い師じゃなくて、詐欺師だからね」
発火、というにはあまりに一瞬だった。
指先から発せられた炎は瞬く間に羊皮紙を焼き尽くし、黒い燃えカスとなって床へと落ちる。
「……なっ、なんということを!」
「あんたが今日まで市井に潜んでいたのは、この契約書さえ公表されれば再び“パッチワーカー”を名乗れると知っていたからだ。だけど、アルバートが死に、そして唯一の証拠である契約書もただの燃えカスとなった今、“パッチワーカー”が蘇ることも無くなった。死んだんだよ、あんたは」
「死んだ……私、が?」
「そう、“パッチワーカー”の舞台に幕を引くと言ったはずだよ。これでもう、あんたは永遠に模倣犯のままだ」
頭を抱え天井を仰ぐマスター。
「ぁ、あァあ……」
喉から漏れ出す呻き声がこれまでで最も人間的で、勝敗は決したと確信した。
「アアアアアッ!! スウェンッ!!」
金切り声と共にスウェンが視界から消える。
本来であれば誰かこの時点で1人、恐らくは僕の首が真後ろに回っていたことだろう。
けれど――
「……サードフェイズ、何とか間に合ってよかったよ」
「理事室で異常があったから見に来てみれば、いったいどういう状況なんだ……これ」
鈍い音と共にスウェンの右腕が床に転がる。
僕の背後には、目の覚めるような金髪の男が直剣を片手に立っていた。
「おい、ちゃんと説明してくれるんだろうな。ロジー」
「それは後でね。ひとまずそいつは任せたよ、レナード」
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