第68話 7年後の再起

 連続猟奇殺人事件——通称“パッチワーカー”事件は、最後の事件から7年の時を経て幕を下ろした。

 きっかけとなったのは血判付きの契約書。

 互いを助け、そして互いを縛る目的で作成されたものが、結果的に2人の男の罪を証明するものとなったわけだ。


 この世界に指紋から人物を特定できる手段はない。

 ただし、血判には魔力を込める決まりがあり、その魔力を照合にかければかなりの確度で本人かどうかを確認できる。

 今回はそれが決め手となった。

 主犯であるマスターこと“パッチワーカー”と、その裏で暗躍していたアルバート・グレンドレックは、余罪を調べられた後に相応の罰を受けることになる。

 懲役刑にしろ極刑にしろ、2人の年齢では今生で檻の外に出る機会はもうないだろう。

 そして、真の“パッチワーカー”が判明すると同時に、アレク・ノーレントの疑いも晴れることとなった。

 とはいえ、証拠が偽装されたものであったのことの証明はできていない。

 偽装に関わったと思われる自治組織の人間もまた、口封じとして殺されてしまっていたのだから。


 それでも――

 真犯人の逮捕、罪を着せた者への復讐、そしてアレクの名誉の回復と、目的は全て果たされた。

 終わったんだ、本当に。


「初めて会った時から妙なヤツだとは思ってたけどよ」


「うん?」


 証言を終えて王城を出ようという時、証人の護衛役として隣にいたレナードが口を開いた。


「ジオラス領じゃクーデターを企てていた宰相を、王都じゃ大貴族とシリアルキラーだ。やり方はどうあれ、剣ぶら下げてかっこつけてるだけの俺たちなんかよりよっぽど人の役に立ってるよ。大したもんだ」


「さすがにこの半年間に色々ありすぎた。しばらく厄介事はごめんだね」


「ははっ、だろうな」


「あ、そうそう。まだお礼を言ってなかったね」


「お礼?」


 立ち止まって手を伸ばす。

 警戒するようなレナードの顔に苦笑しつつ、強引に彼の手を取った。


「君が助けに来てくれてよかったよ。ありがとう」


「お、おう。お前に素直に礼を言われると、何かこう……気持ち悪ィな」


「失礼な。学園の外で仲良くしてる女性のこと、皆にバラしちゃうよ?」


「は!? お、お前っ、なんでそれっ、どこで――」


 といったところで、ふとこちらに手を振る人影が遠くに見えた。

 どうやら迎えが来たようだ。


「カマかけただけだから安心して。それじゃ、僕はこれで」


「え、あ、ああ、そうだな」


 そう言って、どこか釈然としないままのレナードと別れ歩き出す。

 途中で何も安心できないことに気づいたのだろう、背後からギャーギャー騒ぐ声が聞こえてくる。

 無視だ無視。

 こんな初歩的な釣りに引っかかる方も悪い。


「ロジー、おかえりなさい! どうでしたか?」


 私服に帽子姿のリーシャが手を振りながらこちらへ歩いてくる。


「別に、特別なことは何も無いよ。ただありのままを話しただけだ」


 既に決着はついた。

 嘘をつく必要も、トリックを仕込む必要も無い。


「ロジー」


 セリアが僕の正面に立つ。


「何?」


「その……こ、今回の、報酬の話だが」


 途中途中で裏返る声に忍び笑いを漏らす。


「……何を笑っているのだよ」


「ごめんごめん、何でもない。それで、報酬の話って?」


 制服のローブから取り出されたのは黄金色に輝く小さな勲章だった。

 それを僕の胸につけようと伸ばされた手を、遮るように掴んだ。


「ちょっと待った」


「え?」


 澄んだ深紅の瞳が困惑したように僕を見ていた。


「それをつけるべきは僕じゃない」


「……しかし、事件を解決に導いたのは」


「だったらなおさら僕じゃない。あの契約書を見つけ、そして守りきった人間がいたからこその解決だ。僕は、その人にこそ相応しいものだと思う」


 何かを懐かしむような、そして同時に心を痛めているような。

 僕にも読み解けない複雑な感情が入り混じった顔のまま、セリアは勲章を固く握り込んだ。


「分かったのだよ」


 勲章をしまったセリアが、不意に僕の襟首を掴む。


「なっ——」


 引き込まれた先に待っていたのは、人肌の温もりと柔らかさと、レモングラスの香り。

 首筋にあたる髪の毛の感触がくすぐったい。

 傍らには両手を目で覆いつつも、指の隙間からばっちり見ているリーシャがいた。


「ありがとう」


 その言葉を耳元で囁くと、一歩ずつ、名残惜しむようにセリアが離れていく。


「……ごほん」


 顔を赤くしたセリアがわざとらしく咳ばらいをする。


「報酬の話だったな。王都から没落したノーレント家を復興するための資金が褒賞として与えられる。これを全額キミに支払う」


「いや、遠慮しとくよ」


「……キミは、ボクをバカにしているのか?」


「褒賞、とは言ってるけど、それってノーレント家を無実の罪で没落させたことへの補填みたいなものでしょ? だったらそれはその通りに使わなきゃ。もう石を投げられることもないんだから」


 ノーレント家が離散した原因は外的要因だ。

 それなら、その問題が解決した時点で家族の仲は修復できる。


「き、キミはどうするのだよ! お金に困っているのではなかったのか?」


「ああ、それなら解決方を見つけたんだ」


 そう言って取り出して見せたのは1枚の権利書。


「僕たちの仕事に対する正当な報酬を要求したんだよ。エルザを襲撃犯から守り、殺し屋の1人を引き渡したことへのね」


「ふむ、店の権利書のようだが……経営でも始めるのか?」


「まあそんなところかな。たまたま“主人”が不在になった店が一軒あったものだから、交渉して建物ごと譲り受けたんだ。ちょっとしたビジネスを始めようと思ってね」


 権利書を読み進めていたセリアが、店の名前が書かれていた辺りで目を留めた。


「……ふふっ、キミというやつは」


 そう言って笑ったセリアの顔に、かつての復讐者としての面影は無い。

 復讐は果たされた——とは言えないかもしれないけれど、あくまで法に則り罪を裁いた彼女の選択は正しいものだったと思う。

 誤った道の果てに甘美な破滅が待っているとしても、人は自らの意思で正しくも苦しい道を選ぶことができる。


 ああ、これでいい。

 そう思った僕の視界の隅に、濡れ羽色の黒髪が音も無く舞った。


 ◆ ◆ ◆


第2章「学園探偵は『なぜ』を問わない」

<了>


第3章「霧の森動乱」編へ続きます。

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