第57話 意趣返し②

「ずっと考えてたんだ。“パッチワーカー”が2人組の男にエルザを襲わせた理由をさ」


「ロジーとセリアさんは宣戦布告だと言ってましたよね。違うんですか?」


「その宣戦布告の理由だよ。やつが殺しをやっていた7年前、犯人像さえ掴ませなかった一番の要因は徹底して自身の痕跡を残さなかったことだ。なのに、今回はわざわざ自分の存在を匂わせる行動に出た」


 人が自身の矜持を曲げる時、そこには何らかの強い意志が絡んでいる。

 “パッチワーカー”がそうまでして僕らにアピールしてきた、その意味は――


「やつは僕らに冤罪事件を解決させることで、“パッチワーカー”を再び表舞台に上げるつもりなんだ」


「ちょっ、ちょっと待ってください!」


 こめかみに指を添えて、難しい顔で僕に右手を突き出すリーシャ。


「セリアさんのお父さんは殺人犯じゃなかったんですよね? だったら、本物の“パッチワーカー”はきっと今もこの街のどこかで暮らしているわけじゃないですか」


「そうなるね」


「どうして7年も経った今なんですか? 捕まっていないのなら、今までにだって人を殺すチャンスはいくらでもあったはずですよね」


「リーシャ、セリアの住んでいるバーで話をした時、僕が被害者の人数を“正規の記録だけで”と言ったのを覚えてる?」


「はい。……えっ、ということは」


「そう、記録に残っていない殺しがあったんだよ。“パッチワーカー”本人ではなく、模倣犯による犯行として処理された事件だ」


 それこそがやつの欲求――すなわち殺しの動機に繋がる部分だ。


「うーん……でも、それまでに13回も同じ事件があれば、本物か真似しただけかの区別くらいつきそうなものですけど……」


「考えてもみなよ。セリアの父親に罪をかぶせた何者かは、それ1つで人を死刑にできるだけの証拠をでっちあげられるんだよ? 模倣犯として処理させるよう圧力をかけるくらい簡単だと思うけど」


「あっ、そうか! 犯人は処刑されたってことになってるから、それ以降はどれだけ犯行を重ねても模倣犯の仕業にされちゃうんですね。“パッチワーカー”はそれが嫌だったから殺人を止めたんですよ!」


「ご明察」


 模倣犯、パチモノ、二番煎じ、この際言い方は何でもいい。

 “パッチワーカー”は自身が偽物扱いされることに強い憤りを覚えた。


「だから“パッチワーカー”は、事件について嗅ぎ回っている僕らの存在をどこからか聞きつけ、7年間守り続けていた沈黙を破った。僕らに冤罪を暴かせた後で、もう一度世間の脚光を浴びるために」


「ロジー、もしかして被害者の情報が簡単に集まったのって……」


 口の端を上げて頷く。

 リーシャは相変わらずいいところに目を付ける。


「可能性はあるね。事件を風化させないように、人の記憶に残るような活動を続けていたってことだ」


 まさに用意周到。

 大胆な犯行の裏で1人の目撃者も出さなかった慎重さとも符合する。

 模倣犯なんかじゃない。今僕らが追っているのは、本物の“パッチワーカー”だ。


「それでは、“パッチワーカー”を利用しようというのは?」


「やつはきっと怒っているはずだ。崇高な目的を持って行っていた殺人の功績を奪われた挙句、自分を偽物扱いした何者かに対してね」


「理解したくはないですけど……その気持ち、分からなくもないですね」


 話しながら歩いているうちに食堂へと着いた。

 食事をする場所で血生臭い話をするのもあれなので、自然と僕らの口数も少なくなる。


 共用のティーセットと茶葉を用意。

 食堂の職員にお湯を入れてもらい、トレーに分散してリーシャと持つ。


「ここはこんなにいい場所なのに」


「うん?」


 ともすれば聞き逃してしまいそうなほど小さな声でリーシャが言った。


「もちろん分かっていますよ。ロジーが守ってくれているから、私は変な目で見られるだけで済んでいるんです」


 遠くを見つめるような瞳がどこを見ているのかは分からなかった。

 もしかしたら、今この場所を見ているわけではないのかもしれない。


「もしあの時アルベスさんに拾ってもらえなかったら、もしロジーに出会えていなかったら、私も“パッチワーカー”のようになっていたんでしょうか」


「かもね」


 そう答えた僕を、リーシャは驚いたような目で見た。


「僕もリーシャと出会っていなかったら、昔と同じ失敗をしていたかもしれない」


「昔?」


「……いや、何でもないよ。ただ、あったかもしれない今なんて、想像しても仕方ないって思ってさ」


 ふと、リーシャの表情に影が落ちる。

 言いようのない感覚が背筋をなぞった。


「ロジー?」


「え? あ、ああ、うん」


 不思議そうにこちらを覗き込むリーシャ。

 さっきの感覚は気のせいだったか。


「戻ろうか」


「はい!」

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