第58話 折り重なる執念①

「つくづく、あなたも物好きですわね」


「そう?」


「好き好んで子爵様に会いたがる人間がいると思いますの? わたくしだって、本当に大切な用事が無い限り会いたくありませんのに」


「君の口からそんな言葉が出るってことは、よっぽどなんだろうね」


 あれから数日後。

 仕込みを終えた僕らは、学園のとある場所を訪れていた。


「理事1人に対してワンフロアとは、また無駄にお金がかかってる」


 毒づいた僕に面々が頷く。

 ここは学園の敷地内にあるものの、本棟からは少し離れた場所に位置する別館だ。

 用途は理事室。まるでスイートルームのような様相に、ここが教育機関であることを一瞬忘れそうになる。


「ところでロジーくん、お祖父様に大切なお話があるってことでしたけど、いったいどんなご用件なんですか?」


「ロクでもないことだけは確かですわ」


 隣には案内役をお願いしたユーリ。

 さらにその隣には、僕に探るような視線を向けるルクルがいた。


「まあ、確認といったところかな」


「確認、ねえ」


 ルクルが苦い顔で鼻を鳴らす。


「ただの確認に、リーシャとノーレントさんが同行する必要はあったのかしら?」


 振り返り、後ろを歩いていた2人に怪訝そうな目を向けるルクル。

 最初から分かってはいたけど、ルクルに隠し通すのは無理があったか。


「……取り次いでくれた2人には感謝してるよ。だから正直に言うと、いい話をしにきたわけじゃない」


「ええ、そうでしょうね」


 リーシャを一瞥したルクルの視線が腰元で一瞬止まる。

 気づいてはいるものの、あえて指摘していないことを暗に告げているようだ。


「ロジー、これは警告ですわ。子爵様は容赦の無い方、一線を超えればたとえユーリの口添えがあったとしても――消されますわよ」


 底冷えするような声。

 とはいえ、脅しの中には僕らの身を案じるような感情が混じっていた。


「大丈夫……と言いたいところだけど、今回ばかりはそうもいかないかな」


 本番はこれ1回きり、次のチャンスはまず無いと思っていいだろう。

 僕はこの1回で、彼の思考パターンを読み切って自白を引き出さなければならない。

 もちろん、僕を含む全員の身の安全を確保した上でだ。


 求められるのは思考力より演技力。権力者を相手取る時は脅しやハッタリは通じないと思った方がいい。

 だから信じ込ませる必要がある。嘘でも何でも、真に迫るリアリティが必要だ。

 ようは演出とタイミング次第、つまりやるべきことはいつもとそう変わらない。いかにアドリブを通すかにかかっている。


「もう、ルクルちゃんもロジーくんも考えすぎだよ。お祖父様は優しい方よ」


 分かってないわね、という顔でルクルが嘆息する。


「学園生レベルの粗相なら……まあ、ユーリの言う通り“優しい理事”の顔をしてくれるでしょうね。けれど、ロジーはそういう話をしに来たわけではないのでしょう?」


 ルクルは言いながら正面へ回り、僕の腕を掴んだ。


「例の件はチャラということになりましたから、わたくしたちの間に貸し借りは無い。ですから、友人として一度だけ言いますわ。バカな真似はおやめなさい」


 まるで懇願するようなその瞳に一瞬だけ意思が揺らぐ。

 これが誰の依頼でもなければ、僕はルクルの言葉に従っていたかもしれない。


「……ごめん、それはできない」


 立ち止まって軽く腕を引くと、ルクルの手はそれだけで離れる。


「約束があるんだ。そこにいるセリアと」


「それは、ご自分の命よりも大切なものですの?」


 言うが早いか、ルクルは僕に片腕を突き出す。

 その手首には金の装飾が施された赤いブレスレットが輝いている。

 意匠の豪華さから見てAランク以上の攻撃型魔道具だ。

 あの魔道具は初めて見た。何が起きるか分からなければ、発動までの時間も分からない。

 それ以前に、この距離で撃たれれば何が起きたところで避けられはしないだろう。


「警告はしましたわよね、消されるかもしれないと。それは子爵様ではなく、わたくしの手によるものとは考えなかったんですの?」


 ひりつくような気配に心臓がペースを早める。

 ダメだ、恐れを悟らせるな。


「ルクル、君の考えを当てようか」


「酷く苦しめられるのなら、せめてわたくしが今ここで——当たっていまして?」


 逆にこちらを見通すようにルクルは言う。


「あなたと初めて出会った頃のわたくしであれば動揺していたでしょうね。でも、今は違いますわ」


「ちょっ、ルクルちゃん! ロジーくんもやめて!」


 僕とルクルの間にユーリが割って入る。


「2人ともどうしちゃったの!? それにっ、ロジーくんはいったい何をしようとしているの!?」


 言えば反対するだろう。

 あるいは、そんなことがあるはずはないと思うのかもしれない。 

 どう告げようか迷っていると、その時は唐突に訪れた。


「騒々しいな」


 威厳を感じさせる声に顔を上げると、整えられた白髪の男が奥の部屋から歩いて来ていた。

 手や顔のシワから見て60代以上、背骨が曲がっていないことから身体を鍛えている、髭は無し、瞳は紫水晶のように鮮やかだ。

 顔立ちからどことなくユーリと似た雰囲気を感じる。

 間違いない。彼が悪名高きグレンドレック家現当主——アルバート・グレンドレックその人だ。

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