第56話 意趣返し①
ギリとの会話を終え、首から下げていたリングをテーブルの上に置く。
セリアはばつの悪そうな顔で僕から目を逸らし、まるで呟くように小さく口を開いた。
「……ロジー、言いにくいことだが」
「分かってるよ。そんなのとっくの昔に知ってたって言いたいんでしょ?」
一瞬僕を見てから溜息と共に目を伏せる。
期待することに恐れを抱いているような反応だ。
「では何を喜べというのだよ。アルバート・グレンドレックがパパに濡れ衣を着せた可能性など何度も考えた。だが、肝心の証拠が無いのではどうにもらないではないか……」
「いや、証拠ならあるよ」
「キミはパパが殺された理由を忘れたのか? そんなものがあるのならもうとっくに――」
「処分されている?」
「当たり前……」
肯定の言葉が最後まで紡がれることはなかった。
違和感の正体こそ分かっていないものの、これまでの情報と照らし合わせた際に何か引っかかりのようなものを感じたのだろう。
やはりセリアは賢い。
「ギリの情報元が言っていたよ。敵対する情報屋を潰すにはそいつの信用を失わせるのが一番だってね」
「つまり、“パッチワーカー”に仕立て上げることでパパの信用を貶めた? それが冤罪の理由……?」
こくりと頷いて見せる。
「証拠を押さえられたことに気づいたか、あるいはアレク本人から告発すると宣言されたグレンドレックは何をするか。……簡単だ。まず証拠を奪い、その痕跡を完全に消し、最後にアレクを殺す」
「実際は違った」
「そう。もしアレクを殺した後で何かの拍子に証拠が出てきてしまった時、持ち主が殺害されているという状況は証拠の信憑性を大幅に高める」
「だが、連続猟奇殺人犯として処刑された後であれば、狂人の戯言として見向きもされない……!」
「だからこそ“パッチワーカー”が選ばれた――恐らくはこれが7年前の筋書だ。もしこの予想が正しければ、君のお父さんが手に入れた証拠はまだどこかにあるということになる」
ガタン、とイスを跳ね飛ばす勢いでセリアが立ち上がる。
「探しに行くのだよっ」
「どこへ?」
「どこへって……それは!」
こつこつとテーブルを小突き座るように促す。
興奮する気持ちは分からないでもないけど、敵に近づき始めたこのタイミングで迂闊な行動は危険だ。
「闇雲に動き回っても意味は無いよ」
「そんなつもりはない。パパが行きそうな場所を片っ端から――」
「止めておいた方がいい。もし君を見張っている何者かがいたら、きっと捜査に進展があったと勘違いされる。最悪尾行されて、証拠を見つけたその瞬間に殺される……なんてこともあるかもしれない。向こうは証拠さえ手に入れてしまえば小細工する必要が無くなるわけだからね」
「だったら、どうすればいいのだよ!」
悲鳴のように叫びテーブルを叩くセリア。
その音でびくりとリーシャが目を覚ました。
「敵ですか!?」
クリスティーナを押し退け、ベッドから飛び起きるように立ち上がったリーシャは構えながら周囲を見渡す。
「リーシャ、落ち着いて。大丈夫だよ」
僕と目を合わせたリーシャは途端に冷静さを取り戻し、きょとんとした顔で首を傾げる。
それから殺気立つセリアを見て、何かを察したような表情を浮かべた。
「急いては事を仕損じる――僕の生まれ故郷にあった言葉だ。言い方は悪いけど、7年前の事件の解決に1分1秒を惜しむ意味は無いよ」
振り上げられた平手を眺める。
噛み締められた奥歯の音が、セリアの怒りを如実に物語っていた。
「殴ればいいさ、それで君の気が済むならね」
そう言って肩を竦めてみせると、セリアの眉が寄り目元に力が入った。
「っ!」
最初に感じたのは顔に何かがぶつかった感覚と、部屋に響くような甲高い音。
脳が状況を理解し始めると、張られた頬がジンジンと熱を持つように痛み出す。
「……気は済んだ?」
「済むわけが、あるものか」
溜息混じりに言うと、震える声が返ってくる。
殴られた僕よりも痛々しい表情でセリアが歯を食いしばっていた。
「キミはまた、どうして……! なぜボクにそこまでしてくれる!」
口を開いたものの言葉が出てこない。
どうしてか、僕はこの質問に対する答えを持ち合わせていなかった。
「挑発して悪かったよ。お茶でも入れてくるから、セリアはベッドにでも座ってて。クリスティーナ、セリアのことお願いしてもいい?」
「うん? まあ、構わないが」
「リーシャは僕に着いてきて。人数分となると1人で持ってくるのは難しい」
「は、はいっ」
リーシャを伴い部屋を出る。
と、口元から顎に向かって何かが伝っていたのに気づいた。
「おっと」
さっき叩かれた拍子に唇が切れたらしい。
なぞった指に赤い血が付着していた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「舐めておけばそのうち塞がるよ」
「では私が!」
あっという間に肩を掴まれ、リーシャの顔が迫ってくる。
「ちょっ、ちょちょちょっ、ちょっと待って! リーシャ!」
不意に傷口に触れたのはリーシャの唇――ではなく、細くしなやかな小指だった。
「ふふっ、冗談ですよ」
おかしそうに笑ったリーシャの手には砂時計のような形状の緑色の魔導具。
いつの間にか唇の傷からの出血は止まり、痛みも引いていた。
「……そういうの、どこで覚えてくるの?」
「女の子には、いろいろあるんです」
そう言ってウィンクしたリーシャは、くるくると回りながら僕の先を歩きはじめる。
気分が良い時のお決まりの動きだ。
「ところでロジー、これからどうするんですか? セリアさんには言ってなかったみたいですけど、もう何をするかは決めてるんですよね?」
後ろ向きに歩きながらリーシャが言う。
「興奮してる時に言ったら絶対反対されると思ってね。もうしばらくは黙ってるつもりだけど」
うん? と首を捻ったリーシャににやりと笑ってみせる。
「7年前やつらが“パッチワーカー”を利用したように、僕らも“パッチワーカー”を利用するんだよ」
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